第127話 襲撃者の正体


  *



 17時26分発の新幹線に乗り、21時50分に着。計264分……4時間以上かかった。新幹線でも随分と時間を要すらしい。リニアモータカーは経験があるが、新幹線には初めて乗ったのであまり分からなかった。


 その間里緒と会話したり、スマホをいじったりと時間を潰したがかなり暇だった。

 里緒がいなければなお退屈しただろう。

 

 21時53分。オレ達は目的地に到着し、釧路市に足を踏み入れる。

 空は暗く、肌寒いような空気だが、湿った生温かい風も微かに吹きつける。おそらく海沿いだからだろう。


「釧路市……思ってたより田舎だね」

「オレたちが暮らす札幌は、今の北日本国では旧首都『東京』のような機能を果たしている。あそこと比べればここは田舎になるだろう」

「でも綺麗な景観……街とか。あたしは嫌いじゃないかな、こういう雰囲気の場所。空気も綺麗だしさ」


 そうしてしばらく静かに一言も話さず歩いていた時、隣の里緒はあることを尋ねてきた。

 どうやらに気付いたようだった。


「ねぇ……でもなんか人少なくない? 気のせい?」


 顔に不安を浮かべながら、よりオレに近づいてくる。


 実はその通り。少ないというより皆無。誰一人街を歩いていない。

 普通ならその辺に散歩する人が見えても何ら不思議ではないはず。だが、それもない。

 夜遅くとはいえ、この静けさは明らかに異常だった。


 人除け結界、か。


 すると当然、オレは背に鋭い殺気を感じる。



 なっ―――――――――。



 瞬間、後ろに振り向きながら『檻』の障壁を素早く展開し、盾として運用する。二メートル一辺、すなわち四平方メートルの正方形にかたどられた青い『檻』で攻撃を阻む。

 


 バジン―――――!!!


 激音と共にマナ光波が飛び散った。



 攻撃を仕掛けてきた相手の「みどりの槍」が『檻』の障壁と激しく衝突したからだ。

 衝突部、色にして「蒼」と「碧」のエネルギーが強烈に発光する。

 攻撃してきた物は厳密には両刃薙刀なぎなたと言われる日本刀派生武器で槍とは違った。


「っ――――――!?」


 里緒は目を見張り、立ち尽くす。言葉すら出ない様子。

 流石に里緒も知っているだろう。

 御三家に興味がないか、相当馬鹿でない限り皆「彼女」を知っているはずだ。


「彼女」を。


 両刃薙刀なぎなたを持つ女性を。


みどり」という色でとても有名な最強異能士を。


 旧日本で有名なS級異能士を。


 オレの、姉を――――。



 両者素早い動きで距離を取ったあと、下がった「彼女」……名瀬杏子きょうこに話しかける。


「久しぶりだな杏姉。三年ぶりか」

「……そうね」


 口から発せられる声も、口調も、顔も、仕草も、全てオレの知る姉で間違いない。

 彼女は間違いなく名瀬家現当主の名瀬杏子だ。


 ただ―――たった一つだけ昔と違う点があった。


「杏姉、その髪はどうした?」


 バッサリと短く切られた黒髪に視線を送る。

 昔はオレの好みであるロングストレートだったはずだが今は肩よりも短い。

 似合ってると褒めた時、すごく喜んでくれて、一生長い髪にすると宣言していたのに今はその跡形もない。


「さあ……多分邪魔になったから切ったの」

「多分? なんだその言い草は。自分で切ったんじゃないのか?」

「さあ……あまり鮮明に覚えていないの。ごめんね、とうくん」

「さっきから何言ってるんだ?」


 どうしてそんなに他人事なんだ。


 しかもオレの言葉もあまり聞いていない様子で、何の前触れもなく攻撃を仕掛けてくる。

 彼女の二つ名「碧い閃光」という名のままに。それはまさしく閃光のような動きで、スピードで、目にも留まらぬ速さで。


 ―――こんなに話の通じない人だったか?


