第107話 守る決意
オレの目の前に命の姿。
艶かしい脚をショートスカートにより見せつけ、女性らしさのある身体の曲線を服で表現している。長い黒髪を揺らしつつ、その美人さを強調している。
だが何より、現実を受け入れきれないという表情で棒立ちし、固まる。
オレは立ったまま彼女を見下ろすしかなかった。彼女は156~8cmの小柄なので、こうなる。
オレは体を横に向け、奥に座る玲奈を視界に映させる。
「あっ! 玲奈さん……これはどういうことなんです?? どうして統也くんがここに? それに、こんな所で鍵をかけて、二人で何を……!?」
密室で二人きりなのは逃れようのない事実。
今更そこは弁明できない。
「これは……」
そこまで言った矢先、玲奈が何を思ったか発言する。
「彼は私のボディーガードとして臨時で雇った人材なの。非常勤だけど」
異能とかに関わらず単純な護衛として雇用したと説明するが、実を言えば問題はそこではない。多分
「そっ……それでも、おかしいです! どうして統也くんが選ばれたんです? もっと適役はいたはず……。そもそも、ただのいち男子高校生がどうして玲奈さんに近づけるんです?」
次々と疑問を放ってくる命だが、案外その指摘は的を射ている。
国民的な歌手でありアイドルである伏見玲奈には普通、こう安々会えるものではない。
それこそオレが異能など持っていなければ、出会うことさえなかっただろうと予測できる。
命はオレの前を通り、玲奈の座っている長机の複数ある椅子の前で立ち止まる。
「命ちゃんがここまで焦ってるの初めて見た。初ステージでも緊張や焦りを見せなかったのに……。原因は……彼?」
言いつつオレに視線を送る玲奈は座ったまま。
命は振り返らない。
「自分でも分かりません。だけどすごく嫌な予感がしました。統也くんと玲奈さんが同じ会議室に二人きり……」
「世間話をしていただけよ」
「そんなの嘘です!」
「どうしてそう思うの?」
「……ただの勘です! でも、多分間違ってないんでしょ? 最近、玲奈さんが夜遅くに外出しているのも大体おんなじ理由のはず。統也くんだって今日、急に早退したと聞きました。同じく玲奈さんも早退したんですよね? 今日はスタスタに来るのが早かったってトレーナーさんが教えてくれました」
名推理を披露する命は変な勘違いをしているようだ。
これだから臨機応変すぎる玲奈の性格は、長所でもあり短所でもあるんだ。
おそらく玲奈は、ここにオレがいるという不自然さを隠そうと先行したためにボディーガードであることを明かした。
そうすれば誤魔化せると思ったんだろうが、そう上手くはいかない。
仮にオレがボディーガードではなく、単純な知り合いとして玲奈に会っている設定で誤魔化せば言い訳は可能だった。
もちろん怪しまれてしまうのは言うまでもないが、オレをボディーガードと明かした場合、何らかの職務的繋がりを持っていると確定させてしまう。
それは曖昧な関係を一気に具体的な関係にする。
仕方ない。
「オレが説明する。……実はオレにはお金が必要なんだ。命も知っているようにオレは格闘が得意だから、それを活かすために数日前から護衛の雇用先を探していた。そこで見つけたのが……」
「――もういいよ」
「命……?」
突如オレの言葉を遮り、スパリと切り裂くように言い放つその命の声には、切なさが含まれていた。
そっけなくも感情的な口調。
もういい、と。
「どうして統也くんも玲奈さんも本当の事を教えてくれないの? 統也くんの言ってること、すぐに嘘だって分かる。何かを隠したがってるって分かる」
そう言って、やっとオレのいる後ろに顔を向ける。
彼女の表情を見れば、筆舌に尽くしがたい複数の感情が入り交じり交差しているのが分かる。
「今日の深夜、玲奈さんが外出したのは統也くんに会うためだった……そういうこと?」
「いえ、それは……違う」
ばつが悪そうに玲奈が答えた。
本当にそういうわけではなかったが、最終的には確かに命の言う通りになった。
オレと玲奈は協力して女影を追いかけたので、あながち間違いでもない。
「じゃあ統也くんは深夜頃、何してたの?」
「寝てたんじゃないか?」
そう答えてみるが。
