第124話 千本木刀果


「――――也さん! 統也さん!!」


 刀果に名前を呼ばれていたようで、我に返る。

 旬や凛との生活を回想していた。


「ん、ああ。この刀……すまない」


 以来オレは戦闘の際もマフラーを常備している、というわけだ。

 この刀のようになってしまうからな。

 目の前で灰と化した千紫刀を見る。これは、オレが『檻』を付与した時点で決定していた運命。


「いえ。先ほど弁償すると言ってくださりましたが、そんなのいいです。勝利への犠牲だったと理解していますし」

「でも、礼儀的にオレが弁償するのが筋だ」

「気にしすぎです」

「いや、払う」

「要りません!」


 相当に拒否される。

 他人に与えた損害を金で支払うのは一常識。徳や換算観念を持つ日本古風の伝統家ならなおのこと。

 若干不自然な領域とも思える。


「どうしてそこまで弁償を拒む? 何か他の理由でも?」

「……そのままです。この刀は本来わたくしには必要ない物なんです。意地を張り、兄を追いかけるように二刀流を練習しましたが、結局私は私なんです。どんなに憧れの人を追いかけ、理想としていても、模倣しても……その人自身にはなれないんです。同一化することで得られる承認欲求なども限度があると理解できました。だから、刀は一本でいいんです」


「だが、オレはこの刀を壊した。お金は出す」


「必要ないと言っているじゃないですか。むしろこのままでいさせてください。私は自分を偽り、意地を張っていたんです。二刀流という斬新なスタイルを取り入れれば自分を変えれると、そう信じていたんです。でも結局何一つ変わることなど無かったんです。今日それに気づかされました。統也さんに刀を破壊され、手放してみると案外すんなり受け入れられました」


「破門になってまで二刀流を貫き通してきたんじゃないのか?」


「案ずるより産むが易し、ですよ。手放すことが怖くて、自分に負けた気がして……。ですが実際は、そんなに難しいことじゃありませんでした。ありがとうございます、統也さん!」


 笑顔で一礼する。その作法はやはり旧日本の美徳的礼儀としてさまになっていた。


 この時、人間関係的な意味では、オレは初めて人の物を破壊して人から感謝された。

 罪となることをしてむしろ感謝を受ける。この感覚は奇妙で、背徳感のような後ろめたい感情も少しばかり湧いた。


 でも確かに、そもそも一流の剣士ならば自分の刀を人に貸すこと自体しない。つまり彼女はこの刀……千紫を初めから手放したいと考えていた可能性がある。

 今まではそのタイミングが計れず、意固地になった自分から卒業できなかったって感じか。


「君はこれから一本刀でやっていくのか? 今まで二刀流だったようだが」

「そうです。私はいつまでも兄を追いかけているわけにはいかないんです。ごめんなさい統也さん、こんな話聞きたくなかったでしょうに、文句ひとつ言わず聞いてくれて」

「オレは君の刀を壊してしまったからな」


 ううん、と首を振る彼女。


「関係ないですよね? 仮にあなたが私の刀を壊していなくても私の話を聞いてくれた気がします」

「どうだろうな」


 いや――本当は分かっている。

 おそらく彼女の話を聞いていただろう。オレはそういう人間だからだ。それで罪滅ぼしができると考えている。


「不思議です。最初はミステリアスで少し怖いなって思ってました。ほんとについさっきまで。……でも、今は話を聞いてもらってスッキリしました!」

「だがこの刀、高いだろ? 弁償はさせてほしい」

「しつこいですよ!! 必要ありませんっ!!」


 ふくれっ面で上目遣いをしてくる。その辺の男子ならコロッと落ちそうな仕草。


「君は……オレと違って優しいな。報われるべきだ。絶対に幸せになってほしい」

「えええええっ! いきなりなんですかっ??」

「等価交換。優しい分、報われてほしいって意味だ」

「はぁ……ありがとうございます。そう言われると照れます」


 いや、照ることは何ひとつ言っていないがな。


 彼女は依然地面に落ちていたマフラーを拾いに行き、オレの元へ届けてくれる。

 里緒から貰ったマフラーだ。刀と変える際に地面に置いた。


「はいこれ、大切な物なんですよね?」

「どうして分かった?」

「なんとなくです。雰囲気で。……恋人の贈り物ですか?」

「いや、違うが……」


 体育館で里緒が巻いてくれた黒いマフラー。ギア成立の品。地味に思い入れている。

 大切な物かと聞かれればイェスと答えるだろう。

 最近は戦闘の武器として利用することさえ抵抗感を抱くほど。

 

