第123話 マフラーという武器



 その時。


「ん? どういうことだ」

「え……何がですかっ?」

「いや、刀果には関係ない」

「はぁ……そう……ですか」


 ある事実に驚きつつ、すぐに目の前の千本木の女を見る。

 実を言えば、オレは弱ったこの女を『檻』に監禁し、代行者へ突き出すこともできる。

 しかし、そうするつもりはない。撤退させたい。


 理由の一つは刀果に異能者であると知られないため。

 マフラーが青く光るのは異界術だと無理やり誤魔化せるが、空間に展開される『檻』を使用すれば異能体が発現する。言い訳できない。

 元はこれだけの理由だった。


 だが今はもう一つ理由がある。こっちの方が深刻なんだが―――意味不明なことが起こった。

 オレがたった今驚いた事実でもある。


 なぜか――三宮拓海を監禁していた『檻』が破壊された。


 ……どういうことだ。一体向こうで何が起こった? 

 『檻』を破壊できるのは伏見家の異能『衣』か同じく『檻』でだけ。


 『檻』の第二術式である蒼煉監禁の『封獄』でなかったにしろ。マナ密度を高め、破壊しにくいようにしてあった。

 拓海にあれを破壊することは不可能。玲奈にもできない芸当。

 つまり、外から第三者が『檻』を破壊したとしても三宮一族の者じゃないな。


 瑠璃……か?


 今のオレには、そうとしか判断できなかった。



   *



 千本木の女が撤退するのを待ち終え、離れたのを確認。さらに疲れきっている刀果を介抱しているとき、彼女の方から話しかけてくる。


「助けてもらうだけでなく、手当までしていただき、ありがとうございます。本当にかたじけない」


 侍か、と突っ込みたくなるが、抑えた。


「大丈夫だ。気にするな」

「でも……どうして姉さまを逃がしたのです? あれほど弱っている状態ならば、簡単に捉えられたのでは? と思うのですが……」

「いや、多分彼女を捉えていても裁判では勝てない。想像以上にバックからの支援が大きかった」

「バック……? そもそも私たちが襲われた理由は? 私、意味も分からず嫌いな姉さまと再会させられ、戦わされて……」

「そうだったのか」


 しかし異能『千斬』に対抗できるのはあの中では刀果だけ。彼女の判断は正しかっただろう。


「統也さん……只者じゃないですよね?」

「それは、どうして?」


「いえ、だっておかしいですもん。あらゆる事象が。あらゆる事柄が。……さっき統也さんが相手していた千本木家の人……立場上は私の姉さまなのですが、家内では一番の剣技を持っていました。それを一つも披露することなく抑えられていたので、不自然です。正直言えば、統也さんが少し怖いくらいです。得体のしれない『力』だけを持っている感じがして」


 他の人にはない直観、か。悪くないセンスを持っている。


「オレは、そんなに変か?」

「えっ……??」

「怖いって言うから」


「いえ、なんとなく……わたくしの実の兄に少し似ている気はします。兄もミステリアスでしたから。千斬流から逸脱した斬新なスタイルは認められなかったのでしょうけど。おかげで千本木家の中では破門寸前でしたよ。ですが私も同じく二刀流を扱うことで少しでも兄に近づけたら、なんて……」


「兄がいるのか」

「はい、四歳年上だったのですが……戦死しました」

「ん……それは悪いことを聞いたな」

「お気になさらず。約一ヶ月前のことです」


「は? それは本当か?」


 あまりに最近すぎる。流石に驚いた。


「はい、今本部で話題の女影めかげというCSSシーズがいますよね? あれと戦闘した時、触手で心臓を一突きにされました。即死だったそうです」


 それを聞きオレの心臓が僅かに跳ねる。


 待て、まさか。

 いや、そんな偶然あるのか?


