第112話 報復の時【3】――再戦



   *(【1】の続き)



 現在。


「これは、糸……? 見えないけど、糸のような細長い物で身体が縛られているみたい」


 雪華はこの中でも随一状況判断が早い。今置かれている状況を素早く把握している。異能力だけで優秀と言われているわけじゃないらしい。


 数分前から既にオレを含める六人の周囲には、目に見えない不可視の『糸』が張り巡らされていた。オレは気づいていたし、なんならオレがここで勝負をかけるように、遠くから高みの見物決め込んでいる三宮のアイツを煽っていた。 

 つまりオレがそういう風に仕向けた。


「切断できない糸のようです」


 翠蘭もオレと同様、この糸の存在に予め気付いていたのか、随分と芝居がかっているように感じた。しかもとても平静とし感情を荒げている様子はない。

 見事だ。この不可視の『糸』を感知するのはとても難しいように思えるが。多分翠蘭は気づいていた。


「何ですっ、これ!」

「離れないぞ、この糸!」

「……同意」


 韓国人で無表情のハン・リアはともかく、実直で素直そうな刀果とうかや本気で焦っている雰囲気のリカは、このレイドを察知していなかったようだ。


『糸……ってことは名家三宮さんぐうに何かされてるの? 「イェス」なら噛んだ時の歯を使って音を一回鳴らして。「ノー」なら二回鳴らして』


 カチッと音を立てて噛むことで一回鳴らす。


『了解。同調が続く限りは状況を把握するけど、何かどうしても必要な情報があれば……まぁ分かってるよね』


 離脱してでも茜に言え、ということらしい。

 再びカチッと一回だけ歯の音を鳴らす。もちろんイェス、了解のサイン。

 

「この糸、どうなってるんです! 全然離れなません! せめて……『千紫せんし』と『万紅ばんこう』さえ抜ければ……」


「抜けないのか?」


 とリカ。


「はいっ……糸に巻かれてまして」


 刀果が背負っているのはどうやら二本の刀のようで、その刀のケースごと体に固定され束縛を受けているため、手を動かせないし刀も抜けないということらしい。千紫と万紅は刀の名前だろうか。

 何やらその刀で『糸』を切る算段だったのだろうが、そもそも彼女にはそんなことできない。

 名門御三家の異能『糸』はその本体がマナの具現体である「異能体」という物質としてこの世に存在しえるもの。名瀬の『檻」や伏見の『衣』、ホワイトの『光』にも同様の性質がある。要は通常の原子分子による結合物体とは別の次元体であり、情報体の塊であり、刀果の万物を切る異能『千斬せんざん』を以ても切断不可能。



「クソッ……! 刀果の『千斬』さえ使えれば、このような糸……!」


 リカも悔しそうに語るが、正直刀果の異能剣技でどうにかなるとも限らないのが現実。


「いきなりなんなの? どうしてこうなったのかな」


 雪華。先ほどの女子らしい表情が嘘のようで、鋭く冷静に大局を見る異能士の目になっている。


「さっぱり分からないな。道を歩いていただけなのに訳の分からん糸に捕まるなんて。あたい、超絶イケメンの男になら捕まってもいいんだけが。どうせろくでもない奴だ。この糸……異能の気配があるような感じがする。雪華、この糸の拘束を解けるか?」

 

 こんな雑に縛られてるのにイケメンなら許すのか。

 出会って初めから変わった言動の目立つ女子ではあった。そもそも存在が不思議ちゃんといったところだ。

 嘘を見抜く第三級異能など珍しい能力も持っている。


 ……そう言えば大臣の側近にそういう尋問に優れた一族がいたか。

 

「多分できるよ。やろうと思えば、だけど」


 無数の不可視『糸』だけでも厄介だが、ここまで綺麗に拘束されれば確かに脱出は困難だろう。

 束縛されているだけならよかったが、実際この『糸』は周りの電柱、木々と結ばれているのかその場からの移動さえ叶わない。


「どうする? 委員長」


 リカ、今度は翠蘭の方を見る。だが多分、これは拘束を解かせるために雪華の異能使用許可を下すかという意味だと思われる。そう考えるとこの小柄ポニーテールことリカも中々侮れない頭脳をしている。

