第138話 斥電の檻



  *



「……やっぱりあなたにもその秘密を教えるわけにはいきません。それがたとえ私の命を救ってくれた成瀬くんでも……私は話せません」


 コンビニの裏で茜にある場所への「派遣調査」を頼み終えたオレは、そう語る鈴音の暗い顔、何かとけじめをつけるような深刻な面持ちを想起する。


「ですが……成瀬くんの求めているものがある場所なら教えることが出来ます」

「場所?」

「はい。その場所は現在、ダークテリトリーという廃墟地帯で、影人がウジャウジャいる、と聞きました」


 オレがダークテリトリーを進行する際、茜に道を誘導してもらっていた最大たる理由はこれだった。

 実を言うとダークテリトリーは大館門ともう一つ以外に出入口がない疑似的「永久結界」で閉じてある。

 それは中にいる無数の影人を封じるため。結界と「青の境界」で挟み、閉じ込めているからだった。

 その32㎞領域をダークテリトリー、暗黒領域、消滅地域などと呼んでいるだけ。

 勿論一般人はそのことを知らないし、むしろ影人はOWにだけ存在すると思っている。


「その廃墟地帯に、私の一族……『雷電』の村があります。北緯40度の緯線上に位置する、雷鳴村という場所です。おそらくそこのどこかに名瀬くんが求める『答え』があるでしょう」


 鈴音は俯きこう言った。

 こんな時椎名リカがいればスムーズ、的確に真実かどうか見極められるだろうが、まあ実現はしないな。

 どちらにせよ、その場に行って調査しない事には何も始まらない。たとえそれが真実であれ嘘であれ。


 茜も仮眠したあと、今日の深夜早速「雷鳴村の調査」へ向かってくれるという。本当に感謝しないとな。

 即日実行に移してくれるなんて、親切を通り越していっそオレの従者か何かか?と思ったりもするがもしそんなことを本人に言えば確実に殺されるだろう。


 訳の分からない思考を巡らせつつもコンビニの裏から正面に回り、別荘へ戻るため再び円山を登る決意をして、何事もなくちょうど坂状の山道に足を踏み入れた。

 その時だった――。




 バシィィィン――――――!!




 オレはこの場で一人、強烈な“ナニカ”によって弾かれた。

 



「なに―――っ! 体が急に……弾かれた?」




 急いで臨戦態勢を取るが、周囲に敵意の一つ感じない。それどころか人の気配さえない。


「なんだ……これは?」


 自分で食らうのは初めてだったが、確かにオレの知る「ある乖離作用」によりオレの体は弾かれた。

 迅速な対応でマナを両目にため、浄眼を発動しつつあたりを見渡すが、近所のおばちゃん一人見当たらない。やはり誰もいなかった。


 その代わり、と言っては何だが、別の物は見つかった。

 肉眼では見えなかったがマナを精細に視認できる浄眼で初めてソレを確認した。


「どういうことだ?」


 円山を囲うように、巨大な異能『檻』に類似した紫の結界……に近いドーム状の障壁を認識できた。

 かなり大きい……。東京ドームより大きいかもしれない。

 もう一度、山へと続く坂道に足を踏み入れようとすると、その直後。


 バシィィ――――!!


 同様の電撃斥力がオレを弾く。まるでオレを拒絶するかの如く強い反発力を受ける。

 配色……ムラサキ。この弾かれる電気の感覚。電気的マナの特質。斥力、発散が主体の固有仮想電子。

 それらが浄眼を通してオレの意識へと伝達された詳細情報。

 おかしい。どういうことだ。



 これは間違いなく―――鈴音の「雷電乖離スパーク」だった。



 紫の電撃による斥力拡大能力。間違いない、これは「雷の加護」による斥力作用「雷電乖離スパーク」。

 だがどういうことだ? 円山を閉じ込めて何をするつもりだ?

 ……嫌な予感がする。


 再び……今度は手のひらでその『檻』のような結界に触れてみる。


「いてっ」


 しかし結果は同じ。紫の電撃が強い乖離作用を持ってオレを弾いてきた。

 右手に強い電気ショックを受け、感電による火傷感覚に近い痛みが手の皮膚に広がっていく。


 なんだ、しかも何か違和感がある。あまねく対象を反発する普通の乖離電流じゃないのか?

 この高電圧を発生させているマナ、オレだけを特別的に排斥する細工がされた痕跡がある。


 これは……ありえない。異能性の起動式……『術式』か? 

 ……ありえないし、こんな高度な技術は見たこともない。


「いや」


 それだけじゃない。この円山を囲うドーム状の巨大な紫電バリア。一見すると不可視化を施してある呪詛「結界」の類に見えるが……何か引っかかる。

 紫電バリア表面にあるマナの性質が、名瀬一族特有の第一級異能『檻』の異能体に酷似している。


 鈴音、君は一体何をした?


 

 君は一体、何者なんだ――?




  *


 

 がやがやとした別荘二階フロアで進藤くんが話しかけてくる。


鈴音りんねさん、これでいいの? ブラック三人を追い払った」

「……私、差別せずにと言ったじゃないですか。どうして守ってくれなかったんです?」

「成瀬統也とかいうあの男を山の下に行かせてほしいって頼んできたのは鈴音さんだ」

「でも、差別だけはしないでくださいってお願いしました」

「そうは言うけど、あれ意外に方法はなかった」

 

 進藤くんに頼んだ私が愚かでした。彼はそんなに気が利く人ではなかった。

 もっといい追い出し方があったかもしれないのに。


 でも、名瀬くんに居てもらっては困るんです。

 

 ここから離れていただかないと。


 私の、世界を救うという「夢」のために。

 再び幸せが訪れる、その日まで。


 

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