第36話 意向
*
同日。
陸斗という嫌味な男子とひと悶着あったものの、あの後の
オレは自分の教室であるCクラスに着く。
教室のみんながオレを見ると決まって「マフラーはどうしたのか?」という旨のことを聞いてくる。
そしてオレの方は毎回「失くした」と説明する。これの繰り返しだ。
「名瀬がマフラー巻いてないなんて珍しいよな」
クラスメイトはどうやらオレをマフラーを必ず着けている男、と認識しているらしい。
いや間違ってはないが。
オレが自分の机に教科書や参考書などを入れ、授業の準備をしていると
かなり息を切らしている様子を見ると、余程急いで走ってきたらしい。
彼が登校してきたということは、もうすぐ八時半か。
キーンコーンカーンコーン。
いつも通りの学校のチャイムの音が鳴る。
これではまるでオレが預言者みたいだな。
予言のタネは
「あっぶねぇ!! ギリギリセーフ!」
「東川くん、そこで何してるのかしら?」
「
ケラケラ笑いながら、坊主頭の野球部が冗談を言う。
このジョークは幾分か分かりずらいな。
おそらくセーフを意味するセーフポーズ。右手と左手を左右真横に、手の先をそれぞれ伸ばすこのポーズは本来、野球の審判ジャスチャーが元になっている。
「野球の審判をするのもいいけど、早く席についてもらえる?」
どうやら和葉さん、もとい二条先生にはこの冗談が理解できたらしい。
「は~い!!」
香は元気よくそう返事する。
それが合図だったかのように先生はホームルームを始めた。
*
「―――ということで、今日の一時間目の古文は自習にするわ。各自古文のワークを進めておくこと。もしも終わらなかったら、その分を今日の課題にするから」
二条さんがそう伝達すると、クラスの生徒たちは「えー」と声を上げた。
自習は嬉しいんだろうが、最後の方に伝えられた「課題にする」という部分に心が折れたのだろう。
オレにとっては正直そんなことはどうでもいい。
そもそもオレの学力レベルは「理系大学卒業」可能な程度。入学ではなく卒業。
結果、今のオレからすれば普段から行われている授業はあまりにも容易なものだった。
というか根本的に、オレは勉学が目的でこの学校へ訪れたわけではない。
このクラスに居るある
だがどうやら、一番後ろの席にいるその
そろそろホームルームが終わり、授業が始まる頃。
「名瀬くん。ちょっと来てくれる?」
そう呼びかけられる。
「お前、なんかやらかしたのか?」
後ろの席の香が少しだけ心配そうに聞いてくる。
「いや、なんもしてないと思うが」
オレはそう言いながら、歩いて教室を出ていく二条先生の跡についていった。
*
「二条先生、このままだと授業時間が始まりますが?」
オレと彼女は職員室へと続く廊下を歩いていた。
「統也くん、そんなに自習がしたいの?」
どうやら授業の時間を削り、何かをする場を設けたいらしい。
「いえ、別にそういうわけでは……ただ、これでろくでもない用事だったら怒りますよ」
オレはチラッと彼女を見る。
彼女は余裕のある表情を浮かべているだけだった。
「大丈夫よ。もう分かってると思うけど、ただの呼び出しじゃないわ」
「でしょうね。でも一時間目を自習にしてまですることですかね。そもそも、これ以上何をしろっていうんです? 報告とか諸々終わったと思いますが」
もし授業を丸々一時間潰してまで話さなければならないことがあるとすれば、三日前の金曜日に遭遇した
ただ異能士関係の話であることはなんとなく察することが出来た。
「まぁ話せばわかるわ」
彼女は職員室の隣にある対話室のドアを開ける。
ドアを開けた向こうには部屋があるだけだと思ったが。
どうやらそういうわけではないらしい。
「名瀬、おはよ」
美声が耳に届く。
「ああ、おはよう。里緒もここに来てたのか」
「うんまあね」
正面のソファに座る彼女を見ると、オレが贈ったヘアピンを今日も付けてくれているのが分かった。
いつも通り、オレから見た左側の耳だけが髪から出ている。ヘアピンで留められた髪が彼女の右耳にかけられているからだ。
里緒の黒髪セミロング、ストレートヘアはいつ見ても綺麗だな。
オレはストレートロングの女性が
制服ともよく合っているので、とても美景だ。
「ええ、里緒のいるBクラスの担任には話しておいたから、一時間目は出席しなくても大丈夫なようにしてあるわ」
どんなことをすれば授業に出席しなくて良くなるのか知りたかったが、ここではそれを口にしない。
オレは対話室のドアを閉めながら、対話室全体を囲むように「
檻の蒼い表面を不可視化し光学迷彩へと変換するとともに、空間振動を完全に断ち切ることで内外との音波伝播を完全に遮断する。
これが「避役の檻」の効果。
元々『檻』は空間を制御するためのもの。音波が伝わる振動波を空間ごと断絶すればいい。
急に『檻』を展開したのにもかかわらず、里緒が少しも驚かないところを見ると、伏見家か霞流家でも防音と迷彩を兼ね備えた結界術を既に目にしているのかもしれない。
「これでいいですか?」
オレは二条さんに向かって結界術の確認をする。
「いいわ、ありがとう。私も同じように隠密結界を建てるつもりだったからむしろ手間が省けたわ。……でも、別家の里緒のいる前でその檻を見せて良かったの?」
「はい、構いませんよ。オレは別に名瀬家のことを味方だとは思っていませんし、それに……オレはギアの里緒を信頼しているので」
「あなたたち、本当に付き合ってないの?」
ニヤニヤしながら二条さんがそう言いだす。
前にも付き合っていないと言ったはずだが。
「もし付き合っていたら、まずいんですか?」
「えっ―――」
オレの言葉を聞き、驚いたような声を上げたのは二条ではなく里緒だった。
「いいえ、まずくないわよ。ギア同士の男女が結婚するなんて話も結構ざらにあるしね」
呆れたようにそう言う彼女を見るとどうやら同期のギア数組はめでたく結婚したらしい。
「というか、こんな話してていいんですか? オレたちの授業を潰してまで取った時間なのでは?」
「……そうね、本題に入りましょうか」
さっきまでの悪ノリしていたふざけた雰囲気とは異なり真面目なオーラを発する。
彼女の目はもう真剣そのものだった。
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