第44話 過去


  *(命)



「うーん! このホタテおいしい!」

 

 なにこれ、おいしすぎる!

 あー幸せー。

 私は自分のほっぺたに手を当てる。


 彼が連れて来てくれたこの店はお寿司屋だった。お寿司屋と言っても高級料理店のようだけれど。

 寿司の値段が結構高いものまであるが、統也くんが全部払ってくれると言う。

 私自身かなり稼いでいる方だけれど、せっかく統也くんが奢ってくれるというのだから、その言葉に甘えようと思う。


 彼と一緒にこんなにおいしいものが食べられるなんて、ここは天国か何かなのだろうか。

 

「ああ、うまいな。みことも気に入ってくれてるみたいだし良かった」


 そう言う彼は、すでに十貫を食べ終えていた。

 彼は想像以上に食べる様子。

 正直彼の体格からは予想もできない。こんなにスラッとした体格でこんなに食べてしまうなんて。

 とは言っても。陸斗と彼がバスケの勝負をするより前から、統也くんがすごい筋力を持っていることは知っていたけれどね。

 

   

    *



「あーおいしかったね。ごちそうさまでした。なんか払ってもらっちゃってごめんね?」

「いや、いいんだ。気にするな」


 それより次どこへ行くかだが。

 オレは色々な思考を脳で処理する。


「『気にするな』って……統也くんの口癖なの? 毎回それ言ってる」

「ん? ああ、もしかしたらそうかもな。無意識だけど」


 そんなことより。

 デートプランを考えた栞によれば、お互いお腹いっぱいになってるから少し休憩するべし、と言っていた。

 というか今気づいたが、食事は最後の方が良かったのでは?

 まあいいいか、過ぎたことだ。今考えても仕方ないか。


「そう言えば、何か観たい映画があるそうだな。今上映されているだとか」

「えっ……? なんで知ってるの?」


 驚いたように聞いてくる。

 どうやら、みことは自分の見たい映画を栞にしか話していなかったらしい。

 これでは誤魔化せないな。正直に話すか。


「栞から聞いた」

「へ、へーそうなんだ」


 どことなく他人行儀な風にそう言う。

 若干元気がなくなったような、活力を失ったような、そんな表情をしていた。


「どうかしたのか?」

「うん? どうもしないよ。ただ……やっぱり栞とも仲いいんだなって」

「それは……仲いい方だとは思うが。いつも香とかと一緒につるんでるしな」

「そうじゃなくってさ……個人的に……みたいな?」

「個人的に? いや、普通に友達だが?」

「そうなの……。じゃあ霞流かするさんは?」

里緒りお?」


 随分と急に里緒が出てきた。


「しかも……名前で呼んでるし」

「里緒がどうかしたのか?」

霞流かするさんと統也くん……体育のとき、二人ともめっちゃ仲良さそうだった。マフラー巻いてもらってたし。今日だってそのマフラーつけてるでしょ?」


 オレはそう言われ、自分の首元に巻かれている黒に白チェックのマフラーに手で触れる。


「……ああ、まあな」

 

 これはプレゼントだからだ。

 だが、次の瞬間、みことはとんでもないことを聞いてくる。


「もしかして付き合ってるの?」

「……ん? えっと……誰と誰が?」

「統也くんと霞流かするさんが……だよ」


 とんでもないことを言い始めたな。

 

「付き合ってると思うのか?」

「体育のとき、なんかいい雰囲気だったし。可能性が無くはないのかなって……」

「いや、そんな可能性は無いよ。付き合ってない」


 オレははっきりと言い切る。

 付き合っていないものは付き合っていない。 


「ほ、ほんと?」

 

 何故かみことの雰囲気が、花が咲いたようにパアァっと明るくなる。太陽のような笑顔、とでもいえばいいか。


「ほ、ほんとに、ほんと?」


 繰り返しそう聞いてくる。

 随分と嬉しそうだ。


「ああ、付き合ってないよ」

「ふ、ふふん」


 何故かずっと顔が笑っている。いや、二ヤけていると言った方がいいか。

 というより、幸せが顔から漏れ出ているといった様子だ。


 我慢しきれないというように顔をクシャっとさせ二ヤける。

 彼女は両頬に両手を当て、何かを抑え込むような仕草をする。


「んんーー」

みこと……どうかしたのか?」

「え? いや……なんでもないよ!」


 とは言っているが、その顔からは喜びが滲み出ている。

 すごく嬉しそう。

 そして可愛い。


「そ、そうか……」


 まあ、よく分からないが幸せそうならいいか。


「それより私を映画に連れてってくれるんでしょう?」


 少し前を歩いたみことがモデルのような所作で振り返る。


「ん……ああ。この店の二階に映画館があるからな。そこに行くつもりだ」

 

 オレらが今いるこの大型デパートでは二階に映画館が配置されている。


「うん、わかった。連れてって」



   *



 私の隣で歩く統也くんを見る。


 私の思考の中では彼はモテモテ。

 だって栞も好きだって言ってたし。

 このことは、香くんと栞、統也くんで帰った学校終わり、立ち寄った店のトイレで聞きだしたことだった。

 本当は統也くんのことどう思っているのか、と。私は彼女に問いただした。

 彼女は気まずそうに俯き「少しだけ気になる」そう言った。

 びっくりした。

 BLにしか興味を持たなかった栞がそんなことを言うなんて。

 正直焦った。

 けど、栞のことは友達として信用してたし、素直に統也くんに対する自分の気持ちを話した。どうしてそう思うようになったのかも。

 


 そんな統也くんと食堂の前で初めて再会したとき、私の心はめちゃくちゃになったのを覚えている。

 当然とでも言うように、私の両目からは涙が溢れた。


 やっと、会えた。……やっと。

 その気持ちだけが私の心を支配していった。


 彼の目の前で恥ずかしいところは見せられない。そう思っていたのに。

 泣いてしまい、いきなり失敗してしまった。



 だって、仕方ないよね。


 ずっと、ずっと会いたかった人なんだから。


 この三年間、ずっと彼を探して生きてきたんだから。


 彼と会うために、頑張ってきたんだから。


 彼と会った時のために短かった髪だって伸ばした。

 アイドルにだってなった。

 スタイルだって良くなった。

 勉強だって頑張った。

 

 統也くんと会えるその日だけを信じて。


 完璧を目指した。



 

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