第32話 CSS


「ああ、間違いない。あれは以前会ったS級の影―――CSSシーズだ」


 こちらがセリフを語っている最中、数メートル先の影がオレに襲い掛かる。


 コイツ、相変わらず速いな。


 変形手の剣でオレの首目掛けて斬りかかってくる。

 オレは体の上半身をのけらせて上手くそれをかわす。

 前髪が大きく揺れる。


 里緒が背後から影に波動球ウェーブブレイカーをぶつけようとしているのが見えた。

 オレはそのままバク転し、後方に大きく距離を取る。


「死ねっ!」


 里緒は影のうなじ付近に大きめの波動球を衝突させる。

 だが、何故かその攻撃が貫通することはない。


 まずいな。


 波動球ウェーブブレイカーを固定している彼女の手腕ごと強く弾かれる。


「きゃっ」


 奴が里緒に強烈な蹴りを入れることで彼女は後方に激しく吹き飛ぶ。


 里緒の異能「波動振パルスブレイク」は、基本的には物理現象の「波」を利用する第二級異能。 

 波は、何らかの物理量における周期的な空間分布パターンが伝播する現象そのものを指す。

 彼女が使用しているところを確認したことはないが、音波や干渉波も異能攻撃として利用できるらしい。

 今彼女が開発中の異能技術「高周波ブレード」もその一部。

 同じく空間に伝わる波を何重にも重ね合わせることで強力な波動球ウェーブブレイカーを作り出すことが可能となる。物理学ではこれを「波の重ね合わせの原理」という。

 要はこの強振動・波動球の攻撃を受けて貫通しないのは、影の中では圧巻の防御力だということを言いたい。

 

 影は猛スピード、吹き飛ばされた里緒に向かって変形手で斬りかかる。


「おいそれと斬らせるわけないだろ」


 オレは正確に里緒の位置座標で青い、立方体の『檻』を展開し防御する。

 物凄い衝撃音ののち、後退するCSS。

 

「以前も使った、青い透明障壁バリア―――『檻』の展開で攻撃が当たんないのが不思議か? そうだな……簡単に言うと、部分的にしてる」

「…………」


 相変わらずCSSは何も喋らない。というよりかは喋れないらしい。


「マフラーで斬撃可能なのはなんでかって? ……それは、空間に作用する特殊なマナ……ここでは“檻エネルギー”とでも呼ぼうか。名瀬の中でも人によって色が違くて、オレの場合は『あお』だが、そのエネルギーの影響で空間に干渉できる。俗にいう“空間断裂”って技術で空間を切り裂ける。結果物体を空間ごと切断できる」

「…………」


 空間に干渉する御三家・名瀬における異能『檻』の障壁展開「空間固定」は基本。通常会得に10年かかる。

 中でも「空間断裂」はちょっと難しい。他にも隠し玉はあるが。


 しばらくして奴の攻撃を防いだ立方体の『檻』の中にいる里緒がゆっくり立ち上がる。


「いった……」


 里緒が完全に立ち上がり構え直すのをこの目で確認しつつ周りの『檻』を解除する。

 そう、お喋りはこのための時間稼ぎに過ぎない。

 そしてマフラー。コイツを弱らせるにはマフラーがる。


 先程投げた、数メートル先に落ちているマフラーを取りに行こうと走り出すと影がそれに気づきこちらへ攻撃を仕掛けてくる。

 強烈な速度。


「くっ……」


 オレは青い『檻』を盾として使用しながら、複数の蹴りや斬りつけを防ぐ。


 簡単には拾わせてくれないか。

 やはり先ほど戦っていた知性レベルが低い影と違って、頭がいい。


「はっ!」


 すると里緒が影の背後から再び波動球ウェーブブレイカーをぶつけにかかる。

 そのタイミングに合わせオレも『檻』で強化したこぶしを使い、殴りつける。

 左右で挟めた。


 しかし――――。


 オレの拳を左手で、里緒の波動球ウェーブブレイカーを右手で。影はそれぞれ片手でオレたちの攻撃を封じる。

 直後奴の腕は潰れ出血するが防御したことには変わりない。


「嘘でしょ……」

「これでは駄目だ。火力が足りない。一旦離れろ」

「うん……」


 檻の障壁と里緒の波動一転集中系の攻撃で押し潰すか………いや。こいつは再生速度も早い。それでは攻撃がコアを外した際、純粋な賭け勝負になってしまう。


「マフラーさえあれば」


 奴を見るからにオレらの攻撃を封じることは出来たが、威力自体を完全に殺せたわけではないらしい。

 影の潰れた両腕はプラチナダスト蒸気と共に回復……いや、再生している。


 コイツの今の戦いを見るに自己再生を前提として攻守することもあると分かった。

 簡単に言えば、影自身の体に傷が付くことを前提に攻撃や防御をすることもあるということ。

 奴らはオレら人間と違って、傷やケガしても直ちに回復する。それを利用しての攻防は正直厄介。

 今の影みたいに腕ごと潰れる覚悟で戦うのと、オレらみたいに致命傷を受けるとアウトの状況で戦うのとでは天と地ほどの差がある。雲泥の差。


「行くぞ、里緒」

「うん!」


 オレたちはそれぞれ異能や体術による攻撃をぶつけていく。

 それに対し影はオレらの攻撃を受けたりかわしたりしつつ、蹴りやパンチを決めてくる。


 オレは檻の拳を使って奴に素早く殴りかかったが、それをカウンターに取られ、後方に飛ばされる。


「んぐっ」


 クソ、しくじった。

 コイツ、体術も並みじゃない! 格闘技の概念もはっきりしている。

 

 オレは奴の強烈な裏拳うらけんを食らった。


「名瀬!」


 里緒が、遠くに飛ばされたオレに声をかけてくる。


 この状況で里緒と分離されるのはまずい。『檻』が!


 名瀬一族の固有異能『檻』は発動距離が長ければ長いほど、その異能展開速度を小さくする。

 つまり瞬間的には里緒を守れなくなるということ。

 まるでそう考えているオレの心を読むかのように、影は里緒に攻撃を畳みかける。

 里緒が側転しながら影の攻撃を避けていたとき、奴が彼女の腹部目掛けて強烈な横蹴りを入れようとする。


 あれをまともに食らえば彼女の内臓は潰れる!



 オレは急いで彼女と影の間に『檻』を展開する準備をするが――――――。



 駄目だ――――間に合わない!



 

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