第126話 里緒との遠出



   *



 17時正時頃。オレは各事後処理を翠蘭に任せ、里緒との約束通り、札幌駅……JR駅に訪れていた。


 数分後、黒いキャップ、ショートパンツにタイツ、白いシャツの里緒が姿を見せる。

 割とラフな格好で、この季節の暑さ対策はしてあるようだが、今から冷え込む時間という事実もある。そこはあまり気にしてなさそうだ。

 しかし流石、体のスタイルはいいな。全体的に均整の取れた手足と胴体。周りにこんなモデル体型はそういない。玲奈、凛くらいなものだ。


 徐々に近づいてくる里緒。


「ごめん、待った?」

「ああ、30分くらい待ったな」

「え、嘘……」


 言いながら小さなオシャレ腕時計で時間を確認する。

 実はこのやり取りは一度経験している。おそらくすぐにオレの悪戯だと気付くことだろう。


「ねえ、なんも遅れてないじゃん!」

「一番最初はそのくらい待った」

「いつの話してるのさ。もう、あの時はごめんねって!」

「初めて会う約束をしたとき、里緒は来なかった」


 あの時のことは、割と根に持っている。

 30分待っても彼女は待ち合わせ場所に来なかった。


「ね、ごめんね? もう二度としないから!」

「軽い二度とだな」

「そんなことないよ? もうしないもん」

「そうか?」


「うん。あの時は……色んなことに焦りまくってた時期だから。統也のこともよく知らなかったし。今までと同じようなあたし頼りの男がギアになるのは嫌だった。全員足手まといだって思ってたのもある。……今思えば笑いものだよね。統也みたいに、鈴音みたいに私より遥かに強い人はいるのに。今はむしろ、私の方が足手まといなのに」


「里緒は考えすぎかもな。別に足手まといだと思ったことはない。それに、あの時は偶々たまたま調子が良くて強く見えただけだ。オレは言うほど強くない」


「もうさ、その安っぽい嘘やめたら? たまたまとか、偶然とか、まぐれとか。ま、全部同じ意味だけど。言い訳するときにわざわざローテートさせて使ってるしょ? 知ってるからね?」


 笑いながらオレの表情を伺ってくる。

 正解だった。誤魔化すのが面倒くさいためにしていたことだが、普段共に過ごす里緒には気付かれていたようだ。


「なんだ、バレてたのか」

「当たり前」


 馬鹿にしてんの?という顔。表情自体は柔らかいので、ただの談話のつもりだと分かる。


「だが、オレが強いというのは誤解だ」

「はいはい、そうですね」


 里緒は棒読みに言いながら胡散臭そうにオレを見つめた後、切符売り場に向かう。

 オレもそれについていく。

 

「統也、ICカード持ってなさそう」

「ああ、正解だ」

「あたしはIC使うけど、統也は切符買うんでしょ?」


 オレは頷きながら切符を買い始める。


「最近になって段々とオレのことを理解できるようになってきたな」


 そう言いながら。


「うん、ほぼずっと一緒にいるし、いやでも分かる。なぜかスマホの操作下手だったり、最近流行はやった流行語とか知らないしさ」


 大抵、平日も影人を討伐する任務を受けるため、毎日のように里緒に会う。

 まあ、そうで無くても異能の特訓のために会うこともある。

 結局ほぼ毎日一緒にいることになるわけだ。


「統也が異常に強いってことは出会った時から知ってるんだけどね。御三家の中でもレベチだって玲奈さん言ってたよ。父と張り合えるかもって」


 あの金髪歌手め、結構余計なことを。


「誤解だな」

「そうなの? でも伏見旬の実の娘がそう言ってたよ。実際どうなの? 統也と世界最強だった異能者」


 気にせず他愛ない様子で聞いてくる。「世界最強だった異能者」とは旬さんのこと。「だった」と過去形なのは、彼が故人であると里緒も認識しているからだろう。

 