 と思いつつも、彼女が突き出したみどりの『檻』が付与されている薙刀を、オレも青い『檻』障壁で防御する。

 ぶつかり合う二つの『檻』エネルギー。

 直後にできた一瞬の合間を狙われ、碧の『檻』障壁で地面以外の周囲五面を囲まれる。


 まずっ―――。


 幸い障壁同士に隙間があり、その間隔すれすれで抜け出すが――――追い打ちをかけるように空中に舞うオレに対し薙刀を振るってくる。

 接近してくる長身の刃を空中でバク中し、かわす。

 地面に足を付けたと思ったらすぐさま薙刀による攻撃を。超速で。

 もちろんオレは青い『檻』で壁を作り、斜め上からの斬撃を防御する。同様に激しく散乱するマナの光波が眩しい。

 再び距離を取る彼女。この繰り返し。


「統也! あたし下がってるよ!」

「ああ、頼むっ――――――!」


 里緒に言ってる最中にも高速で詰めてくる杏姉。碧に光る薙刀を手持ち部分で回転させながら突進してくる。

 手裏剣のように回転するその薙刀の攻撃は掌から出す『檻』の異能座標では間に合わなかった。

 迅速にマフラーをはずし、マナを送り込み、『檻』を付与して斬撃を繰り出すことで防いだ。


「姉さん! どうしたんだ!?」

「……何が?」


 冷酷な口調で聞き返してくる。

 かつて優しかった彼女はもうそこにはいなかった。何かを憎む目でオレを睨んでくる。


「確かに別れる前、方針のズレによる喧嘩は珍しくなかったが、何もここまで―――」

「とうくんには関係ないわ」


 駄目だ。話が通じない。

 その上彼女の行動を理解できない。

 杏姉、一体この三年で何があった。オレと離れて暮らした三年で、何が。


 なぜこうなった―――。

 なぜ。


 

 なぜ。




「三月にダークテリトリーでオレを襲ったのも、拓海を『檻』から逃がしたのも、姉さんだな?」




 認めたくない。でも認めざるを得ない。


 任務開始早々の三月。ダークテリトリーでの襲撃。黒マントの敵。

 あの時、オレのマフラーの拘束を解くだけでなく『檻』を指先だけで破壊し逃げ切った。

 その上浄眼じょうがんによる透視でも顔が視認できなかった。おそらくはこの世界にない、高等な呪詛。また、声を呪詛にかける技術を持っているのも『檻』を破れるのも彼女だけだ。

 

「……どうしてそう思うのかしら?」

 

 焦る様子はなく、冷静な物言い。


「『檻』を丁寧に破壊できるのは名瀬の人間だけだ」


 檻を破壊する方法は大きく分けて二つ。

 檻を取り巻く空間ごと破壊するか、檻で檻を破壊するか。

 つまり名瀬一族には他人の檻を破壊する権利がある。「権利」……なぜこんな言い方をしたかには理由があるが「そのスタートラインに立つことは出来る」というのが分かりやすい表現だろうか。


 伏見一族『衣』や、他の破壊力を主とする異能ならば『檻』を破壊できるかもしれない。

 しかし名瀬一族であればそんな手間さえかからない。

 空間は一として全。無限にしてゼロ。次元にしてエネルギー。それを切り離す異能を同じ異能で切り離せばいいという理論。

 空間を支配し制御する能力が『檻』なら、それを上回る支配力で空間を制すればいい。


「初めは伏見一族のある女の仕業かとも思ったが、なんとなく違うと確信できた。まず、彼女は面倒なことをしない結構単純な性格だ」


 瑠璃のことだった。


「なるほど。私は伏見一族のその女よりも信用されていないのね」

「……それともう一つある。この世でオリジン武装を手にする人間は限られているということだ」

「それでも私だとは限定できないと思うけれど」

「ああ。だがあのオリジン武装は“槍”だ。こんな偶然あるのか?」


 あのとき黒マントフードの奴が持っていた武器は「槍」だった。

 今現在彼女が使用している日本流の薙刀ではなくメカニカルで特殊な武具ではあったが。


「そう……もう隠しても無駄なのね」

「あのオリジン武装から放出する赤い電気―――あれは誰の異能模倣だ? 凛のじゃないだろ。凛の異能『イカズチ』は「月夜ツクヨ」という区別名称がある「青電」特殊系統だ。赤くない」


 しかもあれほど高度な異能模倣はオリジン武装でも相当難易度が高いはず。


「言われてみればあなた、知らなかったわね。茜のこと」

「茜……?」


 どうして今彼女の名前が出てくる。


「あなたは知らなくていいことよ」

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