第26話 繋ぐ
*
「ねえ名瀬、この辺りのはずじゃないの? マップを見る限りこの近くなんだけどさ……」
里緒がスマートフォンの画面に映っている地図を見ながら周囲を確認する。
「そうなのか? でも鑑定所らしき施設はない」
オレたちは高速道路の下にある脇道を並んで歩いていた。
あるのは家、家、店、家。
鑑定所が中々見つからない。
「うん……もう1回調べ直す」
彼女は右に垂れる髪を耳にかけ、左手でスマートフォンを操作する。
「どうだ? 見つかりそうか?」
「いや、ダメみたい」
彼女は首を振る。
「そうか……」
流石におかしいな。
ここまで調べても位置が特定出来ないというのは不自然だ。
オレは2人で来いという和葉さんの言葉が少し気になり、
2人で来なければたどり着けないから一緒に来るように指示した可能性があると仮定。
つまりオレか里緒のどちらかの能力がなければ、その場へは到達出来ないということ。
それは何も異能力だけに限った話ではないだろう。
仮に里緒が方向音痴なら、方向感覚が強いオレと一緒に来るのが正解なように、どちらかの能力がその鑑定所にたどり着くために必要かもしれないのだ。
青くなった瞳を里緒に見つからないように気を付けながら浄眼で周囲を見回す。
「なるほど、そういう事か」
「え、何が?」
オレは浄眼で目の前の風景を見てすぐに状況を理解した。
当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれない。
世間的には
それなのに影を討伐する異能士関係の仕事だけ公になるはずがない。
それは
つまり一般人がこの鑑定所に間違っても入るのはまずい。
「里緒、嫌かもしれないが少し手を借りてもいいか?」
「ん、なに、急に。何に手を貸せばいいの?」
彼女は不思議そうにオレを見る。
「いや、日本語を間違えた。手を出してもらってもいいか?」
「え、手……? 手を出せばいいの?」
「ああ」
彼女は恐る恐る右手を出す。
昨日は切傷だらけだった右手も、どうやらオレの再構……じゃなかった。特殊な異界術により回復していたようだ。
オレはなんの躊躇もなくその華奢な手を掴み、歩き出す。
「え!? え……は!? 名瀬??」
柔らかく、そして少しひんやりとした冷たい彼女の手の感触が伝わってくる。
同じ人間の手とは思えないな。
遠くから見ているだけでは見当もつかなかったが、彼女の手は想像以上にしなやかで弾力を持っており、さらに冷えた手の表面の奥に、確かな熱を温もりとして感じられた。
不覚。心外にも彼女を異性として意識してしまった。
「そんな……強引な……!!」
彼女は困惑の声を上げるがオレは彼女の顔を見ることもなく手を引き、歩き続ける。
少々強引な手段であることは自覚しているし、里緒からしたら意味が分からないだろうが、仕方がない。
オレと里緒は目的地へ近づいていく。
小型マンション、空き家、ラブホテルの順に並んでいる、その中道を歩く。
「あれは……え、嘘でしょ!! 名瀬、まだ早いよ! そういうのは付き合ってからにしないと!」
何の話かは知らないが、オレはラブホテル………ではなく、その隣にある空き家に向かう。
「一緒に行った方がいいとは、こういうことだったのか」
確かにこれでは里緒は鑑定所にはたどり着けない。
オレは「二人で一緒に来い」という和葉さんの指示の意味をたった今理解した。
「い、一緒に……!? 名瀬、そんな人だったの? そ、そういうことはまだ……!!」
相変わらず何を言っているのか理解できないが、オレは里緒の手を引き、空き家である一軒家の敷地に入る――――と。
「え―――――――?」
そこまで来ると、里緒が素っ頓狂な声を上げる。
「ん? どうかしたか? さっきから意味の分からないことを言っていたが」
オレが振り返ってみると、何やら真っ赤な顔をした里緒が俯いていた。
「な、なんでも……ない……」
キャップのつばで目元は確認できなかったが、何かを恥ずかしがっているように見えた。
「あ、すまない。勝手に手を掴んだから怒ってるのか? でもまだ離さないでくれるか」
そのまま手を引き、目の前の一軒家の壁へと突っ込む。
その瞬間、オレと里緒は壁をすり抜ける。
「え、すり抜けた……!?」
里緒も驚いた声を上げる。
そう。これは壁ではない。
壁に見えるが、これは
「結界には大きく分けて二つの種類がある。一つ目は
「へ、へぇ……」
何故かよそよそしい里緒。
「二つ目は
「う、うん……」
あまり話を聞いていない様子。
この説明でも分かる通り、この結界という能力……これは非常に『檻』によく似ている。
というより、名瀬の先祖・
「いらっしゃいませ! 先約がありますので、かなりのお時間をいただきますが、お持ちくださーい」
若い男性の声が室内の奥から聞こえてくる。
その姿は視認できないため、オレたちや客が結界を抜けただけでそれが伝わる仕組みを備えているらしい。
ここにいる結界士は中々の手練れかもしれない。
「結界の先は直接室内に繋がっているのか。結構面白い仕組みだな」
この空き家に使われている開印結界の通過条件は「この家の壁を結界だと認識できること」だろう。
普通の壁だと思っている人は通れないし実際通ろうとすらしないというわけか。よくできている。
これで一般人が迷い込んでくることは本格的に排除できる。
初見ならば、こういった結界に詳しい人間は御三家にしかいない。
要は初見の場合オレでなければ、この場所へはたどり着けないということだ。
だがこの開印式には重大な弱点がある。
それは「条件を満たし通り抜けられる物体」と同一の物体だと見なされれば、今さっきの里緒のようにいとも簡単に結界を一緒に抜けることが出来てしまう。
オレが手を繋いでいることで、連結していたオレたちは同一物体と認識されたという仕組みなわけだが……。
「すまない里緒。オレなんかと手を繋ぐのは嫌だったかも知れないが、こうしないとこの結界――――」
里緒の手を離したオレがそこまで言ったところで、相変わらず俯いている里緒が軽く首を振る。
ん……?
「里緒? どうかしたのか?」
さっきから俯いている上、黒い帽子を被っているので、そのつばで顔が隠されており、表情をうまく読み取れない。
「別に……い………じゃ……」
里緒には珍しくぼそぼそとした物言い。
オレが知っている里緒はどちらかと言えばしっかりはっきり喋るタイプで、こんな風に彼女の話していることが聞き取れないなんていう現象はまず起こらない
「ん? 悪いが聞き取れなかった。もう一度言ってもらえるか?」
「だから! 別に嫌ってわけじゃ……」
そう言いながらやっとオレと目を合わせてくれた。
しかしオレの目を見た瞬間、気まずそうにして左の方へ視線を移し、再び目を反らす。
彼女の顔はタコのように赤くなっており、異様なほどに恥じらっている様子が分かる。