第104話 回顧


  *



 四年前。某日。秋田県南部の田舎町。


 平和な日常。この時まではその言葉が適切な、普通の日々を送っていた。


 俺、黒羽大輝くろばねだいきはすでに中学生になっていた。

 意味のない日々、同時に意味のある日々。


 そしてその日々を生きる俺にも、昔から好きな人がいた。

 その子は幼馴染で、何をするにも一緒にいるような、そんな関係だった。

 名は陽子。桃山陽子。



 でも、その日常はとつとして奪われた。



 ある日。それは二月頃の夜だった。

 紫の光と轟音。それはまるで落雷のようだった。

 雨も降っておらず、嵐の前兆はなかった。それでも当時は雷だとしか考えられなかった。



 それからのことをあまり覚えていない。

 けれど覚えていることもある。


 

 紫の光と衝撃から目が覚めた後のことだった。

 何が起こったか家は半壊し、その場には瓦礫を踏みしだく血だらけの幼馴染がいた。

 だが幼馴染だったその子の肌は黒く染まり、瞳が赤く光っていた。正直、人だとは思えなかった。

 悪夢だと思った。

 夢なんだと思った。

 

 これは何かの間違いだと思った。


 そう思いたかった。


 分からなかった。全てが分からなかった。一体何が起こったのか。



 しばらくして、俺はどうしたかって?

 その場で固まった。硬直した。何もできなかったし、何も声に出せなかった。

 そうする必要もないと思った。

 絶望、という言葉に近いかもしれない。

 すべてが虚像の世界に見えた。辺境に見えた。


「これは……何が……」


 半壊した家からは、闇夜の下、無残に破壊された町が広がっていた。

 火事は当たり前で、煙も大量に上がっている。

 炎の地獄のようだった。


「あっ……あ、あぁぁぁ!!」

 

 よく知る山田さん家……。


 八百屋さんの榊原家……。


「陽子……!!」


 呼びかけると陽子は棒のように立ち尽くす俺に近寄り、膝を折ったかと思うと、彼女自身の心臓付近に自ら右手を突き刺した。


 ブシュウゥゥ――。


 血塗れの腕を抜き取った彼女の手に握られているアメジストのような紫の宝石。 

 どうやら彼女の心臓部分にあった様子。彼女はそれを俺の口に押し込んだ。


「んがっ……よおこぉ……!!」


 宝石のサイズで言えば大体野球ボールぐらいの大きさで、こんなもの口に入らないと思ったが、顎がはずれそうになりながらも、口に無理やり押し込まれた。


 その後のこともほとんど覚えていない。

 宝石を口に含んだ後、どういうわけかその宝石は崩壊し砕け散った。

 俺はその破片を飲み込んだ。

 結果、口や喉が血だらけになった。


 それより以後の記憶はほとんど何もない。

 ただ、どれほどの時間が経過したか分からないが、ある程度の時が経った後、誰かに声をかけられ、救出された。その記憶は微かに残っている。



  *



「多分、そのは私の部下」


 控室で長い大輝の話を聞き終え、玲奈が開口一番に告げた。


「確証は?」

「ある。……まず言っておくけど、彼が影人化できるかもしれないと最初に推測したのは私。四年前の秋田県生存者第一捜索隊に派遣されていた私と私の部下が、彼の第一発見者。片目の瞳だけ赤く、一部の肌が黒い……そんな少年を発見したとの報告を受けた時は、流石に私も部下の言葉を疑ったのをよく覚えている」


「なるほど、以降大輝の監視役として二条と里緒を送ったのか」


「うん。彼は人間か影人かの区別がつかない存在だったから私の一存では下手に殺せなかった。黒羽自身も影人化できるかもと申告してきたから、そういう対処をしていたのだけど、今の彼の反応、会話を見るにどうやらその記憶さえ消えているみたい」


 どうりで「二条」の和葉さんも「霞流」の里緒も、札幌地区直轄「伏見分家」の異能士なのか。

 しかも伏見が懐刀とする側近家系の「霞流」や、空間制御方式を扱う高等異能者「二条」を抜擢する始末。

 

 それでも人員が不足したと判断し、旬はオレをこちらへ。……そういうことか。


「でも俺、なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう……」

 

