第128話 領域構築


「茜……? 彼女がどうした? オレの補佐指揮官コンダクターに茜を起用したのは旬と姉さんだろ?」

「そうね……あなたはこの世が等価交換であると信じているから、沢山の人を助けてきた。そのひとりひとりなんて一々覚えていないのも仕方がないわ」


 確かに等価交換の考えはあるが、それ以外何を言っているのかさっぱり咀嚼できなかった。


「姉さん。そうやって全部うやむやに語るつもりか。結局何一つ確かに言わないまま」

「……だったら何? 私を今すぐに殺すのかしら?」

「どうしてそうなる。オレはあんたを傷付けたくないだけだ」

「へぇ……あの小さかったとうくんが、私にそんな大口を言えるようになるとは……成長したのね。伏見に染まった気分はどう? おかげで強くなれた?」


 嫌味な言い方。アイロニックなセリフを並べる。

 彼女はオレが元伏見家当主・伏見旬の元で修行を受け、師弟関係になったことを知らなかった。それを知られてからはお互いに険悪になった。

 別家の隔たりは絶対だからだ。


 だが、


「姉さんだって、伏見玲奈れなには色々教えていたようだな」

「仕方ないわ。あの旬の娘だから。贔にしないわけにいかないでしょ?」

「それは、本心なのか」


 そうとは思えないが。


「あのね、とうくん。私には関わらないでほしいの。その約束を守ってくれるというなら、私はあなたを封印しなくて済む」

「だから引けと?」

「それだけでなく、あなたが抱えている宿命の正体も教えてあげていいわ」

「オレが抱えている宿命?」


 彼女は何の話をしている。

 オレが持っている他の人とは明らかに違う部分といえば「浄眼」か。他にも王様に近いことを言われると甘い匂いを発するなど色々ある。

 それが偶発的な何かではなく、確かに根拠があるものによって発生しているのなら考えるべき視点や角度も変わってくる。


「あなたは影人を止めたい? この世界を救いたい? 人々を助けたい? 守りたい? 例えば向こうで静観している霞流家の長女とか。みことさんとか。……どうなの? ……私は……違うかも知れない。より多くの人を助けたい……。もっとたくさんの人を。でもそれは根本的にあなたとは違うわ」


 間接的にあるメッセージを伝えてくる。

 そのメッセージがオレの脳内で丁寧に翻訳されると同時に、知ることができた。理解できた。


 杏姉はオレにとって―――――明確な「敵」になると。

 家族ではいられないと。仲のいい姉弟ではいられないと。

 まるで玲奈と瑠璃の関係と同じになるしかないと。


「とうくん。『雷電』というたった一つの一族さえ守れなかったあなたに、世界が守れるの? 救えるの?」


「それは――――」


「無理なのよ。……『強さ』は何かを守るためにある。その考えは私もとうくんと一緒。でもね、やっぱり全ては救えないわ。あなただって本当は分かってるんでしょう? この世は、あなたが支配している。だから、あなたにはそれができる。でも優しいあなたは、それをしない」

「言っていい事と悪い事があるだろ」


 何が彼女をここまで追い詰めた? 何が彼女をここまで憔悴させた?

 それとも、オレが今まで見ていた姉は仮面を被っていたのか。実はずっとこうだったのか。

 オレは家族のたった一人の本音と建前さえも見抜けなかったのか。

 ずっとそばに居たのに、心が追い付けなかったから。


「オレが人を救いたいのは罪からじゃない。鈴音に里緒や命、翠蘭や千本木刀果とうか―――色々な人に出会ってから自分で決めたことだ」


 そう。今は彼女らを守るだけの力がオレにあると信じたい。

 例えそれが自分を納得させるための自己満足という道具でも。


「とうくん、誰かの記憶を見たことは?」

「は? 何の話だ」

「そう、まだないのね。ディアナだけが異常に早熟だったようね。やっぱり旬に任せたのは失敗だったかしら」


 意味分かんない。正直キレそうだった。

 何もかもほとんど意味の分からないセリフばかり。

 最近で「記憶を見た」と言えば、一度だけ色んな人との過去の記憶が流れてきたことがあった。

 そのほとんどが何故か関わったことのある女子だった。ディアナのメモリーも一応あったが、鮮明な記憶ではなかった気がする。


 オレは面倒になり、彼女の周りに異能座標を置き、監禁用の『檻』を展開しようと試みる。

 だが、そう上手くいくはずもなく、むしろこちらに接近させる隙を作ってしまった。


「ふっ――――!」


 高速な彼女の接近を青い透明壁で塞き止める。

 素早い動きで一端下がったと思えば、そのあと目でも追えない超速で反動攻撃をしてくる。

 その攻撃にはマフラーでいなすことにより対処した。


「私についてこれるかしら?」

「……何がだ?」


 直後杏姉は薙刀を横に振り、オレの胴体を狙った。

 オレは宙に舞いながら側転―――側中しながらかわすが、着地点を予測したように包囲用の『檻』みどりが展開されていた。

 オレは空間に足場として『檻』蒼を展開してそこに着地し、ジャンプする。

 その滞空に追いつくかのように、同じく高く飛び上がる姉。

 再び薙刀を回転させ、手裏剣のように水平に投げてくる。ブーメランのような急な円弧軌道。

 高速に回転させた薙刀は、回転残像で「碧の円形」として見えた。

 両刃である薙刀を利用した回転式投擲とうてき「碧車輪」という技。

 

