第27話 繋ぐこと


「……もう一度繋いだら……だめ?」


 

 なんだそれ。可愛すぎないか。

 

 里緒、一体どうした?

 君はこんなキャラじゃないはず。


 廃墟の現場で出会った当初はオレを強く毛嫌いしていた節があった。

 でもオレが彼女をギアとして強く認めたことで、初めて自分を隣においてくれるオレという存在を感じた。

 足手まといな人とギアを組まされていた彼女にとっては、それはあまりに大きな変化だったのだろう。

 結果、自分を隣に置いてくれる。自分を助けてくれる。自分をギアとして認めてくれる。自分と共に歩もうと言ってくれる。

 そんな風に承認欲求を次々と満たしてくれるオレに、少しでも依存してしまったのかもしれない。

 それほどまでに里緒は、自分の置かれていた状況に多大なるストレスを感じ、不安定な精神状態だったのだろう。

 

 間違っても彼女はオレに好印象なんて持っていなかった。

 でも、いざ打ち解けてみると関係は変化し、今まで抱いていたその人物に対する偏見や認識そのものが改変されることもある。


「えっと……」


 ほぼ反射的に彼女の左手をそっと優しく掴み、手を繋ぐ。

 オレは本能的に彼女を守らなければと思った。

 これは愛や性欲に近い感情の起伏。

 するとすぐ近くの結界の向こう側からオレたちの良く知る人物が現れる。


「あら、あなたたち随分と仲良くなったのね。もしかして付き合ってる?」


 ニヤついた二条和葉が手を繋いでいるオレたちに向かってそう言ってくる。

 里緒とオレは慌てて手を離し隠すが、もう遅いだろう。


「いや、これは……」


 オレは慌てて弁明しようとするが、和葉さんが手を出してそれを制止。


「分かってるわ。それは開印かいいん結界を初めて通過すると起こる副作用よ」

「……副作用? どういうことです?」


 オレが聞くと和葉さんは何でもないことのように発言する。


「性的興奮よ」


 性的興奮?

 そうか。マナ含有結界を初めて通過した際の副作用か。

 確か開印結界には、その結界を初通したときに儀式的副作用が働く仕組みがあった。

 必ずしもすべての初通副作用が性的な興奮状態をもたらすというわけではないが、ここの結界はそういう独特な副作用だったらしい。

 だが、だとするならば納得がいく。素の里緒があんなことするはずはないし、オレが反射的に手を繋ぐのもおかしい。


「ばかばかばかばかばか……」


 里緒が小声でそう繰り返す。


「そういうことか。道理で気分がおかしかったわけだ。だけど、和葉さんがオレたちにこのことを教えてくれていれば、こうはならなかった」

「ん……統也くんが欲情する姿を見てみたかったのよ」


 悪戯いたずらっぽく笑う。


「はぁ……あんたホントいい加減だな。おかげで昨日、里緒は死にかけた」


 昨日和葉さんは、依頼の影がすべてD級であると嘘をついていた。

 そのせいで問題が大きくなった。本来あそこまで複雑化しなかった。


「でも今はピンピンしてるじゃない。ケガもまるで消えてるし。統也くん、あなた里緒に何をしたの?」


 そんな問いに答えるわけないだろ。


「さあな。派閥の違う二ノ沢、二条家に名瀬の秘密を教えると思いますか?」

「まぁいいわ。それより影と意思疎通をとったって聞いたけど、それは本当なの?」


 オレはそれについて説明しようと口を開きかけたが、すぐに里緒が証人になってくれた。


「本当ですよ。あたしもそれについては目撃しました」


 さっきまでのおどおど気味だった雰囲気と一変して真剣な表情をしている。


「……里緒が言うなら本当に……でもありえないわ……」


 和葉さんがすぐに信じられないのも当然だろう。

 異能士や世界の討伐隊である境界部隊が何度も影人に対話を持ちかけたきた。

 それこそ呪夜カースナイトが起こり「影」がこの世に現れた四年前からずっとだ。

 だが、影人が一体でも会話や意思表示をすることはなく、ただただ殺戮され続けた。


 ―――と、されている。


「現にあり得たんですから……諦めてその事実を分析するしかありませんよ。それと、上への報告は和葉さん、あなたにお願いしてもいいですか?」

「オッケー、分かった。そのことに関しては私に任せておいてちょうだい」

「ありがとうございます」


 よし、これで旬さんの娘・伏見玲奈れなに会わなくて済む。

 彼女は青の境界が作られる以前から歌手として人気だったからな。あまり陽キャには会いたくないのだ。ただの偏見だが。


「あと一つ聞きたいんだけど――」


 和葉さんがそう言いながら腰に手を当てる。 


「聞きたいこと? なんですか?」

「意思疎通で取引した影人は引いて、逃げていったのよね? それなのにどうして紫紺石が二つもあるの? 今日の紫紺石鑑定は二つだと聞いているのだけど」

「それってどういう意味ですか? 彼が二体の影を討伐してくれたおかげであたしは助かりました。そのときの二体の紫紺石です」


 「討伐してくれた」や「助かった」という表現が必要かは知らないが、里緒が言っていることは正しい。

 討伐できた二体の影の紫紺石なのは間違いない。全くその通りだ。


「いえ、だからどうして依頼の影二体とも倒してるのに、一体逃亡したって報告書を書いたの?」


 謎を浮かべた顔でそう訊いてくる。

 オレと里緒は顔を見合わせ、互いに首を傾げる。


「オレたちがいたあの場には影が三体いました。二体はB級より少し弱いくらいな感じでしたが、もう一体はA級以上のレベルで強かったですよ」


 影以外の勢力として三宮のことを頭にかすめたが、はじめから彼の話はしないと決めていたので、奴については何一つ話さなかった。

 これは我々御三家の問題であり、彼女らとは直接関係のないことだ。


「三体? ……そんなはずないわ」


 驚きを隠しきれていない和葉さんは、顎に手を当てて何かを考えている様子だった。

 しばらくそのまま時が流れる。

 この反応から分かったことだが、どうやら任務では本当に二体となっていたらしい。

 20秒くらい経過したとき、彼女が再び口を開く。


「まあいいわ。とりあえず二人とも生きて帰ってくれたし、思いのほか仲が良さそうだし安心したわ」

「っ……!」


 里緒が体をビクッとさせる。


 仲が良さそう、という言葉に反応したのだろう。

 恥ずかしくなったのか、里緒が帽子キャップのつばを掴み、顔を隠す。


「気にするな里緒。和葉さんはからかっているだけだ」

「分かってるよ……」

 

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