第145話 孤独な強者
逃げろ、か。
その息のような声を聞くが――。
「すまない」
感情を噛み殺し、そう告げる。
今、生き返るか分からない瀕死の相手を、体内マナ半分を消費してまで『再構築』している暇はない。そんな余裕はない。
再構築とは物体に付随するマナ情報体をマナで文字通り再構築する等価交換の異能だと考えられている。
だが、死体を生体に変換する神の力とは違う。死者は蘇んない。
再構築しても傷が治った死体が転がるだけ。
「知らせてくれてありがとう。……お前はよくやった。安らかに眠れ」
電光石火のマフラーにより彼の首を切り落とし、介錯を果たす。
多分この男子生徒も他の死んでいった生徒と同じく影の大群と戦闘した者だろう。
最後まで逃げずに戦う――単純だが難しいことだ。
浄眼を再び発動し自らの視野を拡大すると、数メートル先に知っているマナを捉えた。
「ああ――――考える
離人した感覚。胸に穴が開いたような自己喪失感と虚脱感。虚無感に身を任せ、その場へ向かうという意味のない行為をする。
浄眼は一度見たマナ情報は完全に画像記憶する。1ミリたりとも間違えない。
だが、万が一にもオレの目がかすんで視界が悪くなり、視覚情報に何らかの誤りがあるかもしれない。
そんな意味のない一縷の望みを捨て切れず、その場へ向かった。
一歩、また一歩とぬかる地面を踏みしめ進んでいく。
機械のような動作。雨の中。一人、真っ直ぐと。
その度に「絶望」がオレを襲った。
横たわる女子二人の遺体の前で止まる。
両者、体が血まみれで生気のない目がどこか遠くを見つめていた。
オレは屈み、濡れた右手で、そっと刀果の目を瞑らせる。
即死だったようだ。
同様にハン・リアの目も瞑らせてあげる。
「二人とも、よく頑張ったな。よく耐えた。よく戦った。……オレが、間に合わなかっただけだ。……すまない」
オレ自身の眼差しももはや熱を持たないと自覚できた。
―――待たなければ良かった。
手をこまねいて、雪華の帰りを待っていた。
判断を誤った。
決して楽観視していたわけじゃなかったが、そこまでの問題でもないだろうと。何とかなるだろうと思っていた。
だから今、こんな状況になった。
―――いや違うな。それは結果論だ。
多分、オレが何をしても「式夜と舞」か、それとも「ハンと刀果」かのどちらかしか救えなかった。両方は無理だった。
やっと、旬さんが言っていた事の意味が分かった。
―――「自分だけが強くても意味はないんだ。強者がいくら弱者を救っても意味はない。いつかはその弱者のために命を捨てなきゃいけない時が来る。その時、俺の言ってる意味が分かるかもねぇ。ま、俺は偏屈だからさ、自分と同じくらい強い人間を育成したいと思ってるわけ。それが『
オレはずっと勘違いしていた。
何か夢でも見ていたんだ。自分には大勢の人を救える力があると思っていた。実際何人もの人を救った。
そんな中、オレは差別する連中と違う。「化け物」と言って彼らを切り捨てる連中とは違う。
――そんなオレは特別。深層のどこかではそう考えていたんだ。
けど……そうだ……世界のどこかでは今にも何百何千と命を落としているかもしれない。それら一人残らず救えるわけはないんだ。
差別はなくならない。
彼らが化け物であることも変わらない。
「クソ野郎が」
浸るのは後だ。後悔や反省などは後でいくらでもできる。今は刀果とハンのためにも―――
―――「わたくし、頑張っちゃいます!! そして強くなりますっ!!」
そう笑顔で語る刀果が脳裏によぎった。
―――「統也さんっ!!」
と。
―――「そのかわり……メンバーが影人調査部隊に配属されたとき……正直に言ってほしい、です」
リアはそう言って最後微笑んだ。
―――「同意」
と。
意識を振り払い方向転換した瞬間立ち止まる。
