第139話 冰の魔女への頼み事



  *



「もうこんな時間か」


 腕時計で「20時15分」と確認したあと、マフラーに青い『檻』を付与して謎の紫電バリアに対し斬撃を入れるが、必ずとでも言うように電荷のクーロン斥力で弾かれた。

 こんなことを、かれこれ30分近く続けている。

 どんな高破壊力の技を入れても基本結果は同じで、等しく高電圧の乖離を受ける。

 やはり鈴音の電撃による物体乖離能力、防御に置いては比類ない。


「はぁっ!」


 もう一度、マフラーを思いきっり振って空間を切断するようマナを操作するが、対する紫電バリアは一切空間の揺れが起こらない。

 まるで『檻』同士の衝突感覚に似ている。互いの空間支配を譲らない空間固定の技術に、酷似している。

 檻を檻で攻撃しているような感覚。



 これは―――もしや―――りょ―



「統也じゃない? 何してるの、そこで」


 突然後ろから声をかけられ、一瞬の焦りと共に振り返る。

 だがそこに居たのは薄い水色の髪と碧眼が目立つメガネのショートヘア女子。氷のモチーフにしたとすぐに理解できるようなデザインの白いドレスを纏った氷の魔女が。もとい「氷霜の魔女」が。


「雪華……君こそ、こんなところで何を? 舞花のパーティーに居るんじゃなかったのか?」

「まあまあ、別にいいでしょう? ちょっと父から呼び出しがあって、それに出席してただけ。……というか、統也こそこんな人気のない山道前で一体全体何をしていたんですか」


 恰好はドレスなので、恐らくこれからパーティーに向かうという感じか。

 父……すなわち白夜雹理。


「いや、ちょっとな」


 マフラーを首に戻しながら言うと、雪華はいきなり自分のメガネをはずし始める。


「え、なにこれ……? 統也もしかして目の前のこれが見えるの?」


 驚くことに彼女は目の前にあるであろう不可視化を付与された紫のバリアを指差す。


 異能者の多くは「眼」に特異体質やら異能副作用サイドエフェクトやらが生ずる。

 日本人離れした雪華の碧眼も列記とした眼の能力。白夜一族の「水晶眼」か。

 アクアブルーの色を持つ水晶色素がなす特殊な視界。透明な物体や不可視化されている目標のみを視認できるという多少変わった能力。

 戦闘にはあまり役立たないが、相性や条件にもよる。


「仮にそう言ったらどうする?」

「どうするって……今は信じるしかないじゃない? 普通にあり得ないけども。というか真面目にこれ何?」


 言いながら右手をバリア表面に触れる。さっきオレがやったみたいに手のひらをぺたりと合わせようとする。

 しかし。


「……ん? なに、普通にすり抜けちゃうよ? 結界と思ったけど違うっぽいか」


 やはり雪華はすり抜けるのか。

 当たり前のように手を透過させ、ひょいひょいとアピールするように手を左右に振る。


「そのまま体まで通過できるか試してくれ」

「いいけど……もしかして私、実験台にされてる?」

「否定はしないが、あとで報酬としてお菓子をあげる」

「ねえ、なんで私がお菓子好きって知ってるのかな?」

「どうでもいい。いいから早く」


 椎名リカがおやつ抜きにすると以前言っていたのをブラフでかけるが、まんまとはまってくれた。

 オレは彼女の背を押し、身体を通過させる。

 

