第111話 報復の時【2】――復讐心



    *



 約一ヶ月前、黒羽大輝の処分審査議会終了後。

 7月7日、20時30分。旭川市のとある邸宅、三宮本家。



「十割、正直言うとね、あの名瀬の隠し子は異常。S級だのA級だのの範疇を大きく逸脱した別次元の存在に思える。少なくとも僕がどうこうできる相手じゃない。危険極まりない」


 自室で気絶から目を覚ましていた、ベッドで体を起こす三宮拓真が今までにないほどの真剣な眼差しを向ける。白いフードを被る三宮瑠璃るりと、黒いフードを被る三宮希咲きさきに対して。


 伏見玲奈れなのボディガードとして雇われる成瀬統也の正体が名瀬一族であることは、瑠璃から暴露済み。


「拓真様がそれほど危険視するなら、そうなのでしょうが……」


 発言した三宮希咲は正真正銘の三宮一族、20歳の女性でA級異能士だった。黒髪を後ろで結いつつ、まとめるヘアスタイルで、とても美形の顔立ちをしていると評判がある。

 主張の少ない目は大人びていて、落ち着いた印象を受ける。

 議会中の赤結界内部にいた黒羽大輝を拘束、束縛していた深緑ふかみどり配色の異能『糸』の正体「棘糸ぎょくし」を操作、自由自在に操る第一級異能者。


「瑠璃……森嶋みこと奪取の作戦時、彼としばらく戦闘していたと聞いたが、あんな化け物とよく戦えたものだね」


 拓真の言うとは名瀬統也に違いないのだろう。


「私との戦闘時は手心を加えていた模様です。これは私個人の勝手な見立てですが、本来の力の三割も見せていないと考えられます」

「なぜそう考えた?」

「私も全力を出さなかったとはいえ、彼はかなりの余裕を持っていました。苦しむ演技こそしていましたが、隙を見せたように油断させてくる戦略など、戦術的な択も有しているように見えました」


 デパートの立体駐車場で行われた瑠璃と統也の戦闘、その客観的様子を伝える瑠璃。


 三宮瑠璃は旧姓伏見ふしみで三宮家出身ではないが、その実力と拓真に仕える絶対的献身性から、彼の側近けん秘書を担当するようになった。

 森嶋みこと捕獲作戦の際は信頼されている瑠璃を直接作戦内に投入するという異例の事態となったが、統也の妨害により完全に作戦は失敗した。

 それでも元の身分を剥奪されないほど拓真の、瑠璃へそそがれる信頼は厚かった。


「瑠璃相手に三割……加えて頭脳も。これはまたとんでもない青年だな彼は。一体どんな生活をすればあのような怪物ができあがるのか、とても興味があるよ」


 最の異能『イカズチ』を有する「雷電の生き残り」の存在だけでも厄介なのに、と拓真は思考を巡らせていた。

 また、その存在は伏見が情報をガードし、さらには白夜が管轄する異能士学校に通っていると耳にしていた。

 つまり鈴音のことであるが、彼ら三宮はその名前までは知り得ていなかった。


「最悪を想定するなら彼は『碧い閃光』の速度さえ上回り、更には彼女以上の異能の力を持っている可能性もあります」

「うん、確かに僕が決闘で受けた攻撃も九割、よく分からなかった。あれは……領域構築の一種なのか……術式なのか、情報干渉なのか、それすらも理解できないような、雲を掴むような印象とでも言えばいいのか。兎にも角にも不明点が多い異能技を使用してきたのだけは確かだ」


 拓真の審議議会の決闘で起こったことを思い出すかのような口ぶりを聞き、口を開く希咲。


「僭越ながら私からも意見させていただくと、まず決闘自体は数秒、いえ一瞬で終わりを迎えました。彼の振る舞いは、まるで時間が飛んだような、そんな有り得ない動作でした。拓真様の正面にいたはずの彼は背後に回っており、いつの間にか拓真様の意識まで刈り取るに至りました。誰がどう見ても不自然でした。目撃していた全異能関係者がそう思ったでしょう」