 正直おちゃらけた態度などに意識が向いていて気にしなかったが、初め、マフラーをしているという当たり前の違和感ではなく、汗をかいていないという隠れた違和感に着目していた点など、高い観察力がうかがえる場面はあった。


 こんな風に、彼女らの素の能力を測るいい機会だと思い、巻き込むような真似をしたが。

 

「どうしましょうね。統也さんはどうするべきだと思いますか?」


 リカに意見を求められた翠蘭は流すようにオレに意見を求めてくる。

 まるでオレの思惑など見透かされているように。


 ここでオレに意見を求めるのは正直やめて欲しかったが。

 その理由は簡単。もし仮にオレが普通の、ちょっと戦闘経験が高いだけのブラックだと仮定した場合、とてもシュールだからだ。


 現にハン・リアを除く三人が「なぜブラックに是非を問う?」という顔をしている。

 あくまでオレはブラックの生徒。異学内の劣等生。翠蘭から見れば違うかも知れないが、少なくともこの場では劣悪な技量の生徒そのものでなくてはならない。


 ――だが、翠蘭がそう判断したのならその行く末を見届けるのも吉か。


「コレを破るだけの異能があるなら、取りあえずぶつけるべきなんじゃないのか?」

「だそうです雪華さん。お願いできますか?」


 何食わぬ顔で流す翠蘭。


「えっ……あ、了解」


 オレのオピニオンごときで即時判断する翠蘭の姿勢に多少いぶかっているようだが、気にしないことにしたか、彼女自身も早く拘束を解きたいのか。若干の身動きを始める雪華。


 おそらく明確に襲撃者の正体、陰が見えていない以上翠蘭も相手の脅威性を測れていないのだろう。

 仕方のないことではある。この見えにくい不可視性能を含む糸は異能『糸』で、これの使用者が三宮だと確定できているのは経験者のオレだけ。翠蘭がこの異能に気付くのにはまだ時間が必要か。それとももう気付いているのか。


「氷霜第四工程……『冰柳ひょうりゅう』」


 直後、何かが凍り付く際の、まるで金属音が耳に届く。


 ……なるほど。これが「氷霜ひょうそうの魔女」の由来か。


 血筋で引き継ぐ血統異能でも、それぞれ独自の特性を持つことがある。

 正式には固有術式、特殊変化などと言われる類。

 オレの『檻』は電気系の変化形「青電」を持つ。同じく旬さんには「イザナミ」。三宮瑠璃にも爆破属性の『衣』、炎霊で可燃性の強い変化形「鱗粉」を持っていた。


「さすが雪華……わたくしもう駄目かと思いましたよ!」


「ああ、あたいもだ。けど雪華の『霜』特殊変化の氷結能力『白極はっきょく』。さすがに強繊維の糸でも絶対零度マイナス273度の氷結を受ければ、ポッキーめいて壊せるだろ!」


 お菓子のポッキーのようにパキッと、か。


「同意」



 いや。



 雪華の体から氷煙が発生すると同時に周囲の地面が急速に凍っていく。ピキピキと音を立てて。液体窒素でも内包しているかのように。彼女の周囲、その一部のみ極寒であるかのように。

 瞬時に彼女に巻き付く『糸』に氷冷のしもが付着していき、可視化される。見えなかったはずの糸が凍り付き、光の反射で可視状態になる。


 異能自体は文句ない。白夜一族の中でも二酸化ケイ素である水晶体顕現能力と異なり、絶対零度を発する氷結晶顕現の力。



 だが。



「あれ……どうして!?」


 糸がいとも簡単に壊れる、という展開はいつまで経っても訪れない。

 まあ別に雪華が悪いわけじゃない。三宮の『糸』はマナに含有する光エネルギーを下地にした異能体。いくら凍らせたところで光を破壊することは叶わない。その異能原理は雪華のせいじゃないからな。