「ちょっと、押さないでって!」


 まあ、どうせ通過できるのは分かっている。ただの答え合わせのようなものだ。

 何がしたいのか全く以って不明だが鈴音は「オレだけ」を別荘に近づけたくないらしい。


「………」


 彼女はバリアの向こう側から何かを話しかけているのか、口パクする。だが、音声がこちらに届くことはなかった。

 手招きしてバリアから戻ってくるよう指示する。


「……ねえ、話聞いてる?」

「いや、悪いが何も」


 何かに気付いたように目を軽く開く雪華。


「……音声は届かない、ってこと?」


 さすが、鋭いな。


「いや、多分オレだけだ」

「はい? どういうこと? 統也だけここを通過できないってこと? でもそれなら条件付きの開印結界ってことになるんじゃ……」


 開印は条件を満たすものだけを通す結界。だが、今回は少し違う気がしていた。

 むしろオレのみを排斥しているように感じる。

 そう――術式効果で。


 しかしそれはあってはいけな技術モノだ。

 最近、あってはいけないものがあるという事件が多発しているわけだ。

 オリジン武装やら異能術式やら。本来許可が下りているのは命綱である同調装置チューニレイダーのみ。

 この状況はもはや無法そのものと言っていい。


 考えたことある人間がどれ程いるか分からないが、世界は言うほど単純じゃない。

 大学でも高校でもいい。入試試験会場でAIが試験を受けたり、高度なカンニング技術で高得点を取ると当然問題になる。

 でも、そもそもAIが人間本体にそっくりであったり、高度なカンニング技術を試験官が察知できなければそれは違反とは認められない。


 何が言いたいか。

 この世界は分かっていない。どれ程ここが無法状態になりつつあるか。

 オレ達がそのAIやら高度なカンニングを試験会場で使っても、ここの人間には一切バレない。

 それを、そもそも高度な技術だと断定したり判断する情報や材料がないからだ。


 玲奈がオレの女影を圧倒する高速移動「瞬速」を見て、人間の動きじゃないと感想を述べていた。

 だがそれだけだ。


 里緒は風呂場にてオレのチューニレーダーを一度確認しているが、おそらく何に使用する装置かさえ分からなかっただろう。


 そう――。

 それが普通なんだ。


「統也さーん? おーい……もしも~し」


 意識を別の所にやっていたが正面のバリアと雪華に戻す。


「ん、ああ……」

「だいじょぶそ?」

「……ただの考え事だ」

「ふーん、で、この結界の話……」


 そうだな。この状況ではオレだけが中へ入れない。


「おそらく式自体は開印の類だとは思うんだが、詳しいことはオレにも分からない。結界の中がどうなってるのかも。だから雪華、君が中を見てきてくれ。何か重大なことがあれば、戻ってきて知らせてほしい。お願いできるか」


 真剣な顔つきのままメガネをかけ直し、何かを考えたような素振りのあと、


「スマホで連絡すればよくない? 電話なりLIMEなり」


 どうやら彼女がかけ直したこのメガネが「水晶眼」の失明リスクを抑えているようで、舞へあげた伊達メガネと似たような仕組みなのだろう。―――能力を抑える。


 雪子がメガネをかけていた最大の理由はこれだしな。

 眼に見えない透明な物なんてこの世に腐るほどあるわけで、X線、紫外線なども可視光領域を超える本来は透明な物といえる。それらを全部視認するのだから眼が耐えられるわけがない。


「いや、電話が使えるなら初めからそうしている」

「あ、そっか。何回か試して駄目だったわけね? 友達いないのかと思った」

「おい」

「うそうそ。電波が通じないって感じなんだよね?」

「ああ。おそらく電磁波系統は例外なく透過できない」


 鈴音が作ったであろうこの紫電バリアは電磁波とオレの出入りを決して許さないようだった。


「分かった、行ってくる。けど、もし思ったよりも最悪な状況で、戻ることができなかったら。そのときは……どうすればいい?」

「ブラックのオレに聞くことか?」


 すると意味深にも口角をあげる雪華。


「なんとなくあなたは王とか君主とか、そういうの向いてると思うよ。統率っていうのかな? なんとなく、統べる能力に長けているというか。だから、リーダー向きなんだと思う。私はあなたの実力を目の当たりにしているし、今更『ブラック』がどうこう言う気はないの」


 認められること自体は純粋に嬉しいが、果たしてオレの場合は喜んでいいのか。

 現在時間20時30分。別荘までの道を往復して確か20分かかる。それらを総合して口を開く。


「はぁ……じゃあ、30分経っても戻ってこなかったら緊急事態と取る。それでいいか?」


 つまり合図は――21時正時。そこを境にする。

 もし仮に別荘やその付近で何もなければ、すぐに長かった山道を下り始めなければいけない。

 負担は雪華にある。


「了解」


 彼女はシリアスな表情で重苦しい雰囲気を醸し出す。そのアクアブルーの双眸は一切笑っていなかった。


「でも多分……何もないってことは――ないと思うよ」

「それだけは同意見だ。オレもそう思う」




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