 だが―――オレと旬さんか。

 彼とオレが戦ったらどうなるか。さっぱり想像できない。

 彼が敵になることは基本的にないため、想定さえしたことがなかった。厳密には、負けると分かっていて考察する価値がなかった。


 オレの戦闘における実力は平均水準から考えれば高めの数値だろうと自分でも理解している。

 しかし、相手が旬さんとなると話は違ってくる。


 彼は正直バケモノ。かつて朝鮮半島が行った異能威嚇をたった一人で封じたり、彼がいるせいで日本と各国の異能パワーバランスが崩れるほど。

 現代においては最強の異能者と謳われており、彼の存在で世界の均衡が変わったとされている。


 しかしながら、今はオレの能力状況も以前と異なる。この際、少し真面目に考えてみるか。


「分かった。今考えてみる」

「え……めっずらし」


 などと言われながら、オレは自動券売機から切符を買いつつも考えを巡らせた。


 仮にオレが第ゼロ術式『律』を酷使しても、伏見相伝の反蝶術式アンチバタフライの強制力によって無効化される。

 異能『檻』で空間を大きめに閉じても、彼なら破壊できる。かといってオレの攻撃性質である空間干渉だけでは『衣』の持つ絶対エネルギー性には勝てない。


 加えて、彼の編み出した『イザナミ術式』は本体作用も無敵。その副次的効果である「加具土命」さえ、オレの『檻』だけでは防げる気がしない。

 

 つまるところ、勝てそうにない。だが、全く勝負にならないというわけでもないだろう。

 そこの判断が難しい。


 今は自分にも「浄眼」という特殊な解析眼能力を持っている。

 ただこの眼の能力は今年発現したばかりで扱い慣れていない。

 疲れた時に不意に発動してしまうことや眼痛など、未熟な部分も目立つ。

 

 術式・マナを視覚情報として詳細に認識できる上、マナの性質情報を精細に読み取ることもできる眼。それを利用することで完成した術式解体のための術式干渉「解」もあるが練度はそこまで高くない。

 伊邪那美イザナミ術式がどれほど緻密な構築により成立している術式なのかは実際この眼で見てみないと分からない。その関係上、勝てるとは言い切れない。



「おそらく――、今のオレじゃ旬さんには勝てない」


 結果そう結論付けるしかない。


「へー、結局勝てないんだ」


 なぜか少し残念そうにされたので、言い訳のつもりで言う。


「まあ、そもそも死んだ人間と戦うのを想定すること自体おかしな話だ」

「あーうん確かに。……漆黒の英雄、彼はもうこの世にはいないもんね。あたし達のために犠牲になったから」


 最後まで影人との死闘を繰り広げた旬さんの勇姿。それを犠牲と呼んでいるらしい。


「だから伝説なんだろ」


 言いながら歩きはじめる。

 JRの改札を抜けながら、この場に椎名リカがいなくて良かったと、ふざけたことを考えた。



   *



 新幹線内、オレと里緒はしばらくそんな意味のない会話を続けた。


 すると一時間近く経った頃、前までの談話の雰囲気とは大きく異なる真剣な声色で聞いてくる。


「――ずっと聞きたかったんだけど、聞いていい?」

「ん、ああ、どうした?」

「これから行こうとしてる釧路市ってどこなの? 一体何があるわけ?」

「釧路は三州のうち、東北海州の最南端にある人口がまあまあ多い都市だ」

「東北海州……それってもしかして―――」


「ああ、オレの実家。異能御三家のうちのひとつ、『名瀬本家』がある場所だ。そこに、オレの会いたい人物がいる」






――――――――――――


*『浄眼』の説明。


……名瀬統也や故人エミリア・ホワイトを代表する特殊的な眼の能力で、発動時に(または常時)瞳が青に変色する。主にコバルトブルーや紺青に輝き、「サファイアの瞳」と形容されたりする。


 浄眼の能力は視界を情報次元に移すことで思念・マナを視覚情報として詳細に認識できるというもの。また対象のマナを精細に読み取り、相手の異能やタイプ、強度、術式がどんなものかある程度把握することも可能。

 しかしそれゆえに眼に届く情報量が多すぎて、網膜細胞が悲鳴をあげるかの如く痛みを発することも。本人はまだ原因に気づいていない様子。


 統也の場合、本来使用後に必ず死ぬ「第零」を脳へのダメージを与えないよう浄眼で精密なマナコントロールを行って発動することで可能とする。


 また透視能力はあくまで副産物で、物体が持つ原子レベルのマナのみを認識するため視界が貫通し、透視できるだけ。

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