第113話 報復の時【4】――危機的状況
するとその状況下、三宮はオレと目を合わせつつ口を開く。
「成瀬……? ……なるほど、そういうことかい。100%、君がそんなことをしている理由が分かったよ」
彼の言う、そんなこと。すなわちオレが偽名を使っていることを示す。
オレの本名が統也であるという以前に、名瀬一族であることはバレていた。里緒との初任務の際、彼と倉庫内で戦闘した時に何度か『檻』を使用しているからな。今頃驚くことじゃない。
奴にとって「成瀬」統也という名前が偽名であることは明白事項。翠蘭や雪華の前でその偽名を通している今のオレが、名瀬である事実を隠そうとしているのも少し考えれば容易に想像できるはず。
「そうか、良かったな」
オレが発するどうでもいいというスルーの言葉に、スルーで返すかのように三宮はさらに言う。
「そりゃ良かったさ。一つ脅し文句ができたからね。もし内容を暴露されたくなければ、僕の指示に従え、と」
つまり、オレが名瀬一族であることを明かされたくなければ、奴の言うことを聞けと。
確かにここで名瀬一族だと明かさなくていいのなら、そうしたいが。
「あなたが使用する御三家の『糸』モドキの異能。これがどんな異能か分かりませんが、こんな無法が許されるとお思いですかっ!」
三宮の『糸』ではないかという推測までたどり着いてはいるようだが、まさか御三家がこのような間抜けなことをするなど考えもしないだろう。だからモドキだと思っているのか。
「そうだ。ふざけるなよ! 誰がお前なんか……」
リカが食らいついき、そこまで発言した時。眼前にいる三宮の右手
「まあそう焦るなよ。ポニーテールおチビと、ハーフアップのお嬢様」
同時。リカの小柄と
どうやら三宮の奴、彼女の体に巻き付く糸の束縛力を上げ、身体を圧迫しているようだ。
リカと刀果は痛みに耐えているのか、無口になる。相当強く圧迫されているのか。
その一部始終を見ていたからか、とんでもない冷たい殺気を向ける女子生徒がいた。いや違うな。これは怒り。静かな怒り。冷静な怒り。氷冷の怒り。
一言も何も口にしないが、それでもなお伝わってくる凍る殺意。
いつの間にか氷煙を発生させていた雪華は同じ拘束を受けながらも右足のみを三宮に向け、微かに上げた足を床に叩きつける。
「
瞬間、大寒波襲来のように、足先から氷の筋が川の如く三宮の立つ位置目掛けて地面を這う。氷の結晶が逆
さしずめ以前異能決闘大会で見た白夜
しかも気泡がほとんど入り込んでいないため透明度が尋常じゃない。異常なまでに透き通り、とても純度が高い氷。おそらく非常に硬度も高いだろうと想定できる。
こんなに速く、瞬間的にどうやって天然氷を発生させているのか。氷は水の固体状態で、これほどの氷結晶を生み出すには少なくとも何十リットルと水がいるはず。
だがそれよりも――――。
「はっ!?」
「どういうこと!?」
皆が驚きの声を上げるのも無理はない。
オレ達の目の前、雑木林を背にする三宮に猛速で迫る逆さの
言うまでもなくその生き物の瞳は、血のごとく赤い。
ここにいる全員がその存在を認知している。
「影人―――!?」
雪華が皆を代弁してその正体を口にする。
彼女の言う通り、三宮
おそらくこの影は三宮の奴に
人類を殺すことしか頭にない通常の影の動きじゃない。殺戮目的の影が人を守るはずがない。
「危ない危ない。危うく氷漬けにされるところだったよ」
三宮は言いつつ右手
直後、雪華が痛みに叫ぶ。
「あっ……きゃっ! うぐっ!!」
どうやらリカと刀果同様に雪華を縛っている『糸』を圧迫した様子。
こういった、指の動作は二回目。やはり『糸』の操作感は全て指による念動波に類似したマナ波動か。指先から『糸』が出ているとみて間違いない。
「おうおう、鋭い目で噛みついてくる割には、いい声出すじゃないか。へそ出しメガネちゃん」
「くっ……貴様!!」
雪華とリカは特別仲がいいのか、雪華が侮辱され一番に立腹を露わにするリカ。
「こっちにも威勢のいいのがいるな……ポニーテールおチビ」
「黙れ……! ……チビで悪かったな」
