第[103]話 審議【5】――アメジスト


   *



 本部の長い廊下。オレは瑠璃と密会をしたあと、玲奈に連れられ、釈放された黒羽大輝のいる控室に向かっている最中だった。


 だが、オレは大輝のことではなく先ほどの瑠璃のことを考えていた。


 奴と約束した内容は二つ。命を守ることと、大輝を殺さないこと。

 だが正直、命を守れというのには納得がいかなかった。厳密には上手く解釈できなかった。


 理由は単純明快。彼女の言動が矛盾しているからだ。

 三宮勢力はおそらく命の身柄を狙っている。なぜかは分からないが。

 デパートでの瑠璃が受けていた指示なども全て拓真たくまによるものだろう。

 ならば命を守れという先程の瑠璃の頼みは矛盾しているように感じる。

 オレが彼女を守れば守れるほど、彼らの目的は達成されない。そんなことは誰にでも理解できる事柄だった。


 やはり、彼女の最後の言葉は奇妙と言わざる負えない。

 

「なんか浮かない顔してる」


 と隣で歩く玲奈がこちらに話しかけてくる。

 オレが思考している内容の雰囲気でも匂いで感じ取ったか、心配してくれているようだ。

 伏見一族のSEサイドエフェクト超嗅覚オルファクト」は、人の表面的な感情や内面さえも匂いで嗅ぎ分けることが可能といわれている。

 杏姉きょうねえの持つ極度の「暑がり」や、オレの「冷え性」のようなマイナスなSEじゃないのは何とも羨ましいと思った時期もあったが、四六時中色んな匂いを感じるのは、それはそれで不快だなとも思った。


「そうでもないさ」

「そう……だといいけど。……あなたはおそらく私よりも多くのことを考えているのでしょう。あまり背負い過ぎないでね」


 オレが拓真を倒したことについて彼女も少なからず驚いているだろうが、それでも彼女はオレにそのことを一言も述べてこない。

 あの決闘の時、オレと拓真に何が起こったのかも理解できず、その詳しい事情をもっと知りたいとも思っているだろう。

 だが、おそらくオレにとって触れてほしくない内容だと本能的に悟ったか、あるいは単にオレのことを案じているのか。

 その内容について一切触れてくることはなかった。


 関係ないかもしれないが、なんとなく、彼女が女性として人気な理由が分かった気がした。



   *



 オレは控室のドアを開け、中に入る。


「ん、元気だったか? 大輝」

「あっ……統也! お前、成瀬なるせってなんだよ! 名瀬って苗字は偽名だったのか? ていうか、俺が影人になっただって? あの四年前に現れ、世界を破滅に追い込んだ怪物と同じ姿になったって、議会の人たちが口を揃えて言っていたぞ。お前もそう言っていたよな!?」


 開口最初にまくしたてる。精神的に安定しているとは言い難いな。


「まあ、落ち着け」

「いいや落ち着いていられない! 大体、どうして歌手の玲奈さんがここにいるんだ? 議会でも話していたけどよ。一体どういう流れだ、これは?」


 少し後ろ側にいる玲奈に軽く目線を送る。


「取りあえず落ち着いて、冷静になって。あなたはもう大丈夫。私たちは三宮家みたいに非人道的な実験をしたり、殺したりはしないから」


 前へ出て彼に近づく玲奈が、なだめるように語るが大輝の表情はあまり変わらない。相変わらず険しい。


「こんなまじかでは初めて見る。ほ、本物の伏見玲奈だ……。か、かわいい」


 そんな欲求丸出しで語る大輝。

 今まで偽物だとでも思っていたのか。


「良かったな大輝。あの人気歌手、本物の伏見玲奈と会話できている。これも全部お前が影人化できる身体のお陰だ」

「変な言い方はやめて」


 玲奈はいつも通りのポーカーフェイスながらピシャリ言った。人気歌手という言い方が気に食わなかったようだ。

 この間里緒と泊まったビジネスホテルのテレビに出演していた玲奈は、他の出演者に笑顔を振りまいていたのにな。

 そんな冗談めいたことを考える。


「で、これからどうする? 大輝、お前には二つの選択肢がある。一つはオレと行動を共にし、影人退治に助力するというもの。その際の所属は名目上異界術士になるだろうが。そしてもう一つの選択は、通常通りの私生活を順守し学校に行くというものだ」

「ちょっと待てよ。いかい……じゅつし…ってなんだよ? 何かの役職か?」


 そうか、異界術士は議会中に言葉としては出てこなかったか。


「『境界部隊』って分かるか?」

「ああ、なんか『青の境界』設立後に作られた新設の自衛隊だっけ? なんか、噂で聞いたことがある。だけどそんなの都市伝説だよな?」

「いや、全て本当だ。一般学校の社会「現代史」で学ぶ『青の境界』設立の際に吹聴された『隠されていた戦闘技術』っていうワードがあるが、あれは『異能』のことだ。お前も議会やその会話を聞いていたのなら、本当はもう気付いてるんだろ? IWに『異能』があることや『影人』が潜んでいることに」


「それは……」


 俯く彼を無視して続ける。


「オレ達は『異能士』といって、人知れずIWに潜む影人の討伐を生業とする者たちだ。その多くが特殊能力を持った異能者で、様々な異能を駆使して影人と戦闘する。普段は別の職業や立場で生活しながら各地域での討伐活動を担当している。例えば、二条和葉なら教師、玲奈なら歌手、オレなら生徒をやっているようにな。少なくとも『異能大国』である北日本国ではそうだ」

「統也も、すげえ超能力を持ってるってことかよ」

「ええ。同様に私にもある。異能病院で散々口封じされてきただろうけど、もちろんこれは秘匿事項、守秘義務が課せられる」


 大輝は元々そんなに騒ぎ立てるような男子生徒ではなかったが、審査議会中はやたらと大人しかった。

 おそらく色々なことを思考し、他人の会話などから情報を集め、それを無意識的に整理していたのだと思われる。


 少し冷静になったか、大輝は静かめに話し始める。


「……なんで……IWに影人がいるんだよ? それを防ぐための『青の境界』じゃなかったのか? そもそも俺が影人になれるって……そういえば、そんな記憶があったような……もう訳が分からなくて狂いそうだ!」


 その直後だった。

 彼は突然頭を抱え、悶え始める。その様子から頭痛を抑えていると分かった。


「ん? どうかしたのか?」

「大丈夫?」


 玲奈も屈みつつ、彼の調子を確認しに行く。


「ああ……大丈夫だ……」


 大輝は何とか振り絞った声で言った。


「昨日は影人化したばかりだしな。体力、体調共に完全回復って訳にもいかないようだ。その影響で頭痛の一つや二つが起こってもおかしくはないだろう。まあ、こちらが思っていたよりもお前は人間だったってことだ。……聴取は後にする。取りあえず病院に戻れ……オレの呪印を付けた後にな」


「それがいいかもね」


 言いながら玲奈と歩み、控室から出ようとするが――。


「待て……一つだけ……今、思い出したことがある」


 具合の悪そうな顔でオレと玲奈を交互に見る大輝。


「なに?」

「俺は以前玲奈さんに会って、このことを伝えた。その記憶も今、思い出した。なぜ今までこんなに重要な記憶を忘れていたのか正直自分でも分からない。けど思い出した。昔、そう……四年前、俺は影人の体内にあったアメジストのような宝石を―――――食べたんだ」


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