第109話 邂逅


『ふーん……彼氏くらいいるよ、それは』


 そうか。まあ、彼女ほどの人間ならどんな容姿だろうと一定数には好感を持たれるだろうからな。当然と言える。


「どんな人なんだ?」

『そんなこと聞いてどうするの?』

つがいとしてなんとなく知りたくもなるだろ。Kがどんな人を好きになり、その人とどんな風に過ごすのか」


 彼女の恋人がどのような人で、どのような過ごし方をするのか非常に気になる。

 お世辞にもオレは恋沙汰には詳しくないが、だからこそ色んな恋模様を知っておきたいとも思う。


『どんな人……一言で表せば、強い……かな。あと、かっこよくてクールで頭がいい。けど本当はすごく優しくて……』


 いや、どんなだ。それは。

 一体どんな完璧超人だ。そのような完全体の男がいるなら、是非とも紹介して欲しいものだ。


「そんな人、ほんとにいるのか?」


 思わず口に出す。


『うん、いるけど』


 まず、旬に基づく評価と中尉という事実から茜はオレと同等かそれ以上の実力者とみて間違いない。

 その彼女が「強い」と評する……すなわち一級か特級の戦闘レベル。そうなってくるとオレも大体は把握しているわけだが。

 うち「かっこいい」「頭がいい」と呼べる人間は伏見旬くらいしか思いつかない……。

 

「そんな人間、旬さんくらいしか思い当たらない」

『はい、この話終わり。もういいでしょ? それより統也の方は恋人できた? その方が戦略的に情報を得やすいってマニュアルの推奨』


 ち、上手い具合に話をすり替えやがった。


「いや? そもそもオレはりん一筋だ」

『ふーん、そんなに雷電らいでん凛のことが好きなの?』


 正しくは凛一筋だった、という過去形が適切。

 彼女に振られてからは、気持ちを忘れ、やっとそのしがらみからも解放されたところ。


 凛にオレの告白を拒否された時は正直驚いた。

 自分に酔っていたわけではないし、油断していたわけでもない。

 彼女も何度かオレのことを恋愛感情として「好き」と伝えてくれていたし、親友のディアナや師匠の旬さんも公認するほどの関係だった。決して勘違いではなかった。

 だが――実際告白すると――結果は、

 オレとは付き合えないと、そう言われた。


 それ以来恋はオレにとっては難しい命題となり、俺に立ちはだかる問題へと化した。

 打ち明ければ、オレは里緒やみことの気持ちに気付いている。

 彼女らがオレを恋愛的に特別視していることも全て分かっている。だが踏み出せない枷となるオレのくだらない未練と、圧倒的な恋愛経験不足のせいで、なんの進展もない。

 別にオレも彼女らが異性として好きなわけではないし、そもそもそんなことを推奨する組織の方が問題なのだ。

 社会に馴染むためだけに恋人を作れ、など。


「いや、今はもう好きじゃない。それに告白した直後世界は激しく混乱し、混沌の時代を迎えた。恋どころじゃなかった」


 その混沌とは言わずもがな「影人」のことだ。

 絶影災害と呼ばれる災害は4年前の2月、深夜に起こった。呪われた夜ということから呪夜カースナイトとも言われているほど。


『もう告白してたの?』


 意外といった口ぶり。


「ああ、かなり前にな」

『どうだった?』

「さあな。……ここから先が知りたければ有料にする」

『少し何を言っているのか分からないけど、結局どうだったの?』


 オレの素晴らしき冗談は見事にかわされ、結果を催促される。


「結論から言うなら振られた。初恋にして失恋だ。笑うか?」

『いや、笑わないけれど。……私って、人の失恋を笑うほど浅はかだと思われてるの?』

「そうじゃないが……笑ってくれた方が楽な気もする」


 茜は配慮のある言動ができる良識の持ち主。オレの失恋を笑ったりしない。そんなことは分かっていた。


『任務に成功したら、その後いくらでも笑ってあげるし軽蔑してあげるけど、今はあなたのすべきことを成して』

「ああ、分かっている」


 さり気なくオレのモチベーションも高めてくれている、と。


『というわけで……ギアの里緒さんと戯れ合っている暇は無いの』


 不意にツンとした声で言われ、新しい性癖に目覚めてしまいそうで心配。

 ちなみにひとつ心当たりがある。


「あれは別にじゃれあってない」

『そう? 、イチャイチャするのは、戯れ合いに入らないんだ? へぇー」


 謎の強調に、同調越しに感じる殺気?? 

