第110話 報復の時


「お――翠蘭?」


 オレはその女子「五人組」の中の先頭に声をかける。


「あっ統也さん――?」


 オレが道の交差地点で翠蘭と数秒間目を合わせていると、150cmほどの小柄……というか中学生にも見える女子生徒が前へ出てきて、顎に手を添えながら唐突に口を開く。


「とうや……というのですか彼は。このような暑い中わざわざマフラーをしていることに全く同意できませんが、はてさて一体どういう原理で汗が出ていないのでしょう。そして翠蘭さんと彼は一体どのような関係なのでしょう。大変、血が騒ぎますね」


 翠蘭とオレに向けてまくしたてる。

 口調は随分作り物でほとんど演技。演出的な何か……オタク口調と解釈すれば分かりやすい。

 黒髪ポニーテールで大人しそうな顔をしているが、雰囲気は少しだけ栞に似ているか。お調子者といった印象を受ける。男っぽさもある。

 胸にはしっかりと白桜ホワイトバッジが太陽を反射し、光り輝いている。


 彼女だけじゃない……ここに居る女子全員、ホワイト生徒か。


「とうやさん……わたくしに名前が似ています!」

「えーなになに、刀果とうか、彼に運命感じちゃったとか?」

「同意」


 ぱっと見、五人組の女子。全員が胸に白いバッジを付けている。

 先頭にいる翠蘭以外、誰一人顔見知りがいない。

 それこそ、早口で語ってきた彼女ですら知らない人だ。


 なんだこのシチュエーション……。

 これは深刻な問題だ。

 今すぐここから離脱したいくらいだ。


「ええと、この方は……新しい懲罰委員の成瀬なるせ統也さんです。ブラック所属の方ですが、実力は折り紙付きです。この私が保証します。何より彼は私が直接スカウトしました」


 手のひらを返しオレの方に向ける翠蘭の発言からすると、この女子たちは――。


「えー! 翠蘭ちゃんが直接推薦……どれだけ凄いんですかっ!」


 黒布で包んだ細長いケース……刀くらいの長さのケース……を背負う平均身長の女子が口を開き、驚きを表す。

 ハーフアップという髪型を模していて目がとても大きい、そんな特徴を持つ女子生徒だった。

 先ほどオレと名前が似ていると言っていた声。 


刀果とうか、そんなんだと舐められるぞー」


 初めの小柄ポニーテール。


「まあまあ、いいじゃない」


 次はメガネ美少女か。


 水色がかったさらさらショート髪に異次元の碧眼を持つ物静かそうな女子で、眼鏡をかけている。優しい人物であるのが外面だけでよく分かる。

 へそ部が見える半袖の白いトップスを着ており、女性らしい滑らかな腹筋が強調されている。女性の服には詳しくないが「へそ出し」とかいう服装だろう。腰のラインも露出し、引き締まった身体なのがよく分かる。

 

 この水色の髪に瞳。

 「水晶色素」であるこのオッドカラー……間違いない。


 彼女は白夜一族のうちの女生徒で、第8位白夜雪葵せつきと共に懲罰委員に入っていると聞いた。

 名は白夜雪華せつか。異能決闘第4位で、とんでもない『しも』の使い手だと耳にした。

 勝手に抱いていた偏見的印象とは少し違う。魔女と称されるくらい、もっと冷たい人間を想像していただけに意外だ。


「なるほどなるほど。彼が、翠蘭が以前言っていた新入り………よろしくね」


 雪華せつかがオレの元へゆっくりと近づき、絹のような色白の右手を出す。

 握手をするためだろう。


「ああ……よろしく」


 オレも彼女と握手を交わすために右手を出す―――――と途端、彼女の高速な回し蹴りが、オレの顔面目掛けて飛んでくる。


「っ……!」


 理解が追い付くよりも先に、オレは素早い動作と俊敏な身のこなしでその蹴りをかわすと、次は投げ技のためか服を掴もうとしてくる。

 投げられ地面に転がりたくないので、オレは急いで雪華のその手を払い除ける。

 直後後退して距離を取るが、もう攻撃してくる様子はない。


「へえ……反応はいいでね。それと動きも、とても慣れた挙措に見えるし。完璧な防御方法で対応していたこともプラス点。加えるなら私が武器を隠し持っていることを想定した間合い取りも。その辺のホワイトよりは出来そう。……それにしてもごめん、いきなり蹴りを入れてしまって」


