第39話 勝負の行方



  *


  

 同日の昼休み時間。


 学食に来ていたオレとこうは昼食を平らげていた。

 オレはカレー。香はラーメンだ。


「いや~結構食ったな。このあとの昼授業で体育とかキツすぎだろー」


 香がお腹をおさえながら言う。

 ラーメン大盛りなんか食べるからだ。


「そんなに食ったらそりゃきつくなるだろ」

「逆に聞くけどよ、統也はそんなに少なくていいのか?」


 聞いてくる香。


 少ない? これが、か。

 オレは自分の目の前にあるカレーライスを見る。

 カレーの中盛りサイズとはいえ、カレーはカレーだ。そんなに内容量を少なくできる食べ物でもないだろう。


「いや、逆に聞くが香はなんでそんなに食えるんだ?」

「んー、あー。もしかしたら一年のときに部活やってたからかもなー。胃が大きくなってんだろーな」

「部活? やってたのか」


 結構長い間、彼と共に学校生活を過ごしているが部活をやっていたなんて話は聞いたことがない。


「ん、ああ、まあな。ほんの少しだけ。去年の冬頃にやめちまったけど」

「そうか。だから意外とガタイがいいというか、体がしっかりと出来ているのか」

「ん……そうか? そんなことないと思うんだけどよ。なんか統也に言ってもらえると嬉しいな」


 少し冗談交じりに語る。

 その表情がなんとなく少し寂しく見えたのはオレだけだろうか。


「なんでだ?」

「……ん? 何がだよ」

「いや、なんでオレから言ってもらえると嬉しいんだ? 単純にそこが疑問なんだが」

「んん……実はよ。統也の体が仕上がってることは知ってるんだ」


 そんなことを言い始める。


「どういう意味だ?」

「とぼけるなよ。俺はこれでも元選手だったんだ。小さい頃に空手からてとかもやってたしな。……自分で言うのもあれだけど、スポーツ面からの体格についてはかなり詳しい。統也が転校してきて教室に入ってきたときから、お前の全身骨格が他の人より強靭なことも、足腰が強力なバネになっていることも………いやな、そもそも統也の筋肉は高校生のものとは思えないほどに発達しているだろー? 俺以外の人が見ても細マッチョくらいにしか思わないんだろうけど。いつも長袖のブレザーを着てたり、体育の時も長袖長ズボンで隠してたつもりなんだろうけどよ。おまけにマフラーまでしてたからな。今日はつけてないみたいだけど」


 なるほど。香も油断ならん奴だ。

 直接オレの体を見せつけたわけでもないのに、こうも安々と分かってしまうものなのか。

 別にバレてまずいというほどの事じゃないが、オレの体を見られないように体育の際のジャージ着替えの時など、隅っこでひっそりと着替えていたんだが。

 

「筋トレを趣味でやっていた時期があったんだ。今はもうやめたけどな」

「ふーん。筋トレね~。にしては体幹がしっかりしてるよな?」


 鋭いな。

 ことスポーツ体格に関しての内容だけならオレよりも詳しいかもしれない。

 通常の筋トレで増やせるのは持久的な筋肉のみ。運動に必要な瞬間的な筋力じゃない。

 結論から言えば、筋肉さえあれば運動もスポーツもできるということにはならない。


「そんなことより元選手って言ってたよな。香は何の選手だったんだ?」


 オレは話を逸らすことにした。


「あ? ん? ああ。それは……あんまり、俺にとって楽しい話じゃないけど……」

「話したくないなら別に話さなくていい。ただ、部活も同じだったんじゃないかと思ってな」

「ふっ……いいよ。統也には教えてもいい」


 少し自嘲気味に笑う。こんな香は少し珍しい気もする。

 そんなときだった。


「おうおう! これはこれは、東川ひがしかわじゃねえか」


 オレたちの背後からそんな声が聞こえてくる。

 東川とは言わずもがな香のことだ。

 さらに、この嫌味ったらしい言い方と口調はどっかで聞いたことがある。しかも今朝。


「なんだよ陸斗りくと、今更俺に何を言いに来た? お前の言う通り、部活だって止めてやっただろう」


 オレの隣に座っていた香が振り向きながら陸斗を睨みつける。


 そう。声をかけてきた人物とは陸斗だった。


 オレもゆっくりと振り返る。

 陸斗の隣にもう一人、取り巻きの男がいた。


「東川、今から数十分後に始まる合同体育で俺はとバスケで勝負する」


 そこのそいつ、というのはオレの事。


「はっ!? なんでだよ!」


 香が驚いたような怒ったような表情で陸斗を見る。

 彼のこめかみに一筋の汗が垂れる。


「森嶋もいいと言ってくれた。俺が勝ったら俺とデートするとも約束してくれたしな」


 陸斗がそう楽しそうに語る。


「なに!? 統也、それは本当か?」

「ああ、残念だが本当のことだ。オレは午後の体育の時、この男とミニバスケで勝負する。勝った方がみこととデートするという約束だ」


 オレがここまで言うと、香の顔の血の気が引いていくのが分かる。

 そんな香とは対照的に陸斗は余裕の表情のままその場から去っていく。


「んじゃ、俺はこれで失礼させてもらうよ」


 そう言いながら――。

 オレは彼がそのまま離れていくのを確認すると、口を開く。


「オレたちもそろそろ行かないと体育に遅れるぞ」


 だが、返ってきた言葉は、このオレのセリフに対する返答としては不適切なものだった。

 