「私はてっきり恋人からの贈り物かと……」

「彼女がいるように見えたか? 残念なことに今フリーなんだ」


 言った瞬間、オレが先程衝撃で作った地面の亀裂に足をつまずき、転びそうになる刀果。


「きゃっ!!」


 オレは素早く立ち上がり、彼女の身体を支える。

 体内マナを消耗した影響がまだ体に残っているようで、それでふらついたと予想。


「あぶね」


 急いで彼女の全面を支えたため、不本意ながら豊満な胸の感触が手首にぶつかる。

 今までの人生で触れたことがないような柔い感触に驚くが、それ以上に刀果の顔が赤くなり始める。


「あわわわーーーー!!」


 みるみるうちに赤くなっていくが、ここまで過渡状況がはっきりしている赤面は初めて見た。

 

「すまない」


 オレは彼女の両肩を強めに掴み、しっかりと立たせる。

 早く立たせようと力強く肩を掴んでしまったが、それも失敗だった。なんとなく強引な雰囲気になってしまった。


「どうしよ、どうしよーーーー!!」


 恥ずかしさからか両手で顔を覆い隠す。


「落ち着け刀果、大丈夫だ」

「へ?」

「オレは何も触れてない」

「やっぱり触ったんだーー!! 初対面の男の子に触られたーー!!」


 叫びながら再び顔を隠す。

 確かに軽く触れただけというには無理があるほどしっかりと柔い感触を手首に感じてしまった。


「ん、まあな。すまない」

「いえ、私が悪いのです! かたじけない! 足を取られるなどあってはならぬことゆえええぇ!!」


 焦りからか口調まで変化している。

 どうやら彼女は感情的に乱れた際、旧日本の古風な言い草になるようだ。

 日本刀を扱う異能本家は、古式な作法を学ぶこともあると聞いた。


「刀果、オレは気にしてないが、もし気に食わないのならオレを殴ってもいいぞ」

「………いえ、そんなことしませんよ……」


 今度はしょぼくれたように語る。喜怒哀楽が激しい。

 そんな弱った様子を見ていると自然と可笑しくなってきた。


「危なっかしいが、君みたいな子は嫌いじゃない」

「えっ!?」


 何故か物凄くたどたどしく、しかも目が泳いでいる。

 

「あの……タイプとかって」

「タイプ? 何のだ?」

「ですから……その……好きな女子の、です」


 ああ、なんだそんなことか。

 タイプというから異能タイプを聞かれたのかと思った。異能者であると悟られたかと思い焦ったが全くの見当違いだった。


「好きなタイプは強いて言うなら強い子だな。だが、どうしてそんなこと聞く?」

「私、男子とあまり接点がないゆえ、異性を好き嫌いなどという感覚が分からなくてですね……」

「ああ、なるほど」

「それにしても統也さんの好みのタイプは、強い子……ですか。………私も、強くなれるでしょうか。翠蘭みたいに、あなたみたいに」

 

 純粋に強くなりたいと思っているのだろう。目を見ればわかる。


「刀果は、なぜ強くなりたい?」

「それは……」

「兄の敵を討つため、か?」

「どうなんでしょう……。でも女影めかげという影人は許せません。人間的思考がありながら人間を大量に殺しています。私(わたくし)の兄もその被害者の一人ですから。何としても矛星ステラに入り、女影を討伐し、影人の悪夢を止めてみせます―――なんて、大口叩いてみました……」


 この子はまだ強くなれる。オレと違ってな。

 オレのような中途半端な者は、これ以上強くなれない。

 でも、この子なら。まだやれる。まだ―――。


 今だって弱音一つ吐かない。本来は兄を殺され、心に深い傷を残しているだろうに。こうやって笑顔で屈託なく接してくれる。


「影人調査部隊に入りたいのか。そのために懲罰委員に?」

「はい、そうです。懲罰委員に所属すれば矛星ステラに入りやすくなりますゆえ」


 影人調査部隊、通称『矛星ステラ

 本当に意識が高い人は、放浪的な討伐を目的とした異能士『日輪』ではなく『矛星ステラ』に入ることが多い。

 それだけ本気で影人の正体を突き止め、悪夢を終わらせようと向き合っているということでもある。


「なら、オレとは長い付き合いになるかもな」

「……? はい?」


 まるで意味不明といったように表情を停止させる。

 彼女はオレが異能者で『檻』を扱う名瀬一族の人間であると知らない。『矛星ステラ』に入るなどとは夢にも思わないだろう。


「頑張れって意味だ」

「あっ、はい、私、頑張っちゃいます!! そして強くなりますっ!!」


 君のその純粋な思い。強くなりたいと願うその気持ちがある限り、人はどこまででも強くなれる。

 オレはそれを知っている。

 今まで沢山そういう人を見てきた。だから分かる。この子は強くなれる。


「君は自分の弱さを把握している。逃げずに自分を直視できる人だ」


 オレと違って、自分の弱さを認められる強さがある。


「だから、君なら強くなれる」

「そんなこと、初めて言われました。とても勇気が湧いてきます。ありがとうございます!」


 オレは力強く頷いた。

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