第105話 回顧【2】
「俺はこの先、どうなる……?」
若干怯えた視線でオレの方を見てくる大輝。
「お前が妙な動きを見せなければ、オレもお前を殺すことはない。そこは信用してもらっていい」
「ん……じゃあ、今まで通りの生活をしてもいいってことか?」
「基本はオレと玲奈のマーキングにより居場所が分かるようにする。それさえ守ってくれれば、今まで通りの生活を許可できる。だが、今回のように呪詛の罠を振り切るようなら、それも容認できない」
「そもそもどうやって統也の呪詛を全て無効化したの?」
「さあな。
玲奈の言う通り、大輝はオレの呪詛を無効化することにより行方不明になっていたと考えられる。理由は分からないがその後、異学のある円山地域で放浪していた。
その後に翠蘭、オレがその場に駆けつけたというわけだ。
大体にして、大輝に引き寄せられるように集合した「影」の大群の目的なども分かっていない。
大輝を狙っていたように見えたが、確保したいのか殺したいのか。
つまり、分からないことが多すぎる。
推測しようにも記憶に穴が開いているこの状況では意味がない。
「覚えてなくて、すまんな。でも俺だって頭がおかしくなりそうなほど混乱してるんだ。今の状況を理解すること、認識すること自体が夢のようで、なんとなく現実味がない。ふわふわしてる」
「受け入れるのに時間がかかる内容も多いかと思うが、その辺は腹をくくれ。お前は影人化できる人間で、この世にある異能、影人を理解し、それを把握していなければならない。自覚していなければならない。大変だろうが、お前は誰が何と言おうがそういう人になった」
*
玲奈とオレは大輝に呪印を刻印したのち、彼を病院まで送り、その後二人で密談することになった。
この話を持ち掛けたのはオレではなく玲奈の方だった。
「それで、密談するのになぜ事務所なんだ?」
オレは彼女の所属する事務所スタースタイルに足を踏み入れていた。
「私この後、スタスタに用があって」
「スタスタ?」
「スタースタイルのこと。ごめん界隈用語使っちゃった」
「なるほど」
事務所の建物に入るなり、彼女はサングラスと帽子を取り、耳にイヤリングを付ける。
オレはマフラーを巻き直し、ポケットに手を入れつつ彼女を追尾する。
廊下を通る度玲奈に頭を下げて挨拶していく事務員か、何かしらの関係者。
その内の一人の女性が玲奈に話しかける。
「レナ~会いたかったよー」
そう言って上品に手を振る。
「ええ、久しぶり。一週間ぶりくらい?」
「うんうん、多分ね。最近『青の境界』の変調頭痛が大変でさ……。レナの方は大丈夫?」
「ええ、最近は良くなったけど。そっちはまだ治ってないの?」
「うーん、なんだか偏頭痛みたいな感じ」
その調子で暫時立ったまま話を続けていたようだが突然彼女の視線を感じ、オレは軽く意識だけ向ける。
「……で、その人は?」
女性は背後のオレを見つつ玲奈に尋ねる。
先ほどから玲奈の後ろで待機している謎の存在を不信がっているようだ。
「彼は適宜ボディガードとして呼んでるの。割とイケてる人でしょう?」
愛想笑いなのか普段の会話ではこうして笑うのか分からないが、とにかくいつもは見せないような笑顔で対応する。
割とイケてる?
思ってもないことをよくまあ、こんなに堂々と。
「えー、うん。彼のマフラーはファッションか何か? 真夏にマフラーは暑そう」
「そうじゃない? あんまり分かんないけど」
とぼけてくれているようだ。
杏姉と繋がりがあったのなら、名瀬家の
オレが寒がりであることも以前伝えている。
「へー、レナはこういう男がタイプなの?」
「え?」
「え、ってその反応分かりやす! 絶対そうじゃん!」
「……いや、多分そんなことはないはず」
「えーほんとにー?」
「違うはずだけど」
そこまで否定されると流石に傷付くが。
オレはその砕けた話し方により展開される会話をただ玲奈の背後から聞き流していた。
しばらくの立ち話を終えたあと。
「じゃあねレナ。明後日の収録頑張ってね」
「ええ、ありがとう。またねシオネ」
そこから、今まで会話していた相手はシオネというらしい。彼女はオレに視線を向けた後、そのまま通り過ぎてゆく。
一度どこかで見たことのある顔付きだった。
少し気になり玲奈に聞いてみることにした。
「今の誰だ?」
「彼女は
だから見覚えがあったのか。
「ヴィオラが出ていたテレビで見たことがある気がする」
「かなり昔の話するね? でも多分あってる。芸能界では有名な子よ。歌
「玲奈ほどじゃないがな」
「え……」
意味不明と彼女の顔に書いてあった。
「玲奈が歌っている姿の方がなんとなく魅力的に感じた覚えがある。これは完全に好みの話だが、顔も玲奈の方がタイプだ」
「プフッ……!」
アゲハ蝶が羽を広げたように、いきなり笑いだす玲奈。
右手を拳にし、口の前に持ってくる仕草をする。そのままクスクスと笑っている。
「ん?」
「統也って、そんなふざけたことも言う人なのね」
それは褒めていない気がするけどな。
「それはそうだろ。オレも人間だからな」
「その反応は統也らしくて笑える」
相変わらず笑みをこぼしている。
「けどありがと、遠回しに褒めてくれてるんだよね? お世辞でも嬉しいかも」
少しだけ柔らかい表情を見せてくれた。
おそらく演技では無いだろう。なんとなくそう感じた。
戦闘の際とこのような普段では、まるで見せる顔が違う。これが歌手としての芸能界で培った力か。
そんなことを馬鹿正直に考えた。
「遠回しではなく直接褒めたつもりだったが、生憎オレは会話が下手らしくてな。スムーズに伝わらなかっただけだ」
「それってつまり……私を
「そう思うか?」
「質問したの私なんだけども」
「だが今はオレも質問している」
「そう思うかって、そう思うよ。だって私を今ここで褒める理由はそう多くないはず。あと……願望もあるのかな」
戻った表情、このポーカーフェイスにも慣れてきたところだ。
「願望?」
「ヴィオラも汐音もすごくいい子で可愛いし、歌も上手いから。もちろんミコ……
つまり、自分もそうなりたいと。
彼女は売上だけで言えば女性歌手現在一位だろう。だが、確かにそれと自分の願望は別物。
他人や彼女のファンがいくら彼女を褒めたたえ、崇めようと彼女自身の中にある承認欲求が満たされるとは限らない。
「ヴィオラはもうこの世にいないから除外でいいとしても、
「そうだね……ごめん……。少し話し過ぎた。……統也って不思議。なんとなく警戒できないというか、一緒にいて安心する」
この女の子、自分で今何を言っているのか分かっているんだろうか。
こっちの方がよっぽど口説き文句に近い気がするのはオレだけか。
「それはオレを口説いているのか?」
「え……あっ、うん……そうかもね」
「おい」
「それにしても統也……ヴィオラちゃんの話するとき、まるで旧友を語るみたいだった。知り合いでもないのに。もちろん歌の仕事で私は知り合ってたけど」
「まあ、有名人だからな」
言いながらオレはもう一度マフラーを整えた。
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