「また嘘つくの? 統也くんは昨日の夜、
*
統也くんが私と二人だけで話したいという旨を玲奈さんに伝えると、彼女は用事があると言ってそのままこの部屋を出た。
玲奈さんは部屋を出る際にドア付近の壁に刺さっていた釘を一本抜いていったけど、私にとってはどうでもよかった。
「これで二人きりで話せるな。まず、ごめん命……」
彼は徐々に
「なんで統也くんが謝るの? 私に嘘ついたから?」
「それもある」
そんなことは正直どうでもいい。
あんなに優しくしておいて、大切だって言っておいて、私だけが統也くんに近づけないのが嫌。除け者なのが嫌。
玲奈さんや霞流さんとは、よろしくやってるのに、私の相手をしてくれないのが嫌。
二人とは仲良いのに…………嫌。
こんなに好きなのに。こんなに好きで、統也くんのことしか考えていないのに。
「ズルいよ。ズルすぎる……」
いつもかっこよくて、強くて、優しくて。
大好きで。もう何もかも捧げたいくらい好きなのに。
分かっている。
さっきこの会議室の扉を開け、統也くんを見た。玲奈さんと二人きりで会議室にいると分かった時、初めに胸が強く締め付けられた。もどかしくも上手く表現できない、この感覚。
胸が苦しくなり、変な孤独感に追いやられる。
これはただの嫉妬。ただ私の欲望を彼に押し付けているに過ぎない。
ただのヤキモチ。
「霞流さんとも親しいみたいだし……」
言いたくない事をどんどん口が勝手に声に出す。
「否定はしないが、特別な感情を持っているというわけでもない」
「……どうして? デートの時、私に大切だって言ってくれたよね。あれも、嘘?」
違う。
こんなことが言いたいんじゃない。
どうして私は今、こんなに醜い嫉妬を口にしているの?
どうして勝手に口が動くの?
「嘘じゃない」
知ってる。
嘘じゃないことくらい知ってる。
彼が命がけで爆発の中、私を守ってくれたことも知ってる。
彼が優しいことも知ってる。温かいことも知ってる。
「でもじゃあ、どうして玲奈さんと一緒にいたの? それだけ教えてくれる?」
あり得る……。統也くんほど高スペックの男子なら、玲奈さんが相手にしてもおかしくはない。
両想いだってあり得るのかな。
どうして、そんなにモテるの統也くん。
それこそ栞の言う王子様でもあるまいし。
「玲奈が言った通り護衛としてそばに居ただけだ。別に個人的な関係があるというわけではない」
「それは……ほんと?」
「ああ、本当のことだ」
でも、おかしい。
もし彼の主張が正しいなら、玲奈さんが「統也」なんて名前で呼ぶはずがない。ただの男子高校生を護衛に付けて、さらにその人を呼び捨て……しかも臨時の護衛なのに……。
そんな都合のいい話あるのかな。
「嘘だと思うのなら嘘だと思ってくれて構わない。人間は嘘をつく生き物だ。この真理は揺るがない。だから、命がオレの言っていることを信用できないというなら、信用しなくていい」
「うん……」
確かに揺るがない真実だよね。「嘘」は避けがたい人間の心理法則。このことは私でも分かる気がする。
「でもな、オレは君を最優先して守る。それだけは嘘じゃない」
さらに数歩近づいてきて、急激に接近してくる。
微かに彼の服と私の前方部分が触れ合う。
併せて私の理性が一瞬で吹き飛ぶ。
当たり前だ。私は彼にここまで近づかれた時の耐性が無い。
「なっ!!」
計らずも私の胸がキュンとなる。
ち、近い……。
既に脳内が変なハートで覆い尽くされ始めていた。
「オレが君を守ると約束したのは3年前だ。今更それを変える気はないということだ」
あんなの彼が一方的に告げた、すっごく身勝手で、すっごく自己中心的な約束。
勝手に「守ってくれる」と言い放った、そんな一方通行の約束。
でも。私にとって世界で一番嬉しかった約束。
「たとえ統也くんが……ううん。統也が玲奈さんのボディーガードでも?」
「ああ」
「たとえ私がどこにいても?」
冗談、ほんの悪ふざけで聞いてみたけど……。
「ああ」
彼は強い意志を持って私の目をまっすぐ見つめてくる。
頬が熱くなる感覚を無視して、さらに問いかける。
「たとえ私がどんな厄災に見舞われても?」
「ああ、当然だ。何があろうとオレは君を守る」
ずるい……。ずるいずるいずるい!
