第28話 蝶のヘアピン




  *



 あれからしばらくが経過した。鑑定も終わり、今日はお開きだろう。

 既に和葉さんは帰ってしまった。


 オレたちが持ってきた紫紺石鑑定の結果、討伐した影はB級に属されるレベルレートであり、一つは12万円の値が付き、もう一つは14万円の値が付いた。

 里緒とオレはそれぞれ13万を分けることにした。

 里緒は「討伐したのは名瀬……じゃなくて成瀬なんだから、26万円すべて受け取ってほしいの」と言っていたが、オレはギアの仕組み上、そんなことは言ってられないと説明し無理やり説得した。

 事実、ギアは信頼できると判断した二人同士が組むもの。稼いだお金は二つ均等に分け合うというのがギアの掟として知られている。


「ちょっとお手洗い行ってくるから先帰ってて。また今度、学校で」


 里緒はオレに向かってそう言いながら、トイレのある奥へと向かう。


「ああ分かった」


 今度学校で、か。

 オレと里緒が同じ高校であることをすっかり忘れていた。 

 

「あれ? 君、帰らないのかい?」 


 先に帰れと言われ、分かったと返事をしたのに、その場から立ち去らず帰ろうとしないオレを不思議がったのか、鑑定所を営む若い男性がオレに声をかけてきた。

 雰囲気から結界士。


「お手洗いへ行くことに『分かった』とは言いましたが、先に帰ることに対して頷いたつもりはありません。彼女に少し要があって」

「なるほど。屁理屈へりくつだけど筋は通ってるね」


 彼は優しい眼差しでトイレへ向かった里緒の方向を見た。

 すると急にこんなことを聞いてくる。


「君は……彼女のことが好きなのかな?」

「え? いや、そういうわけでは……」

「ははっ、冗談だよ。答えなくていい。……でも彼女は霞流家の人間だ。そう簡単にお付き合いできるとは限らない。いいやむしろ難しいだろう」


 今度は先ほどまでの柔らかい眼差しとは異なり、真剣な目付き。

 オレを御三家名瀬と知らずしての発言だろう。


 一般的に異能士はエリートで、経済的余裕のある家系が多い。

 その家系の子供は、いわゆる、お嬢様、お坊ちゃんというやつに該当する。

 もちろん伏見家の分家である霞流家もかなり有名で、名門家系として知られている。

 

「分かってます。でも本当にオレは、彼女に対して恋という意識は持っていません。好きだとか、女性として気になるだとか……そんな風にも思っていません。だからそもそも―――」


 オレがそこまで言うと、言葉を遮るように男性が語りはじめる。


「――でも……彼女の方は違うみたいだよ。君と同じ認識を持っているようには見えない」

「……というと?」

「君もかなりの鈍感くんだね。私には、霞流さんが少なからず君を意識してるように見える。異性として、ね」


 どこからそんな風に思ったのだろうか。


「多分それはないです。彼女はそういう人じゃないので」

「私が張った結界の入口の近くに監視カメラが設置されているんだ。うっかり見てしまってね」


 つまり、オレと彼女が手を繋いだシーンを見たというわけだ。

 なるほど、だからこんな勘違いをしているのか。


「あれは、あなたの張った結界の副作用でなっただけです。本来の彼女ならあんなことは言わないし、オレも再び手を繋ぐなんてことはしませんでしたよ」


 そう言うと、何故か彼は思考が停止したような少し呆けた表情になる。

 彼はしばらく沈黙していたが、すぐに柔らかい表情に戻り口を開いた。


「あの副作用『媚薬効果』は男性に対してだけのものだよ?」

「はい?」

「女性に効果はないし、そもそも異能作用抗体が強いとされている女性に結界初通の副作用は働かない。つまり正真正銘君を異性として意識しているから、あんなセリフを言ったんだと思う」

「は?」


 副作用は男性だけ?

 つまり里緒は副作用の効果も受けておらず素面だったということか?

 和葉さんが悪ふざけで「統也の欲情する姿が見てみたい」と言っていたのを思い出す。

 里緒とオレの両方ではなく、オレにだけ。


「ほら、噂をすれば」


 ここの結界士である彼はそう言いながらトイレのある方を見る。

 オレも見やると里緒が歩いてくる姿が。


「あれ、帰ってなかったの?」

「ああ、少し里緒と寄りたいところがある」


 オレは結界士に背を向け歩き出す。


「私と寄りたいところ……? ま、いいや。ついていけばいいの?」


 そう言いながら彼女はオレと並び、結界を抜ける。

 彼女は一度通っているからこれを結界だと認識しているだろう。

 この結界の通過条件は「この壁を予め結界だと知っていること」だそうだ。



  *



 その後雑貨店に立ち寄り、一つの買い物をした。

 寄りたいところとは、インテリやアクセサリ―などの小物を売る雑貨店のことだった。

 オレは包装ラッピングに包まれた物を、入口で待っていた彼女に手渡す。


「え、コレナニ?」


 彼女は疑問符を乗せたような顔でオレからの贈り物を受け取りながら、反対の手で右の髪を耳にかける動作をする。


「ギア成立祝いのプレゼントだ」

「そんなの貰っていいの? あたしは何も用意してないんだけど」

「オレが勝手に用意したものだから気にしなくていい。ただ基本的にギアは成立したときにこうやって互いにプレゼントを贈り合う慣習がある。異能士じゃないオレでも知ってることだ」

「え、そうなの? ヤバい、知らなかった!」


 彼女も冗談交じりに笑ってくれる。


「で、結局何が入ってるの?」


 包装されたそれを不思議そうに見つめる。


「さあ、何が入ってるんだろうな。開けてみたらどうだ?」


 そううながすと彼女は器用な手つきで綺麗に包装からオレの買った商品を取り出す。


「えっ……ヘアピン? でもどうして今あたしが欲しい物を知ってるの?」


 銀色のピン本体にかすみ色の小さな蝶が一つ装飾されてるシンプルなデザインのヘアピンだ。


「毎回髪を耳にかけてたからな。もしかしたらと思ったんだ」


 彼女を見るたび、しきりに右側、すなわちオレから見て左の髪を耳にかけていた。

 戦闘中も邪魔になるだろうと考えた。


「ありがとっ! すごく嬉しい」


 演技ではなく本当に嬉しそうにしている。

 オレが見た里緒の笑顔の中では最高の笑み。

 ここまで喜んでくれれば、プレゼントした側からは何も言うことはない。


「へー、この蝶とか凄い可愛いじゃん」

「なら良かった」

「……はいこれ持ってて」


 彼女は帽子を外して、その帽子と包装をオレに預けてくる。

 そのとき、軽く香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「ねえ、どう?」


 そう言いながら髪に付けたヘアピンを見せびらかしてくる。

 本当に気に入ってくれたようだ。


「似合ってると思う」

「……へっ、ありがと」


 少し照れくさそうにしながら彼女は笑った。

 

 

 こんな平和な日はいつまで続くんだろうな。

 幸せそうに笑顔を咲かせる彼女とは対照的に、オレはそんなことを考えていた。



 この先、そのヘアピンは君にとって最大の「お守り」となるだろう。

 

 そして。

 オレと君を繋ぐ、大切で不可欠なものになる。

 それは命綱そのものだ。


 神秘的な赤色の色彩を放つ夕日を背景にして、オレは里緒に黒い帽子を被せてあげた。




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