第125話 殺された場合の証人
*
直後、懲罰委員の「光の
「刀果! 無事でよかった………が、あれ、あの千本木の人は?」
あたりを見渡すリカ。
「撤退しました」
「マジか刀果、凄いな」
「いえ、私ではなくて……」
歯切れが悪い刀果。
「は? 何が?」
「いえ、ですからリカ、私ではなくて彼が」
刀果はオレを見つつ述べる。彼とはオレのこと。
「は、どゆことだ?」
困惑するリカの肩に手を乗せる雪華が口を開く。
「だから、統也さんが撤退させたってことでしょ」
「……え、それホント?」
問いかけに対し、深くゆっくりと頷く刀果。
それを見るや否や椎名リカは、ポニーテールを後ろへ払いながらオレの元へ歩いてくる。
他のメンバーより前へ来ることで、あちら側からは彼女の背中しか見えないだろう。
「ミスターマフラーくんさ、あんた何者? 三宮の不審者を倒せたのは、まあ偶然ってこともあり得たが……いよいよおかしいぞ」
見上げつつ、懐疑的な目を向けてくるリカ。ついでにオレの腹筋あたりを人差し指でつついてくる。
それでもオレは何も言わない。
「なあ、なんか言えよ」
直後。腹筋に当てられているリカの手を静かに左手で掴み、包む。
身長同様に手もミニサイズで、オレの手より小さいのが感触だけで分かる。
「ちょっ……なっ!」
リカはオレの唐突の行動でビクンと体を震わせる。
この子が男嫌いなのは、出会った最初の配置で分かっていた。この子はなぜか知らないがオレでその男性恐怖症を克服しようとしていた。
出会い頭、無理くりオレに話しかけてきた。その様子を伺っていた雪華が意外そうな表情をしていたのも確認している。つまり普段はここまで積極的な女じゃないということだ。
あとの会話や視線の移し方で、男が苦手なことには気付いていた。
面白いことに。男性との距離の取り方を知らないゆえに、いきなり不自然な接し方をしてきた二人が該当した。
一人はオレをミスタマフラーと呼称しつつ揶揄う。一人はオレにいきなり蹴りを入れて実力を測ってくる。
「リカ、君は駄目だ。嘘が見抜けるからな」
「何言って――」
「オレを詮索するなと言っている」
「……お前、まさか―――」
詮索するな―――異能界のアンタッチャブル―――御三家。流石に気付かれたか。
そんな時。
「言いたくないことだってありますよ。統也さんだって秘密にしたいことがあるでしょうから」
見かねたか刀果が庇ってくれる。
「うん、私もそう思う。只者じゃないのは、もうここにいる全員が分かってる。少しあり得ないくらいにおかしいことも。でも彼にだってプライバシーはあると思うの」
「同意」
「そもそも彼がいなければ、私たちは捕まったままだったわけだし。……だから、ありがとう」
最後だけこちらを向いて言ってくる。その際メガネのブリッジをくいっと上げる。
雪華も、ハンも。そう言ってくれる。
この言葉を聞き、オレの中にある人間性が微かに喜んでいるのが分かる。
返報性か。
オレに、まだこんな感情があったとは知らなかった。認められて嬉しい……のか。オレは。
分からない。
だが同時に、オレの中の確かなもう一人が冷静で、冷徹で、どこまでも冷たく自身を俯瞰する。
何をいきがっている、と。
「てか、あの数の影、どうしたんだ? 十体以上いたよな。そのくらいは答えてくれないと納得できない」
「オレと翠蘭ですべて潰しておいた」
討伐したではなく「潰した」と遠回しに語る。どうせ嘘は
遠回しに語り、インパクトを抑えることくらいしかできない。
「統也、一人でか?」
嘘発見器にかけるみたいに、確認尋問を受ける。
彼女の眼を見たまま答える。
「いや、翠蘭も手伝った」
オレはこのセリフを真実にするために、あえて一体だけ翠蘭に倒させた。
そうすれば翠蘭も戦闘に参加した。つまりオレ一人で討伐したわけではないと証明できるからだ。
「まるで嘘みたいな話だ」
「ホントに、信じられない。あの数を二人で討伐しきるとか、常軌を逸してる。なんかもう凄すぎる。あなたブラックなのになんかレベル違いすぎない?」
「同意」
雪華の言葉にどう返答しようか迷っていた時。
「―――統也さん、ちょっと来てくれますか?」