 微笑みつつ眼鏡のブリッジをクイッと上げる。


 前言撤回。優しいように見えるだけだった。

 いきなり初対面で蹴りを入れてくるなど。普通ならあの蹴りを食らい、脳震盪で気絶しているところだった。

 オレの反射神経と技量を試したかったんだろうが。可愛い顔してえげつないことする。


 世間的には、旬さんなどが戦った防衛線から奇跡の生還を果たしたとされる白夜雹理ひょうりの娘、白夜雪華せつか

 二つ名「氷霜ひょうそうの魔女」……よく覚えておこう。


「無警戒から雪華の蹴りをかわすなんてっ……凄すぎます」


 無邪気で可憐な美少女。オレをキラキラした目で見つめてくる。


 ま、まぶしいな。


 という冗談はさておき、彼女は刀果とうかと呼ばれていた。


「なるほど、こりゃ委員長が入れたがるわけだ。新入りがブラックだと聞いて初めは批判的だったけど、納得したわー」

「同意」


 先程から一人、後方で頷くだけの黒髪シニヨンの女子がいる。


 チャイナ服の翠蘭がオレに近寄り、声をかけてくる。


「大丈夫です? 統也さん」

「ああ、問題ない。少し驚いたが」

「紹介が遅れてしまいましたね。彼女達は『光のつるぎ』と称されている懲罰委員幹部の方達です。つまり統也さんも無関係ではありません」


 光の、か。

 相変わらず異学という組織は、世界最強最祝の異能『ライト』を大変畏敬しているようだ。

 伏見異能『衣』に似た能力『光』を保持するホワイト一族を神だとでも思っているのか。


「右手前から……」


 翠蘭の紹介を引き継ぐかのように右手前にいるハーフアップが話し始める。


「――わたくしは、千本木せんぼんぎ刀果とうかっ! 以後お見知りおきを。似た名前同士、仲良くしましょうね統也さん!」


「彼女は背負う二本の刀……二刀流で戦闘するアタッカータイプの異能者。異能『千斬せんざん』という物体を分子レベルで剥離させる、いわば分子結合ごと対象を斬ることが可能な切断特化の刀異能の使い手」


「そ、それほどでも~」


 刀果と呼ばれた女子が照れ始める。


「いやいや、別に褒めてはないからね?」

「同意」


 分子結合を切る……?

 まるでデバインスラスターのようだ。

 

 要は刀に付与した特殊なマナで物体間引力ごとぶった切る異能、といったところか。

 おそらく彼女の刀で切れない物はほとんどないだろう。

 なぜならこの世の物体は、そのほとんどが原子分子の結合で構成されている。そんな世界だからだ。


 オレ達が扱う三種の神器『衣』『糸』『檻』。

 御三家の「異能体」以外は―――――。



「――私の名は、白夜雪華せつか。さっきはいきなり蹴ってごめんね」

「いや大丈夫だ。オレはブラックだしな。確かめたい気持ちも分かる」

「そう言ってくれると助かる。ありがとう」


「彼女は……説明しなくても有名だと思いますが、白夜家で当主継承権第一位、異学内異能決闘第四位の優秀な異能者。白夜異能『霜』の結晶能力の中でも特殊な変化形を持つ。そこから付いた通り名『氷霜ひょうそうの魔女』。統也さんとの戦闘相性は高いかと思われますよ」


「その呼び名、恥ずかしいんだって。だいたい“魔女”とか私が魔性の女みたいでしょ」

「同意」

「そこは同意しちゃダメね、リア」

「……そうでしたか。えっと……私は……ハン・リア。韓国から来ましたです。よろしくお願いしますです」


 彼女の無表情で語るロボットのような自己紹介を受けたオレは軽く頷く。

 後ろでシニヨン状に髪をまとめている女子で、初志貫徹のごとく「同意」と口にしていた人物だ。


「韓国から留学してきた彼女は、『ドリフト』という風や空気密度を扱う第二級異能者で、俊敏な動きと疾風のような高速行動により敵を圧倒します。『疾風の暗殺者』という異名を持っています」


「同意」


 いや、同意しすぎだろこの子。

 同意botか。


「次はあたいの番か」


 最初に早口でまくしたてていた小柄なポニーテール女子が前の方に来る。


「まあ最後だからね。それはそう」

「同意」


 など言われながら、


「ミスターマフラー君、一つキミに質問するぞ? まずキミは翠蘭とどういったご関係?」


 最近測って175cm近くあると分かったオレを、150cmの身長が見上げてくる。

 鈴音すずねより少し低いくらいか。


「ど、どういったって……普通の友人ですが……」


 なぜかオレが答えるよりも早く反応したのは、翠蘭本人だった。


「今あたいは彼に質問したのに……翠蘭が答える辺り怪しいですなー。実際どうなんだ?」


 最後の方、オレを向いて聞いてくる。


「いや、彼女の言う通りだと思うが」


 すると彼女は何を思ったかオレの目の奥を見つめてくる。

 オレはその目を逸らさなかった。


「そんなに見つめられると照れるんだが」

「えっ……あ、ごめんよ」

「別に謝らなくていい」


 冗談で言ったつもりだったし。


「嘘は、ついてないな……」


 途端に目を逸らし、独り言のようにポツリと発言した。


 嘘?


