第37話 意向【2】


  *



「………えー、以上が私たち伏見ふしみ家の総意となります。また資料(2-A)に記してあります通り、私たちの張る結界の領域は西と南を内在的に、かつ複雑に閉ざすものです。より多くの結界士が必要になると考えられます。そのため適時結界士の補充と、異界術士の増援型式を編成し総合増減人数を見直しておいてください。お願いします」


 異能士協会議会「議題・CSSシーズ対策」。

 ここで御三家・伏見家幹部を統率する伏見玲奈れなが落ち着いた様子でそう発言する。


「そんな防衛対策でCSSシーズからの被害は防げると思っているんですか? しかもですよ。資料(3-B)をご覧ください。これは本当に実質的な損害を生まないと呼べますか? ……大体にして……意思疎通可能なほどの知性を有するCSS。その生態、原理、出現パターンが読めていない今、そのように人員を割いても効果はないでしょう?」


 語気を強めてそう語る彼は、三宮家分家・神内じんない家の当主。

 

 他家の幹部らが、最上権力を持つ御三家のうち、北日本国の首都である札幌を管轄している伏見家。彼らを潰そうと、失墜させようと躍起になるのは当然。

 しかもその当主・玲奈れなはまだ18歳の女子高校生ときた。

 いくら、あの亡くなった伝説「伏見旬」の血をじかに引く者とはいえ、本当にあんな若造に伏見家の当主が務まるのか、と。


 チャンスだと玲奈に甘い罠を仕掛けて来る者。

 好機だと考え彼女の歌手人生を壊そうと企てる者。

 今まで、そういった多種多様な目的を持つ人物が玲奈に近づいてきた。


「ですから一般人の保護を最優先に考え、州の端に寄せるように隊を……」


 玲奈はかなり強気を持って語るが、無礼にもそれを無視し会話を続ける神内家。


「それだと州境の異能士と異界術士に多大なる負担を与えるだけですっ! それが分からないんですか!? CSSはS級の影人ですよ!?」


 そう激論争が繰り広げられている中、広い異能士協会議会では玲奈の噂話が飛び交っていた。


「本当に伏見家の当主があんなに若い娘だったなんてな……」

「亡くなった最強・伏見旬の忘れ形見ですよ」

「でもな。あの年でも、この間の国内の異能士階級判定でS級をとったらしいぞ」

「S級……だと? それは、国際異能士協会で再度判定結果が同じ『S』ならば、新たなるS級異界士の爆誕だぞ。さすが旬さんの子だな」

「ええ。碧い閃光のとき以来ですね。日本で二人目となります」

「まだ気が早いですぞ。イギリス本部の国際異能士協会が総合判定Sと見なさなければ、S級異能士になることはない。日本で一度取得したくらいじゃ、なれないんですよ……名瀬の『碧い閃光』のレベルには」


「そんなことより……玲奈の姉『祝福蝶ユリシス』だ。彼女は伏見家内で反逆し、三宮側についたらしい……」

「伏見瑠璃るりの話はタブーだと言っているだろっ!」


 

 彼らが噂を飛びかわすその背後。議会のはじにある陰。

 誰からも注目されることはないような場所に一人の若い男性とフードを被った二人の女性がひっそりと立っていた。

 男の両左右にそれぞれ女性が配置しているという形だった。


「あれから『電撃を扱う少女』の情報に何か進展はあったかい?」


 男は、その少女すずね雷電らいでん一族であると知っていながらあえてそんな言い方をする。


「申し訳ありません拓真たくま様。まだその一端すら掴めていないというのが現状です。……どうやら伏見家が裏でその情報を硬くガードをしているようです」


 左にいた20代くらいの黒フード女性が三宮さんぐう拓真たくまに言う。


「ほう? そうか……。伏見家が雷電を、ね。10わりよく分からないな。これもしゅんの功績なのか……」


 考え込む拓真。


「は……えっと、それはどういう意味でしょうか……? 伏見旬は三年ほど前

に亡くなったのでは?」

「まぁ、それはそうなんだけどね」


 誤魔化したようにそう語る口調も、彼女が彼を心からいとおしいと思う要素の一つだった。


「……まぁいい。それじゃあ、マフラーをした青年―――“名瀬の隠し子”については?」

「……そのことなんですが………本当にそんな人がいるのですか? 無礼を承知で言わせてもらいますが、弟の拓海たくみ様が本当のことを言っている保証はありません」


「うん確かに、10わりそうとは言えないね。けれど、5わり可能性はある。実際に拓海たくみは重症を負っていた。昔、見習いギアの依頼任務で自分に恥をかかせた霞流かする家の長女に復讐すると息巻いていたけどね。結局名瀬の隠し子に返り討ちにあったと発言していたよ。事実、僕の弟は弱いわけではない。拓海たくみをあそこまで傷付けられる異能者がいることだけは確かだ。違うかな?」


 拓真の弟・拓海はそれほど特別優秀な異能士というわけではない。だが、一般的に見れば彼は強い部類とされていた。

 かつての異能士学校の成績でも上位を取るなど、かなりの実績を持っていたのも事実。


「おっしゃる通りです。再調査にあたります」

「うん、よろしく頼むよ」


 拓真は満足したように微笑みながら頷く。


「それにしても……まさかCSSシーズ対策のこの議会にまで権力争いを持ち込むとはね……。これでは10割、議論にらちが明かないよ。……玲奈さんが他家の不満を抑えつつ要点をずらさない。これは素晴らしいことだけれど、他家の人間に関しては幼稚な論争に油を注いでいくだけ。これでは僕の興も醒めるというものだよ。他家の上流階級者たちがくだらないことを弁論し合っているうちに、僕はここからおいとまさせてもらおうかな」


 女性二人の真ん中にいた拓真が、気品と高貴さを表しているような喋り方で語る。


「拓真様、よろしいのですか」


 今度は拓真の右側にいる、白いフードで顔を隠している女性がそう訊く。

 覇気のない声に、冷え切ったような鋭い口調。しかしこれはいつもの事だった。


「うーん、いや。本当は退去許可を取ってないから駄目なんだけどもね」


 少し柔らかい表情を浮かべる拓真。


「ではこのままこの会議が終わるのをお待ちになっては?」

「いや、それは……。珍しいね、君がそいうことを言うのは」


 彼が不思議そうに白フードの女性……瑠璃るりを見る。


「そうでしょうか。いつも通りのつもりなのですが」


 フードで覆われているため彼女の表情などは読み取れないが、襟元から華やかな金髪オッドカラーが微かに姿を見せていた。


「瑠璃、君……本当は3割ほど――」


 拓真は答弁中の玲奈を見つつ彼女にそう言いかけたが。


「――違います。……それだけは違います。私はもう決別しましたから」


 何と発言したわけではないが、瑠璃が重たい口調で言い切る。何か大切なものを断ち切るように。


 多少の沈黙の後、三宮一族の当主である拓真がその沈黙を破る。


「……そうかい。まぁでも玲奈さんは父の伏見旬に関係なく相当な逸材だよ。それだけは保証できる。なんたって彼女は、この僕も認めた君の――――妹だからね」


「――――はい。ただし、もしそう仰りたいなら、現在形ではなくと言ってほしかった」


 内心嬉しそうな安堵したような、それでいて不安そうな、複雑な声がフードの奥から聞こえてきた。


 拓真はそのセリフを聞き、静かに口元を綻ばせたのち、女性二人と一緒に速やかにその場から退散した。


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