 初期条件、そもそもこの糸は強化繊維などではないし、そのことに気付いていなければ無理もない。


「どうした、雪華。早くしないと、おやつ抜きにするぞ」

「それが……この糸、凍らせてもすぐに氷解するんだけど……どうして? 別に熱は持っていないはずのに」


 雪華はそう言っているが、直接的な熱は関係ない。

 三宮一族の異能『糸』は高密度のマナ光波の光エネルギー凝縮で形成された異能体。

 照射された光エネルギーと対象物質の原子分子のエネルギー状態が相互作用する場合に、光エネルギーが物体へ受け渡されて熱に変換される原理がある。これにより光を吸収し、氷の潜熱よりも高い熱量を氷が生み出すことができれば、。つまり、光エネルギーにより構築される異能体の『糸』で氷は溶けだす。



 するとその情報から推理したのか、ツインお団子の翠蘭が察した口振りで――。


「熱が無くても溶ける……? それはもしかして―――」


 彼女が結論を言う前にヤツはその場に現れた。


「――70%、なかなか賢い生徒もいるんだね。さすが国内トップの異能士育成校だよ」


 塀の上、雑木林からゆっくりと姿を現す男。聞き覚えのある声。

 あの時は暗くてよく視認できなかったが、メガネをかけている。

 白い『糸』の使用者、三宮一族の男。顔立ちが当主の三宮拓真たくまに似ていることを考えると肉親の可能性が高い。年齢的に兄弟か、従兄といったところか。


「はっ――!! 誰!?」


 中でも雪華が人一倍警戒心をむき出しにする。共鳴するかのように翠蘭以外の他の生徒も身構える。


 そんな中、オレは冷めた目付きだっただろうか……とにかく興味のない目付きで迎える。

 どうでもいい、と。

 この男には興味がない。

 ただ早めに対処をしようとは考えていた。

 彼は思ったより用心深いのか、オレを発見してもすぐには攻撃してこなかった。数日あとを付けてくるだけだった。

 彼の尾行は一般刑事と比べれば優るが、代行者と比べば劣るほど。奴本人は気づかれていないと思っているだろうが。


「その目はなんだい? 悲しいね。あの時の続きをしてあげようと言っているのに。……再戦だよ、再戦」


「は? あんた割とイケメンだけど何言ってるか分かんねぇ!」

 

 リカが食って掛かる。


「再戦……どういうことかな?」


 尋ねる雪華。三宮に聞いたというより、オレ達の方に尋ねてくる。


「あれ、統也くん。みんなには話していないのかい?」


 優雅に聞いてくる三宮。

 

 何故かオレの居場所・名前を知り得ていたということは、三宮勢力が裏で画策しているのか、と考えたが。


 いや、それないな。 


 当主・三宮拓真はかなりの切れ者と聞くし、以前行った決闘でもその片鱗は見せていた。例で言えば『律』発動までのスパン・0.1秒という瞬刻の中で二本だけ『糸』を発動していたなど、普通の人間にはできないような芸当をやってのけた。


 紛れもない逸材であり、一流の異能者。正直オレも『律』なんて領域構築を使わなければ、どうなるか分からないほどの相手だ。

 そんな相手がオレの実力や能力値を測り損ねるわけがない。今の材料だけでオレに適うと考えるわけがない。

 これは慢心や自己陶酔ではなく客観的事実。玲奈や茜などの賢い人間であるなら等しく同じ事を口にするはず。


 よって「この男」単体での自己的行動の可能性の方が高い。


「えっ……統也さん?」


 驚く刀果とうか以外に雪華、リカもすぐさまこちらに視線を向けてくる。


「どういうことだ? 成瀬統也」


 奇しくもこのタイミングでオレのフルネームを述べるリカ。

 オレは今違う意味でピンチと言える。


 表情を変えず、オレは何も答えない。

 翠蘭もたまらずかオレを見つめてくる。


「統也さん――」



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