第106話 修羅場の予感



  *


 

 オレは事務所内の会議室のような部屋に入るなり『避役の檻』を展開し、玲奈は第四定格出力「精霊」による感覚特化の『衣』を付与した釘をドアに横に刺す。

 壁に掛けられた時計を見ると既に時間は16時を回っていた。


「その異能技、私に見せていい物なの? 結構高度な技術のようだけど」


 その異能技とは『避役の檻』のことだろう。

 

「構わない。オレは名瀬家を仲間だとは思っていない。この技術を見られて損をするのはオレの姉だけだ」


 第一、彼女も第定格出力は初披露だろう。

 『衣』という異能はマナ出力の定格数が少なければ少ないほど会得難易度が高く、強力で汎用性が強いと言われている。

 以前瑠璃るりと玲奈の戦闘では第三定格出力「炎霊」や第二定格出力「魂霊」を目の当たりにしたが。


「その発言の意味も、いまいち咀嚼できない」

「オレは単独で行動することが多いし、仲間はいない」


 少なくとも。

 この世には。

 

「その割には円滑に行動出来ている気がする。何か見えないバックアップがあるみたい……情報的かつ知識的なやつね。そもそも私も知らない伏見家との繋がりって何? 一体どんなことをすれば、私の一族とのパイプを作れるの?」

「それは答えられない」

「統也が影人について詳しいのと何か関係ある?」


 オレも異能について完全的な理解をしているわけではない。どちらかと言うと『■■』の方が詳しかった。

 比較するなら茜の方がよっぽど異能についての詳しい知識を持っているだろう。

 同様に影人についてもそんなに詳しくはない。

 だが、普通の異能士よりも知っていることは多いはずだ。


「玲奈、そんなことを聞くためだけに、時間を用意したのか?」

「それは違うけど。本来の目的は、あなたと本格的に手を組みたいって話がしたかった」

「手を組む?」

「ええ。協力関係ともいう」


 意外と思うかもしれないが、これは案外普通の申し出だった。

 三宮拓真はその技量、異能の技を全般的に明示公開していないために今までS級異能士として昇級していなかった人物だと聞く。

 つまり彼の実力は相当なものであり、もちろんS級、一流の異能者として知られている。


 オレはそんな彼を僅か0.1秒で気絶させ、彼に勝利した。

 もちろんあの時使用した、『檻』の第ゼロ術式「律」は発動を繰り返すことは愚か数日に一回が限界。

 下手すると身体が光速度の空気抵抗により潰れ跡形もなくなるだろう危険な技。   

 いやそれ以前に、術式制御の負荷で脳が負傷しやすい。浄眼で正確にマナを練れるからこそノーダメージ。


 まあとにかくそれを使って、三宮拓真を倒した。

 無論これは異能世界においては偉業といっていい。


 要は、そこまでの実力を有しているオレと手を組みたがるのは至極真っ当な流れ。


「断ったらどうするんだ?」

「あなたの身辺調査をする」


 ほう。

 それを脅しに使うということは、オレがどれだけ何に拘っているのかをよく理解している。


「もしオレが玲奈と協力すると頷けば、あんたはオレの身辺調査をやめてくれるのか?」

「ええ、約束する」

「ならいい。オレは玲奈に協力する」

「えっ即答?」


 意外な反応だったのか、瑠璃に似た予想外といった表情を見せる。

 さすが姉妹。

 これが可愛かったのも墓まで持って行こうか。


「なんだ駄目なのか?」

「いえ、むしろありがたいんだけど……」

「ただ一つ条件がある。オレは“玲奈”という個には力を貸すし、協力するもする。だが、伏見一族という集団に力を貸すつもりはない。オレは死んでも消えても名瀬の人間だ。これは変わらない事実。それだけは理解してほしい」

「ええ、分かっている。私たちは御三家の別家だし。一族としてではなく、あくまで個人の関係ってことで」

「あんたが賢くて助かる」


 とはいっても、おそらく大きな変化はない。

 協力と言ってもそこまで大きなことは出来ない。

 一定の体制を敵に回す際、味方になるかならないか程度の差異だろう。


 しかしながらそれがオレ達の命運を左右する可能性もある。

 この世には無くていい物なんてない。

 すべてには等価の見返りがある。等価交換。ただの持論だが、子供の頃からの考えだった。


 そんな時―――。


 防音の『避役の檻』越しに部屋がノックされた気配を感じ取る。


「誰かドアノックしてる」


 玲奈も第四の出力「精霊」をもって、それを感知した様子。

 詳細は分からないが、微弱な音か、振動か何かをキャッチできるのだろう。


 遠距離攻撃に頑丈防御、加えて感知索敵か。『衣』という異能はなんでもアリだな。

 旬さんの『イザナミ』なら瞬間移動、空中飛行まで可能。御三家の中でもかなりズルい。


「いや、オレが行く」


 玲奈が立ち上がろうとしたため、それを制止しオレがドアを開けることにした。

 このドアの向こうにいるノックをした人は、当たり前だがオレを知らない事務所関係者。

 先に護衛が部屋から出なければ、辻褄が合わなくなる。

 本来護衛という立場が先に様子を見せるのは道理だからだ。


 そうしてオレは右手を軽く握って檻を解除しながら白いドアの内鍵を解錠し、扉を開く。


「えっ―――――――!?」


 開いたドアの先には目を大きく見張りながら心底驚いている女子がいた。


「ん?」


 オレも思わず声を漏らす。


「統也……どうかした?」


 冷静でいながらも内心驚いていたオレの背に、玲奈が話しかけてきた。


「いや……」

「誰が来てるの?」

「それが……」


 オレが口籠っていると、眼前の女子が先に口を開く。


「ど、どうして玲奈さんが使用中の会議室に、統也くんがいるの!? これは……どういうこと!?」


 ドアを開けた先には魅力的な私服に身を包むみことの姿が。


 そうか。ここはスタースタイル。

 つまり――みことがいる事務所だ。




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