「その兄は日本刀を持っていたか?」

「え……あっ、はい。千斬流は一本刀の流派ですから、おそらくは持っていたと思います。兄は影人のコアを手短に破壊するための様式……二刀流を進言していましたが受け入れられなかったようですからね」


「……その兄のギアは結界士の女性だったか?」

「えっ!? どうしてそれを?」


 やっぱり、間違いない。

 約一ヶ月前のあの夜、翠蘭と共に女影を追い、到着した公園では三組のギアと女影が戦闘していた。

 そこで日本刀を振り下ろしている最中に心臓を貫かれた男がいた。


 あれが刀果の兄、だったと。そういうことか。

 スプリンクラーのように散らばる血さえも思い出すことができた。


「すまない」

「んん? えっ、何がですっ?」


 翠蘭はこのことを知っていたのだろうか……彼が刀果の兄だと。そういう風には見えなかったが。


「オレが助けに入るのがあと少し早ければ、君の兄さんは死ななかった」

「え、何の話ですかっ?」

「……いや、なんでもない」


 静かに目を逸らす。

 オレは、何を今さら善人ぶっている。


「でも、統也さん、あなたはわたくしの命を救ってくれたじゃないですか。あのままでは姉さまに押され、確実に殺されていました。破門になったわたくしなど躊躇わず斬ったことでしょう」


 この子は、オレが兄を見殺しにしたことを知らない。

 もしオレが女影の戦闘力を測るための時間を置かなければ、誰も死ぬことはなかった。


 ここで暮らし、彼らに情が移るのは仕方がない。それでもなお彼らの命を救いたいと願った。より多く生き残ってほしいと。

 だがそれも、自分の罪に耐えられなかった醜い現実逃避に過ぎない。

 すべてがオレの偽善と傲慢の結果に過ぎない。


 ならオレは何しにここへ来た。なんのために。

 なあ凛、オレはどうすればいい? 茜、教えてくれないか?

