第45話 過去【2】
*(命)
4年ほど前、
その後「青の境界」が設立され世界は少しずつだけれど平穏を取り戻しつつあった。
でもそれは、そうしなければいけなかったから。
そう。それは
本音じゃない。
本当はみんな
たとえば私のように……。
別に珍しいことじゃない。私の母・
当時はそんな影人を憎んだ。とんでもないほどの殺意と怒りが私の体中を襲ってきたのを覚えている。
私の父はそんな残虐で非道な現実に耐えられず、酒とギャンブルに溺れていった。
私だって逃げたかった。消えたかった。認めたくなかった。
これが現実だなんて。
あの優しかった、大好きだった母がもういないなんて、信じられなかった。
私も父も彼女を愛していた。この世の誰よりも。
三年前の夏の日の夜。
私は家の近くの夏祭りに行ってみた。
祭りの雰囲気や人込みで私のストレスを紛らわすためだった。
家に帰れば酒に狂った父がいる。
自分の部屋にこもり目を瞑れば、死んだはずの母が語りかけてくる。
私は逃げるように夜の街に逃げ込むようになっていた。
たまたまその日は夏祭りだったというだけ。
近所の大きな公園で祭りが開催されていた。
私は当然のようにそこへ逃げ込んだ。
詰まりそうな人込みや沢山の人々の騒がしい会話が私を現実から逃がしてくれた気がした。
夏の暑さが残る夜。
この頃の私はまだ髪が短かったため首元はそこまで暑くはなかった。
けれど、そんな祭りの夜にも異変が起き始めた。
特に意味もなく
「――――ちょっとそこの君……
サングラスをかけた黒いスーツ姿の男が三人、目の前に現れた。
うち一人が私の腕を強く掴んできた。
私は当時14歳。こんな風に言い寄られたら私のような少女は怖がるのが普通なのでないだろうか。
「きゃあっ! 放して! あなたたち……誰!!」
知らない人に腕を掴まれ気持ち悪いという感情と同時に強烈な恐怖が私を強襲してきた。
私は必死に抵抗した。
だが、相手は成人している男。
少し力を入れたくらいで手を離せるわけもなく―――。
「ちっ……うるせえな! 黙れ! 大声をだすな。やっぱり穏便には捕らえられないか」
私の口の周りには何かが巻かれる。
いわゆる
「んん……うぅ……んんん!」
必死に声を出し助けを呼ぼうとするが声が思うように出せない。
私は怖くなって大粒の涙を流した。
同時に両手にもロープのようなものを巻きつけれら、自由を奪われた。
その後、私は黒い布で目隠しされどこかへ連れていかれた。
しばらく歩かされたのでそんなに遠くには行っていないはずだった。
嫌だ、帰りたい。
帰りたい。帰りたい帰りたい。
「おい、そこに座れ」
意味も分からず、私は目隠しされたまま座らされる。
ここは……どこ?
「こいつが例の少女か」
「この女……? 普通に見えるが」
他の男たちの声も聞こえてくる。
どうやら男たちが数人増えたよう。
「なぁ……こいつ意外にいい体してるぜ。少しくらい犯したってバレないんじゃないか……」
当時私はこの言葉の意味をしっかりと理解していたわけじゃなかったけれど、それでも気持ち悪い響きから最悪なことなのだろうと感じ取っていた。
「ふざけるな。依頼主から丁重に扱うようにと言われている。傷一つ付けるな、とな」
「ちぇ……つまんねえな」
「いちいち文句言うな。この女さえ依頼主に引き渡せば、一生遊んで暮らせるような大金が手に入る」
た、大金……? どうして私がそんなお金になるの?
体? いや、違う。
私の体は別にそんな特別じゃないはず。
……じゃあ、なに?
どうして私はそんなお金になりえるの?
少し落ち着いてきた私はそんなことを考える。
「約束の時間まであと一時間もあるぞ。どうするんだ?」
「知らねえよ。好きにしろ。暇ならその女の胸でも揉んでおけ」
「おい、だからそういうことは……、まあ胸を揉むくらいならいいか。ただし傷付けるなよ」
え―――――――嘘でしょ。
こんな人に胸を揉まれる?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
気持ち悪い。気持ち悪い。
放して!
嫌だ!
「う……ううぅ……んん!」
私は必死に声を出そうとあがく。
嫌だ、と。
助けて、と。
生暖かい変な風が私の皮膚に届く。
これは……息……。
目の前に誰かいる。
「はぁ……はぁ……」
きっと胸を揉むとか言ってた男のだ!
気持ち悪い……!
誰か……助けて……!
心の中で必死に叫んだ。
助けが来るわけもないのに。
そんなとき。
――――――――――ズダッ!
何かが強く打ち付けられたような音。
この音が奇跡の始まりだった。
「うわぁっ――――!」
そのとき、すぐ近くの前からそんな男の声が聞こえてくる。
「な、なんだこいつ!」
急に周りが騒がしくなるのを感じる。
目隠しされているせいで視界は通らないが、男達みんなが忙しなく動いているのが分かった。
「おいガキ! こんなことしてただで済むと思うなよ!」
……ガキ?
その男の言い方的に、ガキっていうのは多分私のことじゃない。
「それはこっちのセリフだよ。……少女を拉致監禁。あんたら、こんなことしてただで済むと思っているのか?」
聞いたことのない少年の声が聞こえてくる。
その声から考えると、私と同い年くらいの年代の声に聞こえた。
ドスッ――――!