「……そうかい。だがしかし気にしていても仕方がない。真相は彼本人にしか分からないだろうからね。僕たちにはやる事がまだ残っている。厄介なことに」


「黒羽大輝の回収ですか?」


と瑠璃が口をはさむ。


「そう、瑠璃の言う通り。……影人化できる人間は貴重だ。回収してこちら側で十割、実験体にするよ。まぁ別に戦力としても構わないんだけどね」


「ですが相手の中には依然『名瀬統也』という対処困難な障害があります。彼はあまりに強力過ぎる上規格外です。一瞬かつ完全的な回復をもたらす正体不明の能力をも有していることを考慮すると白兵戦で彼に勝ち目はありません。もし相手にするなら人質などを用意するのがいいかと思いますが……それで彼の精神が揺らぐかすら怪しいところです」


「うん、分かっているさ。それに名瀬家にちょっかいをかけすぎるのも得策ではない……か。五割、詰んでいるね」

「五割……ですか」


 瑠璃のこの発言は、信頼されている側近幹部の物でも相当に危ない。

 彼女は間接的に「五割しか詰んでいないとお考えですか」と聞いているも同義。つまりほぼ完全に詰んでいると暗に示している。

 それは拓真の実力不足を無意識に示唆してしまう。


「十割詰んでいると思っているのならそれは間違いだよ? こちらにしかない情報もある。十割、武力だけが『強さ』ではないからね」


「影人を裏で操っている奴……影人勢力に殺される前に、九神いる使徒の回収に入っては?」

「まぁ、それも悪くはないんだけどね」

「何か問題が?」

「勘だけど、現在使徒しとは九神もいないと思うんだ。……元々数百年前から九神が八神になってたって話だけどね。それすらも信憑性が低いときている。八割、大本の情報さえ怪しく、根幹から不確かな根拠により構成されていた学説だ。無理もないさ。第一、本来使徒しとというのは全部で12人……十二神いるのが常識なんだよ。それが九神ないしは八神というのはそもそも納得いかない内容だよね」


 その時、突然ドアの向こうの廊下からコトン、と音が鳴る。


「っ……!」


 野良猫よりも早くその気配を察知した瑠璃が部屋のドアを開けようとするが、ここは邸宅内。ドアの向こうで聞き耳をたてていたのは三宮家の誰か。


「瑠璃様、私が行きましょうか?」


 三宮希咲きさきが先行しようとする。

 それを止めたのは瑠璃ではなく拓真だった。


「いやいいよ。おそらく拓海たくみだ」


 三宮拓海は当主拓真の実の弟であり、白い『糸』の特殊変化、最高硬度の「白蜘糸はくちし」という白を異能配色に持つ『糸』の第一級異能者。


「会話の内容を聞かれましたが、いいのですか拓真様」


 と瑠璃。


「構わないよ。どうせ名瀬統也に復讐することしか頭にないだろうからね」


 以前、三宮拓海は見習いギアを組んだ相手、霞流かする里緒りおと依頼任務をこなし時に恥をかいたと感じていた。理由は里緒の高レベルな戦闘についていけなかったから、という幼稚なもの。

 その復讐のため三宮家で保管される生きた影人を利用し、糸操術マリオネットという『糸』の異能技で里緒を追い詰めた。愚かな彼は里緒を殺せたと信じている始末。

 しかしその復讐決行終了の際、倉庫に現れた名瀬統也により完膚なきまで撃退され、今度は彼に強い復讐心を燃やし始めるという流れ。

 

「余計な事をされる可能性も十分ありますが、いいのですか?」

「正直に言うとね、あんな出来損ないの愚弟に付き合っている暇はないんだ。瑠璃も分かるだろ?」

「ええ、まあ……はい、理解しました」


 実力あるエリートの三宮拓真と異なり、弟の拓海は間抜けな部分が目立つ愚者。なので、そう拓真様が呆れるのも無理はない、と瑠璃は思った。


 拓真はベッドの上で頷き、それを見た直後、瑠璃も自分の書類処理の雑務、いな、仕事へ……億劫な気持ちを抑えて戻った。






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