第122話 麗果【2】



「今からオレはあんたを一斬りで倒す―――。だが、決して気を落とすな」


 オレは目先の敵、千本木麗果に語り掛ける。


「あわわわわっ!」


 刀果は大口を叩くオレに対し甚だしく焦りを覚えているのだろう。


「貴様……何を言っている?」

「オレの知り合いに非凡な日本刀使いの女子がいる。ある一族の最後の生き残りだが、オレとそいつは幼馴染でな。おかげでオレも必要のない剣術を学べた。常にその子の剣の相手をしてあげていたからだ」

「どうでもいい。拓海様の報復の分まで返すだけだ」


 言ってオレに睨みを利かせてくる。


「そういえば、やり合う前に一つ聞きたいことがあった。あの影……他に紫紺石が転がっていなかったから、初期から14体いたようだが……あれはどうした? どこから連れてきた?」

「ゆめゆめ語るなとの命令ゆえ、悪いが答えられない」

「……まあいいか」


 こいつのこの感じ。影が昼に動いていることには何の疑問を抱いていないようだ。やはり三宮家には既に暴かれていたか。


 影は太陽光に含有する紫外線を受けるのを嫌う。だが、それだけ。素早く動けなくなるほどの弱点ではあるが、殺せるほどの弱点ではない。

 先ほどオレと翠蘭を追いかけてきた奴らも動きが鈍く、異常なほど消耗していた。

 昼間だからな。ああなるに決まってる。


 そしてこの女はそれを知っていながら本部同様隠そうとしている。


「あんたも影の肩を持つ側か」


 なら容赦はしない。オレは刀を強く握り込む。地面を強く踏み込む。


 日本刀「千紫せんし」に異能『檻』を付与し、何の前触れもなく敵に切りかかる。瞬速といわれる異界術で――。


「っ……!!」


 彼女は刀で咄嗟に防御したようだが、意味などない。空間ごと世界が切り取られ、刀は豆腐のように切断される。オレが持つ千紫によって。

 『千斬』の刀に対抗するには、『檻』を付与した刀で撃力を高める必要があった。そのため刀果から刀を借りた。


「何っ―――!?」


 目を見開く彼女。


「ん? 凄いな」


 咄嗟に身体を傾け、オレの一撃を浅く受けることで、身体に一線の切傷を追うだけで済ませたようだ。しかし空間切断を受け、大量出血は免れない。

 一気に後ろへ下がった彼女。胸から腰付近まで一直線に服から血が滲みだす。

 

「別にあんたに恨みはないんだが、あんたのギア三宮拓海はオレの里緒ギアを殺そうとした。すまないがあんたも同罪ということだ」


 オレはそっと背後の地面に千紫刀を置く。

 そして片足に衝撃系統のま―――ではなく異界術を付与し、地面を強く踏み付ける。

 地面が衝撃を受け、破壊されるとその衝撃波は麗果へ向かう。

 当然満身創痍の彼女は衝撃蛇行をよけれず、背後に強く吹き飛ばされる。


「貴様……死ね!!」


 言いながら懐から出したクナイを二本投げつけてくる。

 往生際が悪い。


 クナイの軌道曲線を無視して、直線と近似。位置差異、推定約2メートル。速度と運動量から算出―――。

 クナイの軌道を計算し、かわしても刀果に当たらないことを確かめた上で避ける。直後オレを通過して後ろの木に刺さる。


「貴様、私の体を切り刻んだくらいで勝った気になるなよ」

「いや別に、そんな気は起こしていませんよ」


 オレは意図的に敬語で、千本木の女に話しかける。

 これには、鋭かった彼女の目つきもさらに険悪なものへ。

 おそらく意味が分からなかったのだろう。後ろにいる刀果も似たような表情をしているかもしれない。


「なんのつもりだ?」

「単純に普通の会話がしたかったので、敬語で話しているだけです。原初に帰るのが一番でしょう。オレはただ、あなたと話がしたいだけなので」


 オレがそう言うと、


「話? お前に話す内容など何もない」


 彼女はさらに険悪な目つきと表情をつくり睨むが、オレは臆することも無く続ける。


「拓海に口封じされているからですか?」

「それもあるが、私は貴様も含め彼女らを口封じする役目がある。今ここでくたばる訳にはいかない」


 彼女は言いつつ右手左手と順に床に手を付き、立ち上がる。満身創痍ながら立ち上がる。

 少し押したら倒れそうな弱り具合だが、彼女も何か「信じるもの」があるのだろう。それがあの拓海という愚かな男であることには同情する。


「それは無理があると思いますが? 今のあなたはもはや立ち上がるのも一苦労。ここは撤退して頂きたい」


 すると何を思ったか今まで黙っていた刀果が口を開く。


「統也さん、あの、それはどういう意味です? このまま姉様を放せば、証拠はほとんど残りません。異能犯罪の立証に必要な材料が何一つないのでは、『三宮』という圧倒的なまでの権力だけで全て揉み消されてしまいますよ」

「ああ、分かっている」


 オレは刀果の言葉を軽くかわす。

 今は彼女の姉のような存在と思われるこの女と話がしたい。


「お前も刀果も先ほどから私を軽んじているようだが、千本木の覚悟を下に見られては困る。ここで自爆しながらお前らを殺す選択肢もあるのだぞ? もっと考えてものを言え、少年よ」


 貴様だのお前だの少年だの、彼女は色々な呼び方を使う。オレの敬語に対抗したか。


「今やっと分かりました」

「は?」

「3ヶ月ほど前、三宮拓海と初めて会った日のことです。その日はオレにとって里緒ギアと初めて会った日でもあります。三宮一族の異能『糸』は糸電話のようにも使える。それが三宮一族のみが使えるとされる奇抜な連絡ツールの正体。そしてその呼び掛けに応じ、拓海をあの倉庫から救出した。それを実行したのはあなただった」


「……言ったはずだ。私は何も話さんと」


 倉庫で拓海と会い、しばらく戦闘したのち、奴はオレには勝てないと悟り撤退した。その撤退の際に使用したのが「煙玉」という三宮家が開発した、認知阻害作用が施されている煙を発する白い球体。

 あの後あまりにもすぐに拓海が消え、一体何が起こったのかと思っていたが簡単だった。

 この女が彼を連れ、素早く逃げただけの事。あの倉庫の壁には剣か刀で三角状に切られた穴があり、そこから外が見えていた。つまるところ、こいつが千本木一族の血統異能『千斬』で切った、ということで間違いないだろう。

 

「で、その調子であの14体いた影人がなんなのかも教えてくれませんかね?」

「やっぱり聞き間違いじゃなかった……!?」


 シンプルに驚く刀果。車庫の反対で視界に入らない位置だったか影の存在を知らなかった様子。昼なことも相まって理解不能だろう。

 先ほども一回その話をしているので、最初は聞き間違いだと思ったようだ。

 

「貴様、口がすぎると殺すぞ」

「いや。悪いが、あんたじゃオレには勝てない」


 今にも襲いかかってきそうな雰囲気だったため、オレは慌てて忠告する。

 無理をして死んで欲しくなかったことが先行し、つい敬語を忘れてしまった。


「今すぐ去れ。命までは取らない」

 

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