オレ自身今すぐ奴をぶっ飛ばしたい気持ちもあるが、ここは慎重にいく必要がある。何せ奴の目的がまだ明確ではない。
「先ほど、指示に従え、と言ってきたがそれは指示の内容による」
そう告げてみる。
「ええ、その通りです。私達に対する要求をまだ聞いていません」
ここまで無口だった翠蘭もオレに同調してくる。
やはり翠蘭は賢いな。この状況で感情に流されず、何を第一にすべきかをよく理解している。
この場に彼女ら五人が現れたことは全て誤算だったが、中に翠蘭がいたのは不幸中の幸いだった。
「指示の内容? そんなの簡単さ。統也くんには僕と一騎打ちをしてもらう。正真正銘の殺し合いでね。そのために彼女ら五人には一時的に近くの別荘倉庫に隔離させてもらう。『人質』というものだよ」
「駄目だ。それでは彼女らの身の安全が保証されない」
「何カッコつけたことを言っている? 統也くん。今の状況は僕の方が100%有利。絶対的優勢だと君にも分かるだろ? 万が一にも……つまり0.01%も今の君に勝ち目はない。今の君じゃ僕に勝てないのだよ」
以前のように虚勢を張っているようにも見えるが、事実だった。実際問題、今のオレにはこの拘束『糸』を切り裂く手頃な手段がない。
前はマフラーを手に握った状態で拘束されたため、手首の振りとその慣性で檻を付与したマフラーを動かし『糸』を切断できた。しかも以前は三宮本体と切り離された、硬度の低い『糸』だった。『
いや―――問題はそれだけじゃない。
なるほど、彼も無策で来たわけではなさそうだ。気付けば無数の影に囲まれている。
林や人のいない建物など。障害物に隠れ、姿を現すことはないがそれでもオレや翠蘭たちを包囲しているのが分かる。
浄眼で見た感覚、50体はいるか。三宮家の実験体として生け捕りにされた影達だな。
こんなくだらないことに使うとは。しかも
そのため生きた状態でなければ操り人形として使えない、という理屈。
リカ、翠蘭、雪華、リア、刀果。彼女ら五人の女子を守りつつ戦闘するのは不利だ。さすがにオレの手にも負えない。
三宮のヤツを殺していいのなら瞬殺なのだが、彼を殺せば全面的な「名瀬」対「三宮」の冷戦が始まる恐れがある。それは避けたい。
仕方ない。もうこれしかない。
オレは三宮に話しかける。
「……分かった。いいだろう。オレはお前の指示に従う」
「えっ……!」
雪華が物凄い形相でこちらを見てくる。
「やっと分かったかい? 統也くん」
「ああ、確かに今のオレではお前には勝てない」
「もう……何の話をしているかすら……分からないぞ」
リカが圧迫の痛みに耐えつつも絶え絶えながらオレらの会話について語る。
ブラックであるオレが話を進めることは、ホワイト生徒としてのレールを歩んできた彼女らにとって違和感以外の何物でもない。
多少優秀な程度のブラックが、この男に勝るわけがない……と。
まずはその偏見を覆らせる必要がある。
オレはリカに視線を送り続けたあと――。
「オレには感知系の能力もない。彼女らを目の届かない所に置けばオレは、追うことは愚か手出しさえできない。お前の指示通りに動かなければ彼女らを解放する方法もない。確かにオレの負けだな。お前に勝てる気もしない」
三宮に自白する。心の牙を隠して。
「なんだ? 随分と物分かりが良くなってむしろ気持ち悪いよ」
「なあ、いいだろう? オレはお前の指示通りに動く」
するとリカが横から――。
「やっぱりブラックなんか委員に入れるべきじゃなかった。こんな不審者に屈服するような弱者は不要だ。この腰抜けが!」
当然ブラックとはオレのこと。腰抜けもオレに発せられた罵声。
よし――――これでいい。
続けるリカ。
「取りあえず、あたいはこの不審者に従う。もしあんたが統也を倒せれば、その後はあたいらを無事解放してくれるんだよな? それなら別荘にでもどこでも連れて行けばいい。解放された後もあんたのことは口外しないと誓う」
「よく分かってるじゃないか」
楽しそうに口元を緩め、眼鏡のブリッジを上げる三宮。
精々楽しそうにするといい。今は、な。
リカに後でお礼をしないとな。
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