一人だけ真面目に状況分析をしていた翠蘭がオレの背に話しかけてくる。
しゃがみこみ、何やら地面を見ている様子。チャイナドレスが地面すれすれだが、本人は特段気にしていないようだ。
「ん、どうかしたか」
雪華やリカ、刀果たちからかなり離れ、翠蘭の元へ行くと、その場には一丁の黒い拳銃が。氷が付着し、凍っていた。
回転式拳銃――リボルバー。千本木の女が置いていったものだろう。
表面の氷冷はおそらく雪華の異能『
初めから今の今まで凍り付いていたと考えると、長時間冷気を保ったままだったと想定できる。「絶対零度」とは恐ろしいな。それを扱う「氷霜の魔女」白夜雪華も。
「この氷自体は雪華さんが出現させた物なんですが、問題は拳銃の方です。異能士が拳銃を扱うのは不自然だと思いませんか?」
「ルガー・ブラックホーク。使用弾薬は.357マグナム弾。非常にバリエーションが多い
何の抵抗もなく回転式拳銃の名を述べると。
「統也さん詳しいですね。しかも触らず一目見ただけで」
しまった。
「まぐれだ」
「そうですか? まるで軍人のような知識ですが」
「そんなことないさ。それより、拳銃を持っていたのは確かにおかしいな」
異能士は影を討伐する役職。
影人の皮膚は硬く、普通の銃弾では貫通さえ難しい。その上、動きがゴキブリ並みに速いので、スナイパーでも狙いにくい。加えて白兵戦の方が戦いやすい。
以上の内容から異能士は銃ではなく、剣、刀、槍、ナイフ、などゼロ距離戦闘を想定する。
「対人用、ということでしょうか」
「この事件、訴えるか? 一応伏見玲奈となら知り合っているが」
伏見家は異能の裁判を担当する家系。司法専門家系の名門。
玲奈なら協力してくれそうだ。
「え、あの伏見玲奈さんですか? 別家の人では?」
「別家だが個人的な知り合いになった。だから異能犯罪裁判で有利に事を進めるのは造作もない。しかし、問題もある」
「と言いますと?」
「オレが名瀬一族だとバレる。おそらく相手はそれで脅してくる。翠蘭が異能を必死に隠しているようにオレにも隠したいことがある。分かるな?」
一種の脅しだった。
しばらく考え込む翠蘭を見ていると、とても同い年とは思えないほど落ち着いている。
それが彼女の「強さ」であり、不思議なところでもある。
ツインお団子、チャイナドレスとのギャップなども含まれているかもしれない。
「……分かりました。今回のことは不問にしましょう。雪華さんたちには私から上手く話しておきます」
「ありがとう、恩に着る」
「お互い様です。お気になさらず」
言いながら、拳銃をハンカチで包み隠す。
「ですが異学の授業を受けるだけの気力は、皆さん残っていないでしょう。時間的にも間に合いませんし。今日は欠席します」
「ああ、そうだな。オレもそうする」
さて、先ほどからバイブしているスマホを確認するか。
バイブしていたスマホを見ると里緒から連絡が来ていた。LIMEというチャットアプリだ。
さっき出した文章の返信だろう。
統也 15:43「あとで行きたい所がある」
里緒 15:56『え、どこ?』
16:12『ね、どこおおおおおお』
16:14『ねえええええええ』
16:15『無視かああああ』
16:16『とうやああああ』
オレはすぐ返信する
統也 16:23「これからJRに乗る」
そう打つとすぐに返信が来た。
里緒 16:23『わけわかんないけど、一緒にいく』
統也 16:23「向こうに着くのに4時間近くかかるらしい。泊りになるがいいのか?」
里緒 16:23『泊まり、ま??』
統也 16:24「泊まり」
里緒 16:24『わけわかんないけど、あたしもいく』
統也 16:24「OK 詳しいことはあとで」
里緒 16:24『りょ』
思ったよりこの世界の状況は深刻かもな――。静かにそう考えていた。
拓海を監禁していた『檻』を破った人物。その人にこれから会いに行く。
まあ、オレ達と同じ時刻発の新幹線に乗っているだろうが、新幹線内で荒事になるのは避けたい。
里緒には―――オレが殺された場合の証人になってもらうつもりだ。
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