第131話 少しずつ変わっていく



「里緒、この数字コードが現代の技術かどうか分かるのか?」

「えっ……素人が見ても分かるよ。どう見ても今の技術じゃなくて、もっと高度な知識が取り入れられている? というかこの槍自体、現代の物とは思えないけど……。でも、そんなことって……」


 途中より信じられないといった口調に変わる。

 より不穏な空気が流れ、少し空気が凍てつき始めた気さえする。


「名瀬家が密かに研究を進めていたオーディナルコードだ。だから名瀬家の人間にしか分からない。オレも詳しいことは知らないが、御三家、独立家などの異能家は想像以上に科学技術が発達しているらしいからな。霞流家でも相伝異能『ふるえ』を使った波動、振動の転換技術が随分と進んでいると聞いたが?」


 里緒の『波動振パルスブレイク』はかなり手が加えられ、通常の『ふるえ』とは少し能力域が違うときている。


「ちょっ……なんでそのこと知ってるの? それあたしの家の機密情報なんですけど!」

「御三家にいると色んな情報が流れてくるということだ」


 告白すれば、コードについてはこうやって誤魔化すのが精いっぱいだった。

 もちろんオメガ式オーディナルコードの話は事実と異なるが、その判断は里緒にはできないはずだ。悪いが騙されてもらう。


「よし、もう帰ろう。呪詛『隠密漂』の持続時間は長くない。もうじきオレらがここに侵入したことも名瀬勢力にバレる。そこそこ確認は取れたしもういい」

「え、あ、うん……」


 何か釈然としないって顔。

 里緒は異能を扱う学生のなかではロジックの通った思考ができる。他人よりも物や事象を客観視できることから多角的な視点をも兼ね備えている。

 口にはしないが、とうにオレが何かを隠し、秘密を持っていると気付いているだろう。

 どんな事情であれ少し警戒しておいた方がいいな。



   *



「何この部屋! 広い! この間泊まったビジネスホテルと違うんだけど」


 23時頃、もうかなり夜がふけってしまった。

 こんなにもオレ自身の主体で活動し、振りまわしているのに里緒は文句ひとつ言わない。

 影人討伐のための戦闘的バディ「ギア」であるとは言え、心が広い証拠だ。

 元より彼女は他人への拒絶領域が広すぎただけで、心が狭いわけではない。焦って盲目的になっていた時期はあったが。


「えーなんかジュースあるー。これ飲んでいいのかなー」


 などとテンション高め。俗にいう深夜テンションかもしれない。

 オレたちはホテルの一室にいた。


「ここ一帯の地主『名瀬家』としての権限で無理やり宿泊席を獲得したホテルだ」

「それって権力の乱用じゃないの? 霞流家にもそんな権限ない。権力の格差、富の再分配!」

「そうだな……で、どうして同じ部屋なんだ?」


 再びオレらは同じ部屋で泊まることになった。

 これには訳があった。



 数分前、受付にて。

 オレはホテルの受付をする里緒の背中を見ていた。


―――「あ、数分前に予約した名瀬です」

 

 軽快に、臆することなく店員に言う里緒。

 いや、お前は名瀬じゃないだろ。


「えっ、ですが、ご予約された方は男性だった気が……」


 戸惑う女性店員。


「あーそれは私の夫です」


 いや、いつ結婚した?


「えっ新婚さんなんですか?」

「あーそうなんですー。わかっちゃいました?」

「はい!! もうラブラブオーラたくさん出てました!!」 


 出てねーよ。


「後ろにいるマフラーの方ですよね」

「あーそうです。彼が私の夫ですー」


 嘘つけ。


「えっと、どうせ二つ部屋取ってあると思うんですけど一つでいいです」

「え……ですが予約は二部屋となっているので、それを今頃取り消すことは…………」


 受付店員がそこまで言った時、後ろから年配の男性店員が彼女に何かを耳打ちする。

 するとどういうわけか一部屋しか借りないことになった。

 おそらく「名瀬」はここの土地支配人だとか余計なことを言ったのだろう。

 人は権力や金を前にすると脆い。



 ―――そして現在、一部屋しか借りていない。

 前回同様に一部屋二人で泊まることとなった。

 