さらに何かが衝突するような音が鳴る。
「ぐあぁ! くっ……こいつ……!!」
「おい、お前ら、相手はガキ一人だぞ? なにをてこずっている!?」
ヒュー、ドサ! ドサッ!
またこの音。
何かが強く打ち付けられているような音。
そのとき、唐突に何かが軽くぶつかってくる。
「っ―――!」
目隠しのせいで視界が封じられてるから、状況が分からない。
しかし急な衝突に驚いた私。怖くて強く目を瞑っていた。
目隠しされているので目を閉じていようが開いていようが見える物は変わらない。
それでも形式上、恐怖で目を瞑っていた。
しばらくしてから私はゆっくりと目を開ける。
すると、強めに巻かれていた目隠しが軽く取れたことに気付く。
完全に外れたというわけではないけれど、これで少しなら前方が見えるようになった。
辺りは薄暗くはっきりとは見えなかった。でも私のいるこの場所は倉庫の中のよう。
何より驚いたのは目の前に三人の男が倒れ込んでいたこと。
一人は私のすぐ横で倒れている。
どうやらこの人の体と目隠しが接触して緩んだらしい。
でも、誰がこの人たちを……。
私は正面を見る。
横たわる三人の男の奥でマフラーをした少年がこちらに背を向けて立っていた。
身長はそこまで高くない。
体格もスラッとしており、一般的な体つきに見える。
でも、その少年の背中は私にとっては英雄にしか見えなかった。
季節外れにも、夏のこの日にマフラーをした彼はゆっくりとこちらを向く。
まさか……彼がやったの? これを? 三人の男を倒した?
あり得ない。
まだ私と同じくらいの年齢の少年なのに。
「貴様あぁ!」
マフラーをした少年の左からサングラスの男が殴りかかる。
少年は、男のパンチで狙われた顔を素早くのけぞらせ、腕を右手で強く掴んだかと思うと、左手で思いっ切り腹部を殴りつける。
男は痛みで顔を歪ませると同時にその場で崩れ落ちるように倒れ込む。
結果的にその場に四人の男が倒れる。
それでもまだ、彼の周りには二人の男が立っていた。
どうやら私が連行された後、あれから三人の男が合流し合計六人になっていたらしい。
突如としてマフラーの少年が口を開く。
「初めは代行者かと思っていたが、違うな。あんたら……何者だ?」
「お前こそ一体何者だ? ガキ一人でこんなにしやがって!」
「それは、あんたらの知る必要のないことだ」
大人の前で語る堂々たる態度。怯まない目つき。クールな表情。私はもうこの少年の虜になっていた。
「俺たちに勝てると思っているのか!?」
「逆に聞くが、その程度の戦闘技術でオレに勝てると思っているのか?」
少年が言い放ったと同時、背後の男に蹴りを入れる。
もろに入ったその蹴りを受け、相手の男が私よりさらに後ろに吹き飛ばされる。
す、すごい……! この少年、素手なのに、ものすごく強い!
そんなことを考えているとき。
「クソッ……この手は使いたくなかったが―――」
最後の一人となった男が言いながら胸ポケットから黒い塊を取り出す。それは不気味に黒光りし、カチャっと音を鳴らす。
その黒い物体の正体は―――拳銃だった。
「動くなよガキ。脳天に弾丸をぶち込まれたくなければ、な」
そう言いながら、男が少年の目先に銃口を向ける。
「んんん!! ………ん!」
ダメ……!! 彼を撃たないで。お願い……殺さないで!!
そう言いたいが、顎付近に巻かれた
彼は何も悪くない。
悪くないのに……。
また涙が溢れる。
しかし――――。
「はぁ……」
まるで動じず、平静な体裁の少年がため息を吐くと同時。
「なっ――――――!!」
少年は素早く男との間合いを詰め、左手で拳銃を払い除ける。
バチンッ!
加えて右手のひらで男の顔面を強く打ち付ける。
その後さらに男の首に
彼がその蹴りを入れ、回転した際に風を切るような音が鳴るほどの威力。
「ぐぁっ……!!」
男は力なくその場に崩れ落ちる。
どうやら気絶したようだった。
少年は何事もなかったかのような真顔でその場を治めると、こちらに向かってくる。
私と同年代の少年が、銃を相手に、勝った……?
当然、困惑する。
「えっと、大丈夫?」
正面で立ち止まった少年が優しく声をかけてくる。
私はこくりと頷く。
「今、その手枷のロープとか解く」
少年は私の目隠し、手のロープ、猿轡をそれぞれ素早く外す。
「あ、ありがとうございます。た、助けてくれて!」
「うん」
やっと話せるようになった。
怖かった。
不安だった。
けど、今は彼がいるから。
「えっと……君の名前は?」
そう聞いてくる。
「み、
けどもう大丈夫なんだよね。
安心感でもう一度涙が溢れる。
「
彼が囁きながら囁きながら私を包むようにそっと抱擁してくれる。
その際、私のうなじに熱が集中するような変な感覚があるが、この時の私はそれどころではなかった。
ただただ彼の胸の中で泣きじゃくった。
名前すら知らない少年の胸の中で。
私は泣き叫んだ。
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