第146話 伏見かぐや



  *



「結論から言う――――。この世界には神々の『権能』を持つ存在が12人いたとされている。科学的原理や正体は不明」


 オレと並走している瑠璃は隣で理解不能な内容を口にする。別荘付近まではまだ距離があった。

 本来200メートルだが、直線距離に直すと1700メートルくらいある。

 おそらく、そういう「迷子結界」――人の認識を操作する精神干渉付与が施された結界術。


「は、何言ってるんだ? 権能?」

「まぁ聞け。……しかし今は何故か8人しかいないと考えられていた。どうしてだと思う?」

「そんなの、4人は死んだからだろ」

「かもしれんな。ちなみにそれらは“九神の使徒”と言われ、今も尚、何かしらにその跡を残している」

「……またそれか。じゃあ結局9人いるのか?」


 ただの推測だがその9人の中の一人がみことなんだな。血眼になって捕獲したがっている。

 言ってることもやってることも目茶苦茶で意味不明だが、おそらく本当の事を言っているだろう。

 なんとなく瑠璃の目付き、口調から本気度がうかがえる。


「そうなる。だが長らくは八神だと考えられていた。理由は単純。その9人の中の一人が『不老不死』だったからだ」


「は」


 何が単純だ? 意味不明だろ。

 不老不死? そんな御伽話みたいな話。


「嘘に聞こえるか?」


 少しの間沈黙したからか尋ねてくる。


「不老不死なんてどう頑張っても実現しない、空想上の話だ。不老長寿や人体冷凍保存などは現在でも研究されているようだが、それだけだ。科学において不老不死なんてのはあり得ないんだよ」

「それがあり得る。彼女の持つ固有の『権能』があれば、な」


 竹取物語「かぐや姫」が最後に渡した「不老不死の薬」でも口にしたのか、なんてな。


「この話はここで棚上げする。次に『伏見一族の祖』の話をする」

「は? ここで話を変える意味があるのか?」

「いいから聞け。無駄な話はしない」


 伏見一族の祖、か。

 それに、神の「権能」とか言っていたが「異能」とは別物なのか。

 正直聞いたこともない能力系統だが、旬さんは昔からオレに何かを隠していた。

 今更、オレが知らない情報など驚きもしない。


「私の一族、伏見家は古来から異能という特殊な能力の深淵にあった。もちろん貴君の家系、名瀬家も。今現在私が身を置く三宮家もだ」


 オレは相槌一つ打たず前を向いて走り、黙って聞く。


「『その膨大な三力、三種の神器として収めんとす』というヤツだ。御三家の人間なら貴君も聞いたことくらいあるだろう?」


 まあ古書に書かれている「異能の歴史書」的な文献に記されていることだ。

 現世に伝えられる八咫鏡が『檻』。草薙剣が『絲』。八尺瓊勾玉が『ころも』に該当するという伝承。


「何が言いたい?」

「二千年ほど昔、そんな異能界で、唯一にして強大な力を持つ『衣使い』の祖がいた。世界最初の伏見一族で、大層美人な女性だったそうだ。名は――伏見かぐや。彼女はいわゆる竹取物語に登場する『かぐや姫』本人だった」


 竹取物語は現存する日本最古の物語。心が憔悴しきった今、この特大スケールの昔話が現実でしたと聞くと余計に疲れる。

 この女は正気だろうか。


「そうか。それはおめでたいな。さぞ強い『衣』を扱えたのだろう」


 冗談と皮肉で言ったが、


「正解だ。私でも測りえないくらい強かったそうだ。艶やかなる髪の色は黒く、その瞳は翡翠ヒスイに輝いた」


 オレはこの時、こいつが言うように冷静さを欠いていたのかもしれない。

 だがそれでも頭にある記憶の何かが引っかかった。


「黒髪? 伏見一族は金髪オッドカラーで生まれてくるはずだ。ましてや先祖が黒髪なはずはない」


 瑠璃の綺麗に纏まった金髪に視線を送る。 


「いいや黒髪だった。むしろ黒髪でなければおかしい。私の父・伏見旬は二千年に一度、かぐやの『黒い髪』を継承した最強の男だ」


 オレは眉を顰める。


「父の黒髪は欠陥ではなく、先祖かぐやの『能力』と『血』が二千年越しに強まり継がれたもの」


 その伏見祖先の「かぐや」という女性の血を偶発的に強く受け継いだ人間、それが旬さんといことか。だから黒髪だと。だから強いと。

 だがおかしい。

 

「ならどうして旬の瞳は黒い? 黒い体内色素を持つから『黒欠陥ブラックフェイルド』だったんじゃないのか?」


 すると並走する瑠璃はキョトンとした顔をする。「意外」と顔に書いてあった。


「貴君、物知り博士のくせに知らないのか。伏見一族の瞳は多様な色で生まれてくる。それは『衣』の異能因子配色が瞳孔の色素に影響を及ぼすから。つまり、私が紺の瞳なのは紺のマナエネルギーを持つから。妹が橙色オレンジの瞳なのも、旬が黒い瞳なのも同じ理由だ。同様にかぐやが翡翠ヒスイの瞳を持つ理由も」


「かぐやという人物はみどりの『衣』を扱うのか」

「――と、されている。そういう伝説だ。実際は知らん。なぜ配色が翡翠なのかも知らない。とにかくその女性かぐやは『不老不死』だった。異能『衣』と権能『不死』をもった二限異能力者と見えるかもな」

「さっきの言っていた不老不死のやつか」


 頷く瑠璃は少し話すのを躊躇ったあと、


「そうだ。……彼女はその不老不死の様子から“不死身ふじみかぐや”と呼ばれるようになった。それが長年で訛ったんだな。伏見ふしみかぐや、となった」


 それが「伏見」という一族の始まり、と。


「ここまで長々と話してもらって悪いんだが、結局何が言いたい? いまひとつピンとくるものがなかった」

「……竹取物語に出てくるかぐや姫とはどんな容姿だった?」


 オレの質問に応答する気はないのか、無視して続ける彼女。

 だが、こういう無意味な性格の女でもない。もしかしたら他意ある発言なのか。 


「物語内では黒髪の美人って話だったが……」

「そういう奴が貴君の周りにいないか? 黒髪で、誰もが息を飲むような美人で、なおかつ翡翠の瞳を持っている女子」




 その時、悟った。




 はじめこの内容を聞いた時、聞くのをやめようかとも思うほど退屈な話だった。

 そう思っていたのに「翡翠の瞳」と聞いた時から無視できない話へと変わった。


 それは、オレにとってこのワードが別の意味を持つからだ。

 その言葉を聞いた時から、オレの脳裏には「ある女子」が姿を見せた。

 それと同時に自分の中にあった「彼女」への多くの疑問が急速に解消されていく。


 何故1970年以降出生の異能閲覧システム・ダイヤデータに名を連ねていないのか。

 何故少なからず長い期間である10年間を刹那と言ったのか。

 何故自分の異能を頑なに見せたがらないのか。隠すのか。


 それら全ての謎が、長年凍り付いた永久凍土が氷解するかの如く解決していく。




「李翠蘭だな」



 


  *



「第一定格出力『神霊』――解放」


 解き放たれた溢れんばかりのマナエネルギー「みどり」。その爛々とする輝きを両手に纏う翠蘭――もとい――「伏見かぐや」はツインのお団子ヘアをストレートロングに改め、相手の影人CSSとその後ろに控える影人の軍団を睨む。


「あなたたち、私を本気で怒らせましたね? 覚悟――してください」




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