 それはついてないが。

 オレと翠蘭は友人という領域から出ない。

 なんなら秘密を隠している者同士。完全な仲間とすら言いにくいレベル。

 そこに嘘はない。


「この少し小さい子が椎名しいなリカ。この子は懲罰委員でも必要不可欠な存在なのよね。相手の目を数秒間見つめることで第三級異能力を持っている。尋問するときに必須の異能。彼女が抑止力となり、おかげで現在の中央異能士学校は異能犯罪、暴走率がとても低いって感じかな」


 雪華が丁寧に教えてくれる。


「嘘を見抜く……なるほど」


 それにしても、嘘を見抜く異能か。使い方によっては化ける能力だな。


 異能の制限ルール、学内の異能規制を守れなかった人物を制裁、懲罰する懲罰委員にとっては不可欠な能力。

 この小柄な嘘発見器はっけんきポニーテール。この子がいるだけで、懲罰対象は簡単に委員会側に嘘をつけない。

 結果的にそれが抑止力へと変化し、異学内での異能犯罪率が下がるというわけだ。


 下手に言葉を喋ればオレの本心や隠している内容さえ暴かれかねない。

 出来れば目を合わせるのを避けたいところだが、あからさま過ぎるわけにもいかない。

 そこのバランスがとても難しい。


 まあ、聞いた感じなどから推測するに、嘘を完全暴露するためには数秒間目を見つめる必要があるようだ。


「この乳とエロい脚を見ても、何も思わないと?」


 小柄ポニーテール、リカがチャイナ服からはみ出る翠蘭の長い脚に指差しながら尋ねてくる。


「コラコラ、そういう質問はダメでしょ。嘘分かっちゃうんだから」と雪華。

「同意」


「そして、別に私はエロくないですよ?」


 真顔でツッコむ翠蘭に吹き出しそうになるが、それをこらえる。


「エロくないだと!? 何を言ってる委員長! ほぼノーパンのくせに!」


 蝉がミンミン鳴き続ける中、リカのセリフが一体に響く。


「ん?」


 何も穿いていないなど聞いていない。

 そもそもそれならオレと組手をしている際に…………いや待て……そうか。以前言っていた、お粗末なものが見えるって、そういう意味だったのか。


「チャイナドレスは下着穿けない場合もあるからしょうがないですよっ!」


 と刀果。


「不純な内容の発言により一週間停学の懲罰を与えますよ」


 翠蘭が呆れながら言う。十中八九冗談だろう。そんな規定はない。


「あー分かった分かった! すまん委員長!」

「分かったのなら統也さんを困らさる発言は控えてくださいね」



 委員長、李翠蘭――異能不明。

 千本木せんぼんぎ刀果とうか――二刀流で異能『千斬せんざん』を扱う。

 白夜雪華――『霜』の特殊変化を持つ。

 「同意」でおなじみ、ハン・リア――風と空気密度の異能を扱う。

 椎名リカ――嘘を見抜く第六感を持つ。



 オレ自身、彼女らと共に委員の活動をしていくことも多いだろう。

 名前や能力を覚えるの絶対条件だ。


『例の翠蘭という女生徒を除いてダイヤデータで検索した。あとで情報を伝えるけど取りあえず今は勝手に同調を切るね』


 茜が脳内で語り掛けてくる。同調を切るタイミングを逃したのだろう。





 それはいいのだが、困ったな。


 これはおそらくこの場の誰も気付いていない感じか。



 今の時刻は二時半頃だろう。

 異学の授業開始時間は四時半であり、オレがこんなに早い時間帯に登校するはずもない。


 彼女ら懲罰委員幹部には早めに登校する理由があるのかもしれないが――。

 ――オレにはない。


 ならオレが何の意味もなく圧倒的に余る登校までの二時間を、この人気のない雑木林沿いの中道で潰そうとしていたことになる。


 悪いがオレはそんなに暇じゃない。



 オレはゆっくり振り向き、誰もいないはずの後ろを注視する。その先には雑木林。

 静かに浄眼を発動する。




「駄目だな。もう間に合わない」




 数秒後。あっという間にオレや他の女子達が見えない何かに拘束される形になる。

 ミノムシのように束縛され、手足の自由が制限された。


「えっ!」

「きゃ……!」

「え、なになに!?」


 一瞬の出来事だった。オレ以外誰一人としてに反応できなかったようだ。

 オレまで捕まる必要はなかったが、まあいい。


「これは……糸? 見えないけど、糸のような細長い物で身体が縛られているみたい」


 雪華はこの中でも随一状況判断が早いな。


 数分前既にオレを含める六人の周りには、見えない『糸』が張り巡らされていた。

 気付いていたのはおそらくオレだけだった。

 ―――というかオレがそういう風に仕向けた。


「切断できない糸のようです」

「何ですっこれ!」

「離れないぞ、この糸!」

「同意」


 この「硬く白い」という術式性質を有する異能『糸』……不可視の『糸』。

 ゴールデンウィーク、倉庫の中で戦闘した三宮一族――。


 ――オマエが持つ特殊変化だろ?


 久しぶりだな。三宮なにがし

 リベンジのつもりか?

 まあ、なんでもいいが。



 オレの里緒ギアを傷付けたこと、必ず後悔させてやる。



 来るなら来い。お前に合わせて遊んでやるよ。



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