 マフラーに『檻』蒼エネルギーを送り込み、思い切り振り下ろす。それではね返す。

 空中。はね返り戻った薙刀を華麗にキャッチした姉は、オレと同じように『檻』碧を土台に踏み切り閃光のような速度で間合いを詰め、斬撃を繰り出してくる。


「はっ――――!!」


 正面に檻を展開して防ぐが―――――その防御『檻』蒼と薙刀が衝突した瞬間、目の前から姉の姿が消える。


 は……?

 恐ろしく速い?


 どうやら背後を取った様子。


 オレは考えるよりも先に体勢を低くすることで……と言っても空中で上半身を前へ倒しただけだが……背後から横に切り入れられた薙刀の刃をギリギリでかわし、回転しながら横蹴りで彼女の腹を蹴り突く。

 その威力で上方に吹き飛んだ彼女を、空間に水平展開した足場用の檻でジャンプし、瞬速で追いかけ、右からマフラーの斬撃を試みるがあっけなく『檻』碧で防御される。

 切り返し、左から、上から、下からなど色々な角度から切りつけるがすべて彼女の『檻』碧の多角度高速展開により封じられる。


 さすが『檻』の展開速度歴代一位と云われた女性。

 速いだけの攻撃じゃ効果ないようだ。


「とうくん、随分速くなったわね。既に私より速い?」

「さあな」


 互いに異界術を使用し、やっと地面に着地する。

 ずっと空中戦だったのもあり、地面に立って、地面に支えられているこの現状がなんとなく落ち着いた。


「それでもあなたは放っておけない」


 言いながら回転棒術のように両刃ある薙刀を回す。付与されいる『檻』の碧色が綺麗に回転し、精神凍結なんて物騒な能力がなければ何かのパフォーマンスのよう。

 オレは最小限の動きで、すべての攻撃……薙刀による素早い回転斬撃をかわす。

 下がりつつも、確実によけていく。


 彼女の薙刀に付与されている碧の檻「みどり」は、切りつけた相手を「空間的な縛り」……「凍結空間」へと誘う特殊系統「碧凍へきとう」の『檻』。

 対象が保有するマナとを一瞬にして凍結させる禁能。彼女が最強たる由縁の一つ。


「どうしてオレを殺そうとする?」

「そうするしか道がないからよ。……でも、私も甘いのね」


 そもそもあの時、ダークテリトリーでオレを本当に殺したかったのなら、もっと他に手段があったはずだとも思う。

 ダークテリトリー内は、他人の干渉や見られる危険性だって一切ない。大胆ながらも確実にオレを始末する方法が五万とあったに違いない。

 だから彼女には、実の弟を……オレを……殺せなったんだとすぐに分かった。躊躇ったのだと。


「私だって甘くいたい。とうくんに死んでほしくない。甘くありたい。だけど、その甘さが世界を破滅へと誘う。だから、私にはこうするしかない」

 

 すると今度はオレに手加減はするつもりがないのか、の兆候が彼女の体内マナから判断できた。


 それは絶対命中の必殺―――。


 瞬時に浄眼の発動をやめ、それに備える。今から特殊な術式を組んで対策するしかなっ―――。



「領域構築―――『氷縛ひょうばくの檻』開放」



 オレの思惑通り彼女は、『檻』の持つ能力解放と共に『檻』の開放を行う。

 空間構築で。


 薙刀を床に刺し、両手をちぐはぐに合わせ、マナを練り上げ始めた。

 古来より伝わる忍術や組手の「かた」という概念があるが、あれはマナを練り上げる過程に使用する動きの派生。

 それが異なる伝承のされ方をし、現代に伝わったのだろう。それか、異能という存在を隠すための古来なりの対策だったのか。

 ……どうでもいいな。


「今、この場で『領域構築』する必要があったのか? 正直不要に思えるが。……姉さんにしては横暴すぎる」

「でなきゃ、今のとうくんに勝てる気がしないの」


 オレはすかさず彼女の周りに『檻』を展開してみるが、ほとんど意味がないことは分かっていた。万が一にも監禁されてくれればいいな、くらいな感覚だ。

 名瀬家内でも「あお」という区別名がつくオレの青い『檻』。案の定その包囲を容易によけつつ彼女は、同時に檻「碧」の壁でオレの四方と上を立方体上に囲んでくる。


 それは回避の隙などない、一瞬とも表せない。

 認識した時には既に囲まれているのだ。



 完全に囲まれ、監禁された―――。



「とうくん……終わりよ」

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