第38話 トップシークレット
*
「つまり協会本部では
オレは対話室で和葉さんに悠々と語られた長い状況説明を聞いた後、そう聞く。
「ええ、そういうことになるわね。なんなら今頃、本部では異能統治権力者たちが議会を開いているところよ」
「今、ですか?」
里緒が若干困惑した様子。
「ええ、ちょうど今頃よ。立案代表を
オレの師である旬さんの娘、伏見玲奈か。歌手をやってるっていう。
マナのエネルギー保存量変換を主とする、御三家最難関の異能「
14歳のときには、「
まあ、かなりの
「それはいいとして、オレたちにどうしろと言うんですか? まさか、本部が会議しているという状況報告のためだけに授業時間を潰したわけではないですよね?」
「でも、話したかったことの一つ目はそのことよ。本部の意向を全異能士関係者に伝達するよう言われていたから」
「なるほど。とにかく、そのくらい
「ええ、そうなるわね。私もこれから大変かもしれないわ」
その後何故か里緒の方を向く。
「そろそろ二つ目の内容を話すわ。……まず里緒、あなたの異能士階級は今、C級ということになっているわ。その事に間違いはないわね?」
いきなり里緒の方を向いたかと思えば、和葉さんはそんなことを里緒に聞く。
「はい……間違っていません……が、それがどうかしました?」
「いえ、ただの確認よ。そして統也くん、あなたは階級なし。そうよね?」
内容の最後の方はオレの方を向きながら訊いてきた。
「ええ、そうですよ。階級はありません」
「この状況で影人討伐依頼を受ける続けるには、もうそろそろ限界なのよ」
それはそうだろうな。オレの階級をD級異能士と詐称するにも限度があるだろう。
「そこで統也くんには、本来8月に編入予定だった異学(*)に、来月行ってもらうわ」(*異学……異能士学校の略称)
「え、来月……?」
里緒が驚くのも無理はない。
今日は5月23日。つまり来月とは言っているが、数日後のことだ。
「そうよ。6月6日から編入予定。変更は出来ないからよろしく」
オレの意思は尊重されないのかよ。
心の中で愚痴をこぼす。
「まじかよ」
いや、実際にも口に出す。
「マジよ。しょうがないでしょう」
「統也、ガンバー。応援してるよー」
棒読みだがそう言ってくる里緒に抱きつきたくなる衝動に駆られる。
いやらしい意味ではなく、げんなりしているオレを励ましてくれた喜びで、という意だ。
「それと……統也くんの異学での所属は、異能部ではなく異界術部。通称ブラック。さすがに知ってるわよね?」
「ええ、知っていますよ」
まあ、そうなるわな。
オレは別に異能を学びたいわけじゃない。
結果。無能集団、無能力者、ブラックと蔑まれる異界術士のコースに配属されるのは正しい。
そこでは影人との戦闘方法、奴らの弱点、マナの性質について学ぶことは言うまでもない。
オレは心の中で一人納得していたが、どうやら里緒はそうではないようだ。
「え……ブラック?……名瀬が!? 何かの間違いじゃ……」
随分とオレを買ってくれているようだ。
こうして里緒から遠回しにでも褒められるのは素直に嬉しい。
「……間違いじゃないのよ。これは名瀬家の当主であり、かつての私のギアであり、そして今は旧日本の異能士界隈を束ねる
「いや、え……それは分かりますよ。確かに
彼女の言う「あそこ」とは、どうやら異界術部のことのようだ。
この話や里緒の反応などを見ると、本当に異界術部が侮られ、見下されているのが分かる。
「そうよ。でも仕方がないことなの。里緒はあの制度の闇を知っているから心配しているのかもしれないけど、大丈夫。彼は碧い閃光の弟」
言いながらオレを見る。
「それは、そうですけど……」
「大丈夫だ里緒。心配いらない。オレはそこでひっそりと出席して、階級だけ取って帰ってくるさ」
おそらく異能士学校卒業資格、すなわち異能士階級を手に入れるためには、少なくとも一年を消費するはず。
飛び級の里緒がそうだったように。
基本的に異能士は二年間の訓練や学習をして、晴れてD級の異能士になる。
だが例外もある。
例えば、名瀬の息がかかっていると先ほど話を聞いた時点で、オレは一年程度でその学校を卒業できるだろう。
「でも本当に階級なかったんだね、名瀬」
「今まで嘘だとでも思ってたのか」
「無理もないわ。私も初めはかなり耳を疑ったから……。杏子がなんども真面目な声でそう言ってるのを聞いて初めて事実なんだと思ったくらいよ」
声、ということはどうやら今でも杏姉とは通話の
「私も思い出しました。出会ってすぐに階級がないと言われて、この人何言ってるんだろうって思ってました」
二人はオレの階級がないという事実について話を盛り上がらせていた。
もうすぐ一時限目の時間も終わる頃だろう。
オレ自身の話をワイワイとしている彼女たちの横で、オレはたった一人浮遊感のような奇妙な感覚に襲われていた。
異能士階級を持っていない、というこの言葉。このフレーズがオレの頭の中で引っかかり続け、今もなお、オレの脳内に霧のようなモヤをかけていた。
そう――――――――。オレは階級を持っていない。
だがそれは異能士階級のことに関してだけだ。
本当はオレがどんな人間なのか、どんな不安定な存在なのか。
それでいい。
それが一番堅実なんだ。
オレがあの軍機関の諜報部エージェント、通称アドバンサーであることも。
あの軍機関の特務少尉を務めていることも。
オレの
青の境界のことも。
すべて知らなくていい。
いや――――知る必要もないし、知る意味もない。
そもそもそれを知ってしまえば最後。この世界のことを正しく理解してしまったとき。
そう――――――――それは世界が、ある種の終焉を迎えたとき、ということだ。
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