 いや待て。なんで急に不機嫌になったんだ?


「ふーん、そうなの……」

「いや……K、なんか怒ってるか?」

「べ、つ、に」


 おそらく、ひと月ほど前にチューニレイダーの同調を繋いだままオレと里緒が繰り広げた会話の話をしている。

 豊平川沿いの空き地。影人化した黒羽大輝に群がる影を一掃した後の事だったか。あまり覚えてないが。


『私も含めて、女性って根に持つ人が多いから。統也も覚えておいて損はない』


 未だに駄々洩れる殺気。


「いや、身に覚えがない……」


 一体オレは彼女に、何を根に持たせてしまったのか。

 ただ、女性とは怖い。たった今そう理解した。

 カゲなどよりずっと怖い。ずっと。


『命さんに対しても本当に好意がないと言えるの?』

「いや……Kこそどうしてそんなことを聞く? オレの恋愛事情に興味でもあるのか?」

『うん、そうかもね?』

みことは確かにオレにとって大切だがそれは友人としての方向性で、特別な感情は持っていない」


 ……と思う。


「ふーん」という訝るような茜の声を耳に押し流し、杏姉のことを考えた。


 オレが最初に美しいと思った黒髪は雷電凛だったか、名瀬杏子だったか。

 もうそれさえ思い出せない。


「黒髪ロングの強い子」がオレの、いわゆる「女子のタイプ」なわけだが。


 きっと姉に、憧れてただけなんだろうな。

 黒髪ロングの強い姉に。



   *



 インナーワールドを仕切る異能最高責任者、中立の「風間かざま家」。

 『風間しょう


 特殊能力、異能教育の全管轄を牛耳る「白夜びゃくや家」。

 『白夜雹理ひょうり


 資金分配に投資など、異能関係の経済社会を操る「功刀くろう家」。

 『功刀舞彩まあや


 異能に関する裁判、司法を司り、多大な異能権力を有する「伏見家」。

 『伏見玲奈れな


 国会でいう所の立法権を持つ、影人関連の技術的開発を進める「三宮さんぐう家」。

 『三宮拓真たくま


 異能状況を基本統率し、執行、遂行するための攻撃を任されている「名瀬家」。

 『名瀬杏子きょうこ



『お偉い身内がいるのも難儀なものね』

「まあな。この間だって、国内で1番強いと分かっているオレの姉が到着するより前に、黒羽大輝の審査議会を開こうと画策していた」

 

 だからやたらと開始するまでの時間が早く、全権力者を集わせるに至らなかった。

 オレの姉が来れば全ては彼女に権力が渡る。いつもの事だ。

 誰も最強の彼女を止めることができない以上は、彼女には逆らえないという道理。


 そういった姉譲りの戦力圧制の方法をオレも真似しようとして、『檻』の第ゼロ術式『律』など使ってしまったが、あれは失敗だったか。


 実力あるエリートの三宮拓真に決闘で対抗するには、オレの特殊異能『檻』を使用発動するのは必須。

 しかしあの場で、『檻』を使用してオレの正体が名瀬一族だと暴かれるのは避けたかった。

 結果的に仕方なくあの術式……『檻』のマナ変換、出力解放の最大工程を使った。


 他が持つ第ゼロ術式すなわち零域の異能術式はどれも計り知れないほどに強力。

 ひと月前に見せた、あれもオレの切り札。格好を付けて必殺なんて呼んでもいい代物。正式名称、領域構築「時空零域」。

 

 ―――「律」――あれは本来、あのような場面で使う術式じゃない。


 そんなくだらないことを云々うんぬん考えていると、道の交差する部分、ある人とばったり出くわす。

 異学への通り道なので特段珍しいというわけではないが。

 

「お――翠蘭?」


 オレはその女子五人組の中の先頭に声をかける。


「あっ統也さん――?」


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