 旬さん、雪子、ヴィオラ、ディアナ、白愛。オレに答えを教えてくれ。


 ―――なんて、オレはこれだから弱いんだ。何一つ受け入れられないまま、こうやって弱音を吐く。


「はぁ……」


 ため息をつきながら立ち上がり、床に置いてあった千紫刀を持ってくる。


「すまないな刀果、この刀はもう使えない」


 言いながら手渡す。


「え、でも普通に使えそうですが?」

「いや、よく見てみろ」


 彼女が千紫刀を手に取り掴んだ瞬間、砂のように崩壊し始める。先端から持ち手まで。


「え、何これ何これ! 何なんですかっ!!」


 慌てたように、崩れ落ちてゆく砂を両手ですくうが、その一生懸命な行動とは裏腹に次々と灰となっていく。


「その刀は弁償する。いくらでも言ってくれれば払う」


 今からオレは怒られるのだろう。人の刀を勝手に破壊したのだから無論だ。


「どうしてこんなことに!? あっ……あの時の衝撃で?」


 はっと何かに気付いた表情になる。

 悪いがそれはあんまり関係ない。

 この砂に変化したような状況―――オレが「マフラー」を武器として常用している本当の理由でもある。


 旬さんの声が脳裏にチラつく。

 数年前。


―――「まず統也、お前は自分の異能を支配できてない。強力すぎる『檻』のエネルギーにコントロールを奪われ、制御しきれていない」


 同じく弟子の雷電凛も隣にいた状態で言われる。


「だが操作の方はできる。『檻』は空間制御さえできれば通用するんじゃないのか?」


 と、碧い閃光――杏子が言っていた。


「こっちでは、な。お前が目指すのはあっちで一番の力と圧倒性を身につけることだ。そのために必要なことはしてきたつもりだが……俺の指導には限度があるらしいね~」

「つまり旬さん、オレには何が足りない? あと何をすればいい?」

「………正直、解放操作を後回しにはすべきでなかったと後悔している。三年近くで完成するか、悩むな」


 若干考え込む仕草をする旬。


「解放操作?」

「そう、解放操作だ。異能力は<出力制御>と<出力解放>の二つがある。いわゆる収束工程と発散工程と呼ばれるものだ。それは分かるだろ?」

「まあな」 


 <出力制御>は早い話『衣』の定格出力。定格で決まった出力へと制御する。

 第三定格出力「炎霊」などがその例。

 だが<出力解放>とは式の支配か。


「基本それは本人の意思と一族の系統とでコンバースして決めるんだが、お前の場合はそれができない」

「は? なぜだ」

「それはお前が世界一の体内魔素マナ量を保有しているから……と、もう一つわけがある」


「統也の発動する『檻』の異能力が強すぎるのね」


 横から口を挟む凛。


「お。そーいうこと。さすが凛!」


 パチンと指を鳴らしながら賛同する旬さんだが、オレには理解できなかった。


「ん……どういうことだ?」

「普通『檻』は攻撃に転用する際、どうする?」


 当たり前のようなことを聞いてくる旬。

 杏子を見て育っているオレからすれば当然すぎる質問であり、むしろ説明するほどのことでもない。


「それは、刀、剣、槍などに自身の『檻』を付与して空間ごと物体を切り裂けるようにする。それは名瀬家では基本中の基本だ。現にオレの姉はそうしている」

「碧い閃光……彼女は確か『槍』だったか?」

「ああ」


 杏姉は槍に『檻』を付与することで閃光のように戦闘するスタイルが有名。

 おそらくどの能力界隈にも伝わる千年に一度の逸材。それがオレの姉だ。


「それがどうかしたのか?」

「おそらく統也にはそれができない。なぜなら統也の場合『檻』の空間干渉力が強すぎるからだ。それが強すぎるとどうなるか……一回試すか?」


 その後、言われた通りに刀を握り『檻』を付与してみる。

 するとどうなったか。

 驚くことに灰が崩れ落ちていくように腐敗した。


「は、これは……?」

「おそらく統也自身が持つ『檻』の高エネルギーに耐えられなくなったせいで、刀が限界だと悲鳴を上げ、崩壊したんだろ。本来空間という箱の中に物体は存在するわけだが、そのキャパシティを大きく上回る空間エネルギーを放たれちゃうと飽和するって話」


 しかし毎回このようになるのでは一撃だけで刀を消耗させてしまう。


「じゃあ、オレには攻撃方法がないのか?」

「安心しろ統也、そのために色々考えてきた。……じゃーん!」


 ふざけた口調で、マフラーを四種類オレの前に置く。

 紺、赤、白、緑。すべて無地だった。

 色々考えてきたというより、集めただけだろうが。

 

「好きなの取っていいぞー」


 旬はあくまで陽気に語る。

 隣にいる凛の顔を伺うと、長い黒髪を揺らしながら、やれやれと首を振っていた。


「ならこれにする」


 紺色無地のマフラーを手に取り、自分の首に巻く。

 途端に首元の冷えが改善される。名瀬一族の異能副作用「冷え性」の温度感覚異常を緩和された。

 今まで首元に何かを巻くことに抵抗があり、邪魔になると考えていたが。マフラーは案外悪くないかもな。そう考えるようになった。

 

「ほらー! 冷え性対策にもなるし、戦闘にも使える、一石二鳥!!」

「マフラー等の布なら、統也の規格外な『檻』エネルギーに耐えられるってこと?」


 凛も同じことを考えていたようで、オレを代弁して聞いてくれる。


「そーいうこと」


 旬はニヤけながら答えた。

 こうやってお茶らけてはいるが、相変わらず天才的な男。脳内を覗いてみたい。

 オレにとって一番いい方法を難なく考案できる頭脳。率直に言えば恐ろしい。おそらく全て勘でモノを言っている。


「凛もマフラー付けるー? ほらこの赤いやつとか」


 もう完全に陽気モードの旬さん。


「つけないわよ」

「えーなんでさー、つけてよ……ね?」

「嫌です」

「えー、どーして? 似合うって、ほらほらー!」

「嫌なものは嫌です」

「ほらほらー似合うってきっと。しかも、統也とにできるよー?」

「どういう意味です?」

「えーそれはね……この場で言っちゃっていいの?」

「旬さんに相談した私が馬鹿だったわ……」


 やれやれと首を振った凛。


 いつもこんなくだらないことをしながら、彼は世界が恐れる最強の異能者。

 そんな存在にして世界で初めて異能の「術式」を取り入れた人物。「ギア」を考案したのもこの男。


 最強の嗅覚と頭脳、技、経験を持つ。すべてにおいて比類ない存在。

 現、伏見異能『衣』をイザナギ術式とイザナミ術式に分け、自身も特殊変化「加具土命カグツチ」を使いこなす。


 通り名「純黒蝶カラスアゲハ」――――伏見旬。

 彼が見せるふざけた口振りや自由奔放な性格も、最強故の風格に見えてくる。

 


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