第143話 “新生”




  *(舞)



 時を遡って19時30分。一方その頃、式夜シッキーうち


 統也とーちんと別れコンビニから別荘に戻る途中いきなり、式夜シッキーが、近くの階段で怪我した少年の傷を治癒すると言い始めて、その子を家まで送っているところだった。

 その名も知らぬ少年は円山の東住宅地に住む子供なようで、


「お兄さんありがとう! まるで魔法使いだね!」


 そうはしゃぎながら帰宅していった。


 魔法使い、ね。たしかに異界術にしてはあまりにはっきりと能力作用を持っている。治癒させる異界術……まるで魔法みたい。

 シッキーの一族は古式魔術の一族「神多羅木かたらぎ」だから納得はするけど。


「てか式夜って変なところ優しいよね~。わざわざ水魔術使ってあげるなんてー」

「仕方ないじゃないか。あの子の膝の傷、放っておけば関節が変な部分にくっ付いてまともに歩けなくなる可能性があったからな」

「どうでもいいけど、そういうとこ嫌いじゃない」


 本当にさりげなく言ったつもりだったけど。


「お、おま……俺だって……おまえのこと嫌いじゃないっつうか……」


 恥じらいながらそう言ってくる。


「うははははっ!」


 この男おもろいー!!!

 何照れてんのよDTのくせに!!


「何笑ってんだよ?」

「おかしすぎるー! あんたサイコー!」


 そうしてうちはしばらく笑っていた。だって面白いんだもん。

 そんな時、彼は急に言い始める。脈絡なんてほぼなかった。


「俺にとってもおまえは最高……だよ。だから……好きだ。俺と付き合ってくれないか」

「え……」


 うちは暗闇に光る街灯に照らされた隣のシッキーの方を向く。

 驚いたからだ。

 すると。彼の方を向いた瞬間、いきなり。突然。何の前触れもなく、うちの唇を奪ってくる。キスしてくる。


「……んっ!」


 さすがのうちでも予想外過ぎて、目を見開き、急いで顔面間の距離を取る。


「っへ!! ちょちょちょ!」


「びっくりしたんじゃないか?」

「そ、そりゃね……」


「これが俺からの、本当の誕生日プレゼントだ」


 うちはシッキーのことが子供の頃から異性として好きだから、むしろ嬉しいけど。

 ていうかいきなりキスしてくるとか何事。

 こいつ何考えてるの。ありえないし、ふつーに。


 でも、やっと告白してくれた。十年以上待ったよ、全く。

 互いに両想いって知ってるのにさ。


 功刀家で失敗作だったうちを唯一必要と言ってくれる人がねーちゃんとシッキーだったからかな。

 二人はうちにとって特別だった。かけがえのない二人だった。


「付き合ってあげてもいいけどさー。今のキスはやり直し。歯が当たって痛かった」

「あ?」


 なんで若干切れ気味なわけ?