「無理だ……」

「何が無理なんだ?」

「陸斗には勝てない。統也でも無理だ」


 香が絶望したような雰囲気でそう言い切る。


「やらなければ分からない」

「いいや、やらなくても分かる。あいつに勝てるわけがない。元選手だったくらい、バスケが上手かった俺でも一回も勝てなかった。以前のみことの賭けの時だって、俺は……勝つことが出来なかった。もっとやれたはずなのに……くそっ!」


 悔しそうにそう語るが。

 なるほど。香のやめた部活とはバスケだったようだ。


「そうか。栞が二の舞になると言っていたのはこのことか」


 一度

 どんな賭けをしたのかは知らないが、部活をやめたとか話してたからな。

 もしかしたらそれが関係しているかもしれない。


 これですべてに合点がいった。


 みことの「オレなら勝てる」というセリフも。

 かつて香が負けてしまったけれどオレなら、という意味だ。


 栞が「よりによってバスケ」と言っていたのも。

 色々あったんだろう。


 オレは酷く落ち込む香を無理やり連れて、食堂を出た。



   *


 

 いよいよその時が来た。


 すでに5時間目のバスケの小テストは終わり、6時間目のミニゲームの説明がなされていた。


「―――説明は以上。基本ルールは普通のバスケと変わらないから、何か分からないことがあれば、バスケ部に聞くように」


 体育の顧問の先生がそう言うと生徒一同一斉に散らばる。

 

「さすがに4クラスとなると相当の人数になるんだな。改めて実感した」


 オレは隣にいる栞に話しかける。


「五時間目も同じだった」


 いつもより冷たい反応をされる。


「まあ、そうなんだが」

「うん」


 栞はそう言いながら、眼鏡メガネを外し、レンズを綺麗にしていた。


「やっぱり、怒ってるのか」

「うん、それはね。だってとーやがバスケで勝負するっていう陸斗に乗るから……」

「それは悪かった」

「もういいよ。だって仕方ないし」

「許してくれるのか。優しいな」

「別に優しくないよ。みことのこと守るのもすっごい大変だけど、自分の気持ち隠すのも大変なんだ。ただ―――それだけ」

「……何の話だ?」


 オレは明るい場所から真っ暗な闇へ落ちていくような感覚になる。急に話が見えなくなった。


「さーね。なんの話だろうね。鈍感なとーやには多分一生分かんないよ」

「………」

「面倒だから、うちが貰っちゃおうかな」


 オレが黙り込んでいると栞はそんなことを言い始める。


「何を貰うんだ?」

「この世界で最も鈍感な王子を、よ」


 もっと意味が分からなくなった。


「すまない。何を言ってるのかさっぱりなんだが、どうすればいい?」

「でしょうね。………そんなことより、もうすぐとーやの班の出番よ。陸斗との勝負、そろそろ始まるね。緊張してないの?」

「緊張? 生まれてこのかたしたことがない」


 事実だった。

 小さな緊迫感くらいなら感じたことがあるかもしれないが、緊張しすぎて……なんてことは一度もない。


「えっ……さすがにそれはすごいね。うちなんかバスケの大会前すぐに緊張しちゃうよ」

「大会前に緊張したら香の顔でも思い出せばいいんじゃないか?」


 一応心理学的には、常に共にいる人、いわゆる仲のいい人や家族を想起することはヒーリング効果をもたらし、ストレスの軽減につながると考えられている。

 結果、緊張が和らぐことがある。


「えぇ、なんで香なの? 確かにそれだと一周回って緊張しなさそうだけどさ」


 そういう意図じゃないんだがな。


「香がダメならみことやオレでもいい」

「それなら、とーやにする」

「うん?」

「ミコはいつもうちと一緒にいるから今更って感じだしさ。とーやなら新鮮だしいいかなって」

「まあ好きにしたらいい」


 オレがそう言ったタイミングで係りの生徒がオレの班を呼ぶ。

 相手である陸斗の班も同じタイミングで呼ばれる。

 どうやら勝負の時らしい。


「好きなだけ負けてきな。陸斗相手なんて、ぼろ負けするだろうけどうちが慰めてあげるから」


 栞はいつもは見せないような母性的な目付きでオレを見送った。


「ああ、ありがとう」


 オレは自分の班員と共にコートの中へ入った。






 残念だが、おそらく――――――――オレが勝つ。



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