だから好きなの。だから離せないの。
だからそばにいたいの。
あーダメだ。
好きすぎる。
*
あれから数日が経過し、オレ達はそのまま夏休みという時期に突入した。
暑い時期は苦痛と思う人も多いかもしれないが、オレにとっては絶好の気温。
オレも含め皆、夏へといち早く溶け込んでいった。
秀成高校、
一度どこかで名前を聞いたことがある気がするが、特に気にしなかった。
当然その間、黒羽が暴走を引き起こすこともなく無事の日々を終えた。
異能士学校ではオレというブラックでありながら懲罰委員として登録された存在を、翠蘭懲罰委員長に紹介してもらい、学内ではちょっとした波紋を呼んでいた。
ブラックが懲罰委員など大丈夫なのか、と。
これは元々想定していた事態。優秀で、懲罰委員長を務めている翠蘭からの助言もあり、少しずつだが受け入れられ始めていたところだった。
7月23日。19時12分。
夏休みということもあり、オレは
食後しばらくリビングで騒ぎ明かすと、多少疲れたか少し静かになる。
「お前ら、騒ぎ過ぎだ」
オレは周りに散らかるペットボトルなどを片付けながら、香と栞の様子を見る。
「うち、最近ストレス溜まってたんだわー」
ストレスフリーな体勢でソファに座りくつろいでいる。お腹が膨れ、眠くなっているのかもしれない。
「俺も栞があんまり馬鹿で能無しだから苦労するぜ。特に7月の上旬!」
「はー、何言ってんの? あんたが融通効かないからでしょ」
「うっせーよ。誰がお前の尻拭い引き受けたと思ってるんだ?」
「はいはい、ごめんなさーい!」
何の会話かは分からないが相変わらず仲は良いようだ。
オレはキッチンで皿洗いをする命の元にいき、声をかける。
「オレも皿洗うの手伝う」
「え、いいよ。そろそろ終わるし」
「いや、手伝う」
オレは言いながら既にシンク内の皿に手を付ける。
しばらくのち。
「相変わらず気が利くし、優しい。だから好きなの……」
「ん? なんか言ったか」
水道からの水流音が干渉して、命の発言を聞き逃した。
「なんも」
「そうか?」
「うん……」
暫時オレも命も口を開かなかった。それでいいと感じたし、別に気まずくもない。
正面では楽しそうに談笑する香と栞が見える。
「楽しそうね」
「ああ、そうだな」
「こんな時間がずっと続けばいいのにね」
「何言ってる? 夏休みはまだ始まったばかりだろ」
「確かに、言われてみればそうだね」
いつもの破顔一笑を見せた命はすぐに皿へ視線を落とす。
「オレは、君も含めてこの時間を守りたい。命、栞、香、全員いるこの時間を」
「私だけを守ってよ……なんてね」
「ああ、君は絶対に守ると約束する」
「……信じてるからね? この間の約束」
数日前、スタスタ会議室の中での約束のことだろう。
オレは命相手に、守ると約束した。
あの場を切り抜けるための手段でもあったが、オレはこの想いを変える気はない。
あの時の、三年前の、苦しんでいたオレの心を変えたあの笑顔は一生忘れない。
忘れたくない。
仮にそれがオレの抱える任務と何ら関係なくても。
この笑顔は守り抜く。君を、必ず守る。
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