第33話 CSS【2】
そのとき―――――。
側転中、地面に手を付けて逆立ち状態だった里緒が両手から床に衝撃波動を打ち込み、その反動力を利用して自分の体を浮かせ、自身の空間位置を全体的に上へずらすことによって、奴の横蹴りをかわす。
さらには、逆さのまま空中上で、奴の顔面に回転蹴りをお見舞いする。
「守らなければいけない、なんて考え方は奢りだったな……」
柔軟な挙措に的確な異能の使い方、機転の利いた素早い動作。
彼女のショートパンツにタイツという身柄な恰好も効果を表した。
「同じ手にそう何度も引っかかると思う? って話」
彼女はそう言いながら影から距離をとる。
前回里緒が、脇腹に近い腹部を損傷していたことを思い出す。
どうやら似たような攻撃を一度受けたことがあるらしい。
こういうのを見ていると異能士学校で主席だったんだな、と改めて認識させられる。
正確な情報処理や戦闘でのメンタル面などはともかく、体術や異能、体の使い方といった戦術スタイル自体には彼女の戦闘センスが見て取れる。
オレはその隙に奴を『檻』で囲んでみるが、やはりすぐにその場を離脱され『檻』の囲いから逃げられる。
「名瀬っ! 耳塞いで!」
少し唐突過ぎたが、オレは急いで耳を塞ぐ。
里緒が床に右手を打ち付けた瞬間、そこを中心としてあたりに黒板を引っかいたような音が響き渡る。
キィィィィーーーーーーーーン!!!!
この音は、猿が使用する警戒音の音域に近いとされている説があるもので、周波数、約2000ヘルツから4000ヘルツの音だと謂われている。
この音波を重ね合わせて増大させることで、行動抑制音として活用するつもりらしい。
これを可能にするためには緻密な音波振動コントロールと、正確な音域確定能力が
里緒が優秀であり、そして努力家であると再認識させられた。
S級の影とはいえ音に耐性はなかったらしい。
奴はその不快音をまじかで聞くことで悶えていた。
その隙を利用してオレと里緒は迅速に撤退した。
*
「里緒、あんなこと出来たのか。まだ耳が痛い……頭もくらくらする」
「ん?
耳栓を外しながら訊いてくる。
あんなことも想定して耳栓を用意していたのか。
「酸水素ガスみたいな名前だな」
「それ、爆鳴気でしょ」
「まあ冗談みたいなこと言ってるが、真面目な話、
オレはマフラーを落としてきてしまっているため、いつもは暖かい首元が冷えていたが我慢するしかない。
「ん、そうだね。それもそうなんだけどさ……。ね、あたし詳しく分かんないんだけど、こんなに同じ影と遭遇するものなの? しかもこの間会った、
怪訝そうにしながら、どこか心配しているような表情で近づいてくる。
「そうだな。間違いない」
「だよね、気持ち悪い。そもそもなんでE級区画にあんなのが居るわけ?」
里緒の言う通り。
オレも馬鹿じゃない。ここまでくればなんとなく想像は出来る。
奴は何かしらの目的を持って行動している。
―――オレたちを狙ってきた。厳密にはオレを、か。
ちなみに言うなら。実は奴を殺せたがオレには枷があった。
「すまない。正直アイツを相手にするときだけ里緒は……」
足手まといになる。そう言おうとしたが、里緒がそれを止めるかのように言葉を遮る。
「――分かってるよ。だからさっきだって自主防衛主体で戦ってた」
それは知ってる。
里緒の戦闘スタイルは基本的に「疾風のごとく仕掛けて、風のように戻ってくる」といったところだろう。
だがさっきの戦闘では、自分の守備を固めながらオレのサポートをしているという色が強かった。
「まあ、大丈夫だ。アイツを討伐するのはオレらの
「姉さんって、碧い閃光のこと……?」
「ああ。日本最強の異能士に任せておけばいい」
そんなことを言っておきながら、オレは頭の中で一人「この先、荒れるかもな」と考えていた。
オレの
しかし、なんとなくヤツの体内から御三家
あれは――――なんだったんだ?
暗闇の中、里緒の隣。
不穏な感覚だけがオレの身を包んだ。
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