「里緒、何考えてるんだ。高校生の異性同士での外泊はあまり許されたものではない」

「って言っても、前したじゃん」

「それとこれは別問題だろ。根本的に話が違う。前回は一部屋しか空きがなかったという話だった」

「統也が一人で寝たい気持ちは分かるけど、私は統也と一緒に居たい」


 最近里緒のアプローチが大胆化してきている。

 嬉しい反面、どうすればよいか分からない側面もある。

 オレを好きだと求めてくれること自体は嬉しいのだ。しかし対応に困る。


「……分かった。親の同意がない未成年外泊は基本的には駄目だが、それを結婚した成人済みの男女という設定で抜け出した面もある。今回は一緒に泊まろう」

「うん、わがまま聞いてくれてありがと」


 駄目だ。

 忘れてるかもしれないがオレも男なんだ。無論性欲はある。

 二人きりの密室空間、か……。


「困ったな」

「え、何が?」

「いや、特に深い意味はない」

「え、何? 言ってよ」

「なんでもない」


 オレは言いながら部屋の外へ出た。



  *



 オレはホテル廊下の先にあるガラス囲いの喫煙室に入り、てきぱきとうなじにある機器「チューニレイダー」の電源を入れる。

 以前、少し時間はかかったが午前三時でも茜と同調できた。


 チューニレイダーを使った仕事。オリジン軍二等階級特務官中尉「補佐指揮官」という仕事もなかなか大変だな。

 一定の軍規定を破棄できる特殊権限があるとはいえ、不自由だろう。


 コンダクターの茜は午前三時だろうと早朝だろうと深夜だろうと、ほとんど例外なく必ずアドバンサーであるオレの呼び出しに応じなければならない。呼応して適切な対応をし、指揮または補佐をしなくてはならない。

 凄まじい精神力と、とんでもない忍耐力を要す仕事だと言える。

 中途半端な気持ちで成り立つ仕事とは思えない。


 だから普通コンダクターは神経系接続適合者の中でも、アドバンサーの肉親や親しかった者を起用する。

 赤の他人のために深夜に起きて仕事をするなど、とても常人にはできないからだ。


 だが。オレ達は例外だった。


 オレは初めから天霧茜という人物を知らなかった。当然他人。

 コンダクターは任務当日までその姓名を明かせないという規則がある。任務の重責に耐えられなくなったアドバンサーが変な気を起こさないように対策してあるのだ。

 だから任務当日にオレのコンダクターが他人の茜だと知ったとき、それを決定した旬さんの意向も姉さんの意図も、正直分からなかった。

 他人にオレの考えや方針が理解できるとは思えなかったからだ。


 しかし、そうはならなかった。


『……はい、どうかした?』


 数分後に彼女から連絡がきた。が、いつもより反応速度が遅かった。

 通常ならば数分もかからず数秒で同調を始める手際の良さのはず。


「ああ、緊急ではないが一応と思ってな。夜分遅くにすまない」

『ううん、大丈夫。それで用件は?』


 その時だった。


 ん? なんだこの音……。

 話しかけられている最中にある異変に気付いた、と同時に茜の反応が遅かった理由が判明した。

 そして何故かそれにリアクションするように血流の巡りが激しくなる。


「茜、今どこにいる?」

『それって今関係ある話なの?』

「いや、深く関係はないが、少し驚いてな」

『私も驚いたけどね。大学のレポート終わって、軍の仕事終わって。丁度入ってすぐに連絡きたから』

 

