第30話 「脱却」という理想
*
5月20日午後9時32分。
オレは夜の街を走っていた。
「だから、戦闘終了後にすぐ報告しなかったのは悪かったって。でもちゃんとゴールデンウィーク中には報告しただろ?」
この報告というのは、里緒とオレが受けた依頼の戦闘報告のこと。
『確かに安否登録と討伐報告は受けた。ゴールデンウィーク最終日に……ね?』
少し怒ったような口調の茜。
元々、彼女は感情を表面に出すことのないクールな喋り方をするが、そこに単調さが加わると彼女の怒りが伝わってきて怖い。
「色々あったんだよ。
『
明らかに皮肉であるセリフを貰う。
オレはその立腹を秘めた
紫紺石鑑定が終わった次の日でも連絡は出来たし、なんなら鑑定したその日の夜にでも可能だった。
つまり2週間以上のブランクが空くはずもない。
『今日って何日?』
「20日だが……」
『随分と長い間、紫紺石を鑑定していたんだね』
またそんな皮肉を言ってくる。棒読みで。
鑑定は半日もあれば終わるし、そんなことは多分野で見識のある彼女からすれば一目瞭然ならぬ一聞瞭然。
あーまずいな。珍しく相当怒ってるぞ、これ。
「戦闘終了直後は色々忙しかったんだよ。まだ周りに
この間の討伐時、オレの発した言葉を理解し、オレが持ちかけた取引にも応じた「特殊的な影」の情報が異能士協会幹部に伝達され、世界中に知れ渡った。
彼ら「特殊的な影」の第一発見者は北日本国の西南海州に住む二条和葉ということになっていた。
そうした方が面倒なことにならないと考え、里緒に許可も取った上でそう発表されるようにオレが和葉さんに頼んでおいた。
『そう……で、結局のところ
「どうなると言われても。奴はおそらく……いや確実に世界初の発表だろうな。今はそうとしか言えない」
『ふーん』
ふーんってなんだよ、ふーんって。
『参考までに知りたいんだけど、統也がその影人と交渉できる、もしくはコミュニケーションを可能とすると判断した契機は何?』
「あのとき戦ったS級レベルの影が知的能力を有している、そう判断した最大の理由はあの影が
『え、リオ……?』
そういえば茜はまだ彼女の名前を知らなかったか。
検知レーダーには捉えられていただろうが、名前までは教えていなかった。
「ああ、オレのギアの名前だ」
『んと、そのギアの子って――』
「――ちょっと待て」
茜が何か言いかけていたがオレはその言葉を遮り、素早く人気のない中道から抜け、道路に出る。
オレがしばらく道路を走り防風林を抜けると、開けた場所で一体の影と里緒が牽制し合っているところだった。
どうやら里緒がオレに気付いたらしく、ゆっくり後ずさりしながら影との間隔を空ける。
流石だな。伊達に主席だったわけじゃないのが分かる。
オレは両足にマナを溜め、異界術を使用することで速度を上げる。
「里緒、交代だ」
オレはマフラーを外しその端を掴む。
目にも止まらぬ速さで里緒を越し、檻が付与された
切断された影の体から大量の血が巻き散らされる。
「すまん里緒、外れた」
「え……噓でしょー。仕方ないな」
そのままオレが影をも追い越すと、背後にいた里緒が
「
バキンッッ――――――。
金属破壊音のような爆音と共に
影の体はプラチナダストを生じながら消失していき、紫紺石を生成させた。
紫の
「その紫紺石、拾っといてくれ。オレは先に次の所行ってくる」
口早に言いながら里緒とは逆の方向に走り出す。
里緒は分かった、とだけ言った。
オレは街灯のついている中道を外れ、第二防風林の中へと入っていく。
この防風林の周りには畑や草原があるだけで街灯はなかったため、辺りは暗闇の海と化した。
オレは外していたマフラーを首に巻きながら茜に話しかける。
「K、話の続きだ。例の影と意思疎通ができるって判断した理由だったな」
『うん。でもその話の前に、さっきの子が統也のギア……?』
チューニレイダーでオレの聴覚をチューニングしているため、オレの耳に入った里緒の声も茜には当然の如く聞こえている。
「ああ。伏見の分家・
『ふーん、そうなんだ』
この言い方は、この話に興味がないといより、何かに不快感すら覚えているように感じる。
加えて、なんだか今日の茜は全体的に精神が不安定な気がする。
生理か? こんなことを聞けば確実に殺されるだろうな。
「で、時間がないから話を戻すが……まず前提として、あの影はあれだけの強さと俊敏さを持っていながら、オレが遅れてあの場に到着するまで里緒を殺さなかった」
少々不謹慎な言い方ではあるが、あの局面で里緒が殺されていないのは状況的に見れば不可解なことであり、本来なら紛れもなく殺されていたはずだった。
大量の出血を見ただけで里緒が死亡したと断定した、愚かな
つまりあの影は
『それは、その子を容易に殺せる状況だったのにも関わらず、意図的に生殺与奪の権をキープしていたということ?』
「ああ、そうなる。そしてそんなことをする影なんて聞いたことがない。明らかに意思を持って行動しているとしか思えなかった。オレは実物の影との対峙経験こそ少ないが、奴らの情報は沢山持っていた。だからこそ分かったことだ」
『情報、ね。それで
「その『情報』をくれたのは紛れもなくKだ。感謝してる」
『それはいいけれど。ただ情報といっても、依然として影人には詳細不明な領域が多いから。彼らは何をエネルギー源とし活動しているのか。彼らは何者で、一体何のために人を殺すのか。食用でもなければ殺戮を娯楽とするわけでもない。ただただ人類を殺し、滅ぼそうとする』
「安心しろ。青の境界の内側にいる影はオレがすべて駆除する。奴らが何者であるかなんてことは、オレには関係ない。オレの役割はこの世界を守ること。そのために
『……統也らしいね』
オレらしい……か。
まるでオレの「目指す景色」を理解しているような口ぶりだ。
茜と初めて会話した当初から感じていたことだが、彼女は随分とオレの思考を読み取れるらしい。
別にそれが悪いというわけではないが。
オレは自然と眉間にしわが寄っていることを自覚しながら、防風林の床材土を強く蹴り飛ばし、勢いよく前進した。
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