 大輝ポツリと告げた。


「私もその時期前後は割と記憶の齟齬がある。『青の境界』で閉鎖された空間の変調負荷のせいで、記憶障害が起こるって説だから、多分それかな」


 いや、それは……。


 アイツだ……。


 心の中で舌打ちをする。

 邪魔な勢力が多すぎるな。中でも一番厄介なのはアイツとなるだろう。


「玲奈、『シャルロット・セリーヌ』という人物を知ってるか?」

「はい? シャルロット……イギリスの異能士協会会長『セシリア・ホワイト』の付き人をしているという、あの?」


 随分有名なこった。玲奈も彼女を知っているとは。

 しかしイギリスか。遠足気分で偵察に行くには、さすがに遠すぎる。


「フランス人の女子で、精神干渉系の第二級異能を自在に操るS級異能士と聞いてるけど?」

「ああ、オレはそいつを知っている。昔同じ学校に所属していた生徒で、色々な意味で厄介な奴だった」

「同じ学校? イギリスってこと?」

「いや……なんでもない」


「え? 何? 何か言いたいことがあったからシャルロット・セリーヌという名を口にしたんでしょ? 何かあるならしっかり言ってくれないと」


 偶に見る険しい目付きを向けてくる。彼女の瞼が暖色系の瞳を少し隠した。

 オレがあまり意味のない会話をしない人物だと理解しているからこそ、うやむやにするこの言い回しに納得できないのだろう。

 彼女は承認不可という表情をしていた。


「二人で話しているところ悪いんだけどよ、俺からも聞いていいか?」


 オレと玲奈が会話している横から、ソファに座る大輝が尋ねてきた。

 玲奈というよりオレに言ってきている感じがしたので黙って頷いた。


「俺が口にした宝石みたいな紫の鉱石の正体って何なんだ? それは分からないのか?」


 その大輝のセリフを聞くなりオレと玲奈は目を合わせる。

 それがどういう示唆を持っているかは正直関係ない。オレの目線と玲奈の目線が交わったということは、すなわちオレと玲奈が等しく同じ内容を想定したということになる。

 それだけ十分。


「おそらくそれは、紫紺石しこんせきといわれる紫色のクリスタルだ。材質は『二酸化ケイ素』いわゆる『水晶』で影人を倒した際に生成されると考えられていた」


 そもそも大輝が影の身体の一部を体内に取り入れたと聞いた時から、オレはその理屈を理解できなかった。

 なぜなら影の身体は、切り離せばプラチナダストという光の粒に変換されて消えるという奇怪な性質を持っているからだ。

 推測になるが女影もそうして玲奈の呪印部位を切除したと考えられる。


 要は、体内に取り入れる以前にプラチナダストとして消失するはずなのだ。

 そうなっていないということは、影の身体の一部に消失しない部分が存在したということだ。


 そしてそれが、恐らく弱点の核となるコア。紫紺石だった。


「いやいや待ってくれ。俺の時の幼馴染は倒される前からそれを体内から取り出していたぞ?」

「ああ、だから今言っただろ。考えられていた、と」


「紫紺石はコアを破壊されるか刺激された場合に構築される水晶体だと思っていたけど、そうじゃなかった。コア自体が紫紺石へ変化しているだけで、その本質は不変だった、そういうこと?」


「多分、玲奈の言う通りだ。そしてその紫紺石をどうにかして人間体内に含み、一定の条件を満たせばCSSシーズの完成というわけだ」


「そこまでは分からないけど、十分考察に値する内容だと思う」


「……そのシーズって結局なんなんだ?」


 大輝がはてなマークを乗せた顔をする。


「大輝は知らなかったか」


 そう言えば、川沿いの空き地で尋ねた時もCSSのことを知らない様子だった。


CSSシーズっていうのは、人間的思考のできる影人、黒羽……あなたみたいに影人化できる人間の事よ」


 オレの代わりに説明してくれた玲奈。

 CSSの正体が大輝のような影人化可能な人間であることは、未だ本部では明確になっていない様子だったが、この発言からも分かるように彼女は理解している。

 玲奈は何故か本部にそれを伝える気が無いようにも見え、オレにとっては正直そっちの方が活動しやすい。


 そもそも通常の「影」なら数体捕獲され、既に実験されているはず。

 この間の玲奈の「もうすぐ夜が明けるから危険」というセリフからも「影」が昼間にも動けることは明らかになっているようだ。


 一体どこまで知られている?

 一致的知性を有していることも明かされているのか。


 やはり早めに、影人調査部隊に入る必要がある。



 何せ、オレはこの世を知らなすぎる。



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