 サーと水が流れる音。軽量化水圧とマイクロナノバブルの水流音。

 そう。明らかにだった。

 つまり茜はシャワー中でチューニレイダーは外していたものと思われる。だから反応が遅かった。


「後にするか? 今話すのは気が引ける」

『え、なんで? 別に視覚同調機能を解放してないデバイスだし』


 要は五感共有という五択の中、同調可能な感覚が「聴覚」だけなので問題ないと言う。

 視覚がなければ裸は見られないからと。


「そういう問題なのか」

『逆に違うの? デバイスは強防水、耐熱加工だし問題ないと思うけれど』


 その間にもサーというシャワー音が鳴る。

 今の彼女は裸で何も着ていない上、何も穿いていないのだろう。いわゆる全裸。

 茜はスタイルがいいのだろうか。女性的な魅力があるのだろうか。何故かそんな想像ばかりしてしまう。

 オレも中々に思春期真っ最中だと実感できた。


「いや、問題ないならいい」



   ◇◇◇



『いや、問題ないならいい』


 そのクールでかっこいい声が私の脳内に優しく響いてくる。流れてくる。

 それだけで私の胸にある心臓は激しさを止めない。

 最近、あなたのことばかり考えている。私の頭の中に常に彼がいて、振り解こうとしてもダメで。

 ――って、一体何を考えているのだろうか。私らしくもない。


「で、話って何」


 私は普段通りに喋る。

 冷静にいこう。


『ああ、それは杏姉についてだ。名瀬杏子、オレの姉だ。流石に分かるだろ』

「あーね、私も何度か話したことがある。彼女がどうかしたの?」

『結論から言えば姉さんはもう手遅れだ。おそらくあっち側についた。なりふり構わずって感じだったことを考慮すれば、いずれそっちにも刺客が行くだろう』


 いきなりそうきたか。

 三年前のあの時から杏子さんはすでにメンタル的にかなり憔悴していたようだから無理もなかったのかも。

 弟の統也と妹の白愛ちゃんを守りたいと。そのためなら雷電以上の鬼にでもなると。

 雷電の祖・霧神きりがみ一族は古来「鬼」の伝承源となった一族なので、「雷電以上の鬼」とはそれ相応の意味がある。

 きっと想像できないほど色々あったのね。正直考えたくはないけど。


「私はいいけど、統也はどうするつもりなの?」

『ん……? オレ?』

「そう、統也は平気?」


 姉に敵意を向けられて平常心でいるのはさすがと思う。

 いつでも冷静に大局を見れる達観した視点と機転の利いた応用力。とても高校生のそれじゃない。そんなことは分かっているけどさ。

 すると次に、彼は不思議なことを言ってくる。


『茜は、平気じゃないって言ったらオレを慰めてくれるのか』


 おそらく揶揄われたので「うん、少しは」と即答して返す。

 それに対し「え」と漏らす彼。


 即答したことに驚いたのか、慰めることを肯定したことに対する驚きなのか、それは判断つかない。

 互いにしばらく沈黙する。

 私は自分の柔い肌に触れながら、手先を這わせる。シャワーの水流に合わせて。

 シャワーから噴き出る温水が私の体に付着している疲労を流してくれると錯覚できる。

 それでも肩凝りや髪の重みによる首周りの凝りは離散していく気がしない。


『ところでK、さっきも言ったがお前の周りには既にユダがいてもおかしくはない。加えて刺客が何人かも分からない。かなり詰んでるが、どうにかなりそうか?』

「それはこっちで何とかする」


 もし仮に、私が本当に詰んでいてどうにもならなかった場合、統也はどうしてくれるつもりだったのだろうかという疑問が脳裏をかすめた。

 


   ◇◇◇


 

 同時刻。


「抹殺対象の名前は?」


 ヘルメットを被り、防弾チョッキを着た紺色服の30代くらいの目つきの悪い男が、図太い声で中隊長に聞く。

 頷きながら中隊長は口を開く。


「対象――天霧茜、19歳、女性、O型、身長163cm、能力系統『異能』、異能の詳細は何故か―――」

「もういい。とにかくその女を殺せと?」

「……だそうです」


「懸賞金はいくらだ?」

「取りあえず2000万用意できると」

「さすが名瀬杏子、いいだろう。爆弾類とライフルを準備させろ」

「了解しました」

 

 敬礼した中隊長はその場を去った。


「しっかし可哀想だな、この天霧とかいうお嬢ちゃん。今から総勢120人いるプロの暗殺部隊――我々『N』によって殺される。まだ若いのにねぇ」


 皮肉ったセリフを言いつつも男は不気味に口角を上げた。


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