第130話 オーパーツ


  

  *



「もう!! 統也の馬鹿! ほんと馬鹿!! あたし本気で心配したんだから!」


 名瀬杏子とのちょっとした戦闘を終え、オレが監禁していた『檻』を解くとその中の里緒が両目に涙を浮かべつつ走って飛びついてくる。


「大丈夫だって言わなかったか?」

「知らない!!」


「口パクで言ったが……」

「知らない!!!」


「里緒、離れてくれないか」

「知らない!!!!」


 オレの胸に声を投げつけるように「知らない」と連呼する。

 言い逃れできないほどしっかりオレの胸にしがみつき泣いていた。しがみつくその手は小刻みに震え、とても冷たくなっていた。

 相当不安だったのかその緊張の糸が切れ、涙も止めどなく流れているようだ。


「本気で心配したよ……。統也もなんかせいせいしたような、諦めたような顔してるから……本気でもうダメなのかと思って……不安で……怖くて……ああ!! もう嫌だ!!」

「すまない、心配かけたな」


 まだ里緒の目周りに涙が付着していたので右手で拭いとってやると、安心したのか手の震えが止まった。


「嫌だ。許さない」

「おい」

 

 胸元の里緒は、ふくれっ面をしていた。この顔、最近流行はやっているのだろうか。

 だが里緒がやると特段可愛い。

 異能使用者はなぜか「整っている顔の人が多い」という訳の分からない統計まで出ている。特に深い意味はないのだろう。

 その統計を測定、記述した学者も科学的根拠は何一つ見つからなかったと論文で発表していた。異能抗体ホルモンの影響と唱える人もいたようだが。

 

「お前、可愛いな」


 同時に右手で彼女の頭を撫でた。

 すると突然表情を停止させる里緒。


「は? なっ、なに言ってんの? アホなの? 馬鹿なの?」


 瞬間、顔を赤くさせ、控えめに照れる。しばらくそうしていたが、


「でも……そう言う統也もかっこよかったよ? 空中で凄い戦闘しててさ……。あの『碧い閃光』とほとんど互角だった。最後の技をどうしてかわさなかったのかはよく分かんなかったけど……。統也の速さなら避けれたんじゃないの?」


「いや、第一、本当ならあの〈氷縛の檻〉は防ぐことのできない必中の技だ」

「必中……? なにそれ、絶対命中するってこと? そんな異能ダメじゃない? 反則すぎるけど」

「気持ちは分かるが言うほど珍しい事でもない。たとえば、お前も知る玲奈の父・伏見旬は同じような技を『衣』において持っていたとされる」


「絶対命中の異能技ってこと? そんなのアリなの?」

「アリなんだ。オレの姉の場合は対象を周囲ごと開放された、いわば透明の檻で囲い込み、時空凍結の能力解放と共に具現化して閉じる。あの『檻』の能力自体避けれないんだ。どう頑張っても絶対にかわせない」


「えっ、どう頑張っても?」

「どう頑張っても、だ」

「ヤバ……。じゃあ統也はあの緑の檻をどうやって防いだの? 攻撃を受けつつ耐えているようには見えなかった。マフラーを振って防いだ……みたいな感じだったよね」

「ああ、受けつつ耐えていたわけではない。あの時オレは、異能を―――無効化した」


「ん……? 今なんて?」


 明らかに眉に皺が出来る。


「だから、異能を無効化したんだ」

「あー、ごめんもう一回言って」


「異能を無効化した」

「んーー、もう一回!」


「異能を、無力化、したんだ」


 四度目でやっと理解してくれたのか、オレから離れつつ手で額を押さえる。 

 

「嘘でしょ………異能を無効化? そんなぶっ壊れたことできるの? どうやって??」

 

 説明が面倒だったのでオレは適当に頷きながら名瀬本家がある方向へと歩き出す。


「え、ちょ、どこ行くの」

「名瀬本邸に向かう。まだ確かめたいことがある」

「え……もしかして統也って馬鹿? めっちゃ頭いいと思ってたのに……」

「ん、何が」


 というか最初に、馬鹿馬鹿言ってきていただろう。

 