「だーかーらー、やり直し!」

「おまっ……それって……」

「うん、もう一回キスして。ほら早く。何してんの」


 あー何言ってんの、うち。夜テンションじゃんこんなの。

 そう思いつつも、彼の唇を確かにうちの唇が感じた。

 今度は歯が当たらないよう意識しつつ優しく口づけしてくる。


「うちも好きだよー、シッキー。でも、告白するの遅すぎるんよー、あんた」

「うっ」


 図星を突かれ、萎縮する。そんな姿も可愛くて、この男が愛おしいと感じられる。


 これも全部とーちんのおかげ。

 とーちんがうちから「見える未来」を奪ったから。予定調和を消してくれたから。このメガネをくれたから。

 だから、今のうちがいる。


 本当ならシッキーが何の前触れもなくキスしてくる胸キュンシーンは、前触れしかない予定調和だった。当たり前にある未来だった。予測できないシーンにはならなかった。

 もし「観測眼ラプラスアイ」があればこんなドキドキしなかった。この胸の鼓動が高鳴ることもなかった。キスされると前もって知っていることになるから。


 とーちん、あんた。何者なのか知らないけど、ホントに凄いよ。

 うちから『人生』という難題さえ取り戻してくれた。

 きっとあと数年しか生きられなくても、寿命が短いと知っていてもシッキーはうちを好きでいてくれただろう。


 でもね、うちはそれじゃあ納得しないんだよねー。

 こんなに一途でいてくれた彼が、うちの死後いきなり他の人を好きになれるとは思えないし、負い目とか天国のうちのこととか考えてほしくなかった。

 幸せに生きてくれればそれで良かった。

 もちろん嫉妬はするけどー。


 でもね。今のアタシには余生という「未来」がある。見えない先がある。


 今までのアタシは自らを「うち」と偽り陽気に振舞えるよう生きてきた。

 人生という重いワードを心という籠に入れて。

 寿命はあと何年だろう。皆といられるのはあと何年だろう。

 いつかは死ぬ未来が、暗くて何も見えない視界が、何も感じない世界が、アタシのラプラスアイにも映るのか。


 いやだ。いやだ。死にたくない。まだ皆と一緒に居たいって。


 気づけば「アタシ」は「うち」になっていた。

 そうやってシッキーに、舞花ねーちゃんに、自分に……嘘をついて生きてきた。


 でも。


 もう嘘をつかなくていい。 


 今のアタシは自由に生きていいんだ。


 このメガネがある限り、もうそんな重い事考えなくていいんだ。


 それがアタシにとっての新しい人生。



  *



 ――――――19時43分――――――。



 子供を帰した東側の住宅地街から少しずつ離れていく感覚がある、その時だった。



 それは突然のことだった。

 あまりに不意な事象で、アタシもシッキーも唖然とした。



 無数にある住宅のそれぞれからまるで逆さ雷でも上がるように紫色の電気発光―――。

 夜空を背景に展開する眩しい樹状の閃光。落雷のような衝撃音と共に次々と発生していく。

 気味が悪いほどに数多くの発光と落雷音。


「……!! 一体何が起こったんだ? あの数は……異常だぞ!」

「……あれは……何?」


 流石にアタシも理解不能だったし、動揺を隠せてない自覚があった。

 仮に、とーちんから貰ったこの伊達メガネを外し、観測眼ラプラスアイでこの未来を知れていたとしても理解はできなかっただろう。


「とにかく緊急事態なのは間違いない?」

「だな、代行者あたりに連絡してみるか――ってあれ? 圏外?」


 どうやらスマホの電波域は圏外を表示しているようだった。

 自分のスマホでも確認してみるけど、結果は同じ。圏外だった。


「思ったよりまずいなー。とーちんまだかな?」

「分かんね。誰かと連絡するって話してたけどなぁ。それが本当かも怪しいぞ、あいつのことだし」

「ま、多分ホントだよー。とーちんうなじ辺りに変な装置デバイスつけてるっぽいし」

「はっ? 何の話だ?」

「今それを説明しているだけの時間はないのー」


 えっとー、どうしようか。

 まずこの紫発光現象、何が原因で起こった? ―――不明。

 何をトリガーとしている? ―――不明。


 異能関連なのは……多分、ほぼ間違いない。

 発光系統が独特のマナ波長を含んでいる。

 けど、これって鈴音さんの「紫電」と同じなんじゃ…………いやいやー、そんなわけないかー。


 でも何故か電気系統の異能の記憶がないんだよねアタシ。結構前から思ってた疑問。

 多分普通の人なら「別に」「だから何?」で済ませられるのだろうけど。アタシの脳細胞が叫ぶ。電気系統の異能の記憶がないのは、妙だってね。

 思い出そうとすると、青の境界の変調頭痛がおまけセットでついてくる。


 ……赤い瞳の……ら……らい……らい……らいで………ん? 



 ―――――――ライデン?



「いやー、何この記憶……気味悪」

「あ? 何が?」

「…………」


 アタシどうしたんだ。

 ライデンって何?


 地名? 何かの名称? 「一族」………?

 

 ……「差別」……? 何を差別しているんだっけ?

 

 赤い……瞳?


 なにこれ、いつの記憶?


 そんな訳の分からない支離滅裂な記憶を掘り起こしてた矢先――


「舞、想像以上にまずいぞ」


 深刻な顔で背後を見ていたのでアタシも真似るように振り返ると。

 遠く。森の木々の隙間から、闇から、小さくて丸い、赤い光がホタルのように点々と増加していく。

 おそらく黒いであろう肌は森の暗闇に同化している。


「意味わかんない。なんでこんな所に影がいるわけー?」

「数で言えば……40体はいそうだな……」

「そんなにいないでしょ。赤い点は眼で、二つで一体と換算するから、半分の20体ってところかなー。……けど、まずい状況ってことには変わりない」


 なに? なんで影がいるのー? 意味わかんない。

 しかも……東の住宅の方から来た……?


 あーめんどくさい。

 アタシ、こんな所で死ぬ?


 冗談じゃない。


「アタシは新しい人生を歩むと決めた。折角幸せを取り戻しつつあったのに」

「おまえ……」


 何かに浸っているシッキー。


「シッキーと付き合えて、当たり前の人生を取り戻して……今日、最高の誕生日なの……」


 そ。そうだよ。

 最高の誕生日なのに。こんなわけのわからない怪物に自由を奪われてたまるか、ってね。


「こんな奴らに壊されるなんて我慢ならない。それに……諦める気は毛頭ない。アタシは負けず嫌いな舞花の妹」

「…………そうだな。異界術部ブラックもやれるってことを証明してやろう。統也が戻てくる前に全部片付けようか」


 シッキーはベルトに仕込んであった戦闘用ナイフを取り出し、勇ましく構える。


「うん……ただ、無策で突っ込むのはダメ。今からアタシがこの観測眼で相手の攻撃を見切りつつ討伐ころしていく。それのカバーに入って。特に後ろ」

「分かった」


 アタシは伊達メガネを外し、ショルダーバッグに仕舞い込むとほぼ同時に反対の手で「刀」を取り出す。

 刀と言っても15cm定規サイズの持ち手の先から折り畳みの刃が伸びる性能で、伸ばしきっても一メートルほどしかない刀身。


「多分、既に囲まれてる。攻撃タイミングが異常に遅延してるから、踊らされてたっぽいねー」

「ん、それ大丈夫なのか」

「ま、何とかなるっしょ~」


 程なくして、目の前にいた子供型の影が目にも留まらぬ速さで襲ってくる。もとい、そうなる未来が見えた。


「前から小さいのが一体来る。まずはそいつをやるから、後ろのカバーだけよろしく」

「オッケイだ、任せとけ」



 ――その子供型の影の姿をはっきり視認した瞬間、アタシの目は見開かれた。


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