「―――っ」
オレは落ち着けようと、静めようとする。自分にある影への殺意と自分の不甲斐なさに対する猛烈な怒りを。彼女らとの日々を。
強く歯ぎしりして怒りを潰す――。
諦めろ。もう彼女らは帰ってこない。
彼女らはもう死んだんだ――。
*
そんな時、雨に濡れたオレの背後から人が近寄ってくる気配。
「孤独な強者……まるで父だな」
そう声を掛けてくる。
「随分と速かったな」
ゆっくりと振り返ると、そこには三宮瑠璃――旧姓伏見瑠璃がいつもの白いフードがついた服装、金髪サイドテール、紺の瞳で登場する。
「……そこにいる遺体は?」
刀果とリアに視線を送りつつそう聞いてくる。
瑠璃は伏見一族の
「オレの友達だった人だ」
「そうか……」
「そうだ」
瑠璃は「前払い」だと言い、黒羽大輝の処遇を決定する議会の時、決闘場の廊下で「紙切れ」を一枚渡してきた。そこには10桁の数字が女性特有の丸字で書かれていた。
つまり瑠璃の電話番号だった。
あのとき「
それに対する「貸し」がある。その「借り」返却の際に電話で呼べということらしいとオレは勝手に解釈した。
そして正解だった。
「この場にのこのこ現れたってことは、協力してくれるってことでいいのか?」
「貴君がそれを“貸し”と認識しているのなら、な」
「随分と潔いな」
「相変わらず失礼だな貴君。私は、借りはきちんと返す質だ」
どうだかな。
「今回のこの事態が三宮側にとって何か重要な意味を持っているだけじゃないのか」
「ふ、流石の慧眼だ。敵わん」
「まあいい……まずは別荘に向かう。進みながら状況を説明する」
オレは別荘にたどり着くまでの間に、並走する瑠璃に知っている事全てを話した。
「つまり何だ、この中からは電話などの通信は一切出来ないってことか?」
「そうだ。
「……思っていたより物騒だな」
「で、あんたは何が目的でオレの話に乗った? この場の出来事に何か深い意味があるから来たんだろ? オレに協力するなど二の次なはずだ」
そう言うと、隣で並走している瑠璃は何か試案している顔を見せる。
「初めはそうだったが、貴君……もしかしてとは思うが、今の私を全面的に信用しているのか?」
その顔は奇妙な物を見る目、だった。
「ああそうだ。何か悪いか? どうせ分散している生徒たちを全員助けに行くことは出来ない。あんた以外に頼れる人がいない」
何故かオレのセリフに混乱する様子の瑠璃が目を見開く。直後目力を強めて。
「貴君――何かあったのか?」
静かに聞いてくる。
「というと?」
「貴君は聡明で、いつでも状況判断が早い。それは今も変わっていない。しかし、冷静ではない。おそらくいつもの貴君なら、私を信用するなどとは発言しない」
「ふっ……そうかもな」
自嘲気味に笑みが零れた。
「先程の亡き友人の影響か?」
「そうかもな」
言うと彼女が走りながら俯いていくのが見えた。
「恩を仇で返す訳にはいかない。……今回だけだ。貴君に協力してやってもいい。まぁ精々私に感謝しろ」
こいつ、冷酷なふりして優しさを隠しきれてない。
今のオレに同情しているのかもしれないが。
多分今のオレの口調はいつもより淡々としていて、覇気や活力がないのだろう。
「ありがとう。この状況であんたを呼んで良かったと、今は思っている」
「礼などいい。気持ち悪い」
「感謝しろって言ったのあんただろ」
「屁理屈もいい」
そう言ったあと彼女はたちまち表情を固くする。
「……それより貴君に教えておきたいことがある」
「教えておきたいこと?」
「そう―――」
オレは、正面を捉え続ける真摯な紺の両眼を流し目に見た。
「―――この世界の『秘密』についてだ」
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