「さっきやられたばっかりなのに、もう1回やられに行くわけ? だいたいどうして『碧い閃光』は統也に攻撃してきたの?」

「……結論から言えば彼女が敵だからだ。これから先オレや里緒の敵になることも確定と言っていい。不戦協定を結んだがいつまで続くかも分からない。里緒、もしオレについてくるのが嫌なら今のうちだ。正直こっから先の未来は何が起こるか分からない。だから、選んでくれ」

 

 そう。敵にするは、あの名瀬杏子。

 そして「ある世界」でもある。


 いや、果たしてそれはどうだろうか。

 でも、危険からは逃れられない。


「選ぶって? 冗談でしょ?」


 里緒はやれやれを首を振ったが、


「冗談じゃない。姉は世界規模の動的範囲で目立って敵対してくることはないだろう。だからテロリストとかとは少し違う。あくまで個人的な敵になるだろう。私的な敵だと思ってくれればいい。その上で聞くが、オレと一緒に居ればこの先待っているのは危険のみだ。それでもオレについてくるのか」


 別に今日明日でなくとも、いつかその“危険”はやってくる。


「意味不明なんだけど? 選べ、なんて冗談でしょ? あたしは統也についていくって決めてるんだよ、最初から最後まで。だから選ぶも何も……あたしの答えなんて初めから決まってた」


 なんだ、この子は。


「……そうか」


 可愛い……。


 思わずオレは目を逸らした。


「きめ顔で『そうか……』じゃないよ! そうかって何!? そうかって! そうだよ!! てかなんか、感謝の言葉ないわけ!? 一生ついていってあげるって言ってるのに!!」 


 急に感情が起伏しているところ見るに、自分の発言で照れくさくなり、それを誤魔化そうと必死なようだ。


 ああ、やっぱりお前は凄いよ。 

 お前のおかげた。里緒がいてくれたから、生きようと思った。

 時空が凍結していく『檻』の中、オレは虚数術式を準備しておきながら一瞬全てを諦めようとした。自分の責任や重大な任務さえ一切放棄しようとした。なんの重みも感じないまま。


 凍結されるならそれもいいかもって思ったんだ。なあ、馬鹿だろ?

 でも、お前がオレの背中を押してくれたから。

 生きて、里緒や命を守らなければいけないと思い出せた。


「ふっ……里緒、オレのギアがお前で良かった」


 笑ったあとにそう言うと里緒は瞠目し、奇妙な物を見る目で、


「統也が……笑った? なに、これから雨でも振るの?」

「いや“雹”かもな」



  *

 


 その後オレと里緒は名瀬本家に行き、名瀬一族特有の『檻』結界門を開け、地下倉庫だけ確認しに行った。おそらくそこにがある。


 そして想像通り、ソレは地下倉庫にあった。

 無色透明なバイオシンパシー・ガラスケースに入れられ、特殊な簡易結界により保管してあるようだ。


 里緒は不意に開口。


「この機械は……何? 形状的に……槍? それにしては随分とメカニックじゃない?」

「ああ、グングニアと書いてある」

「へー」


 二人の間に不穏な空気が流れた。

 これはオリジン武装のうち「オリジンそう・グングニア」――北欧神話の主神オーディンが持つとされる魔槍グングニルを模した模造神器。

 少なくとも里緒はこの武器の存在を知らないだろう。


 そしてこの槍が放出する「赤い電気」である異能の被模倣者は、おそらく雷電一族の誰かのもの。

 凛は青い電気で、鈴音は紫色の電気なので二人とも違う――――じゃあ誰だ?

 雷電一族にはまだ生き残りがいるというのか? だとしたら流石に頭が痛くなるが。

 

 すると突然、里緒の表情が曇り始め、徐々に真剣なものへ変化していく。いや、どちらかというと険悪なものへと変わっていく。


「待って統也……グングニアってどこに書いてあるの? 槍の表面に書いてあるのは数字コードだけ……」


 ん、そうだった……。


 この数字コード、オメガ式オーディナルコードはオリジン軍でのみ使用している機密コード、このせ―――――。


「―――待って。まさか統也……このコードが読めるの?」

「……ああ……まあな」


 ただ―――、


「あり得ない……! だってこの数字コード……どう見ても現代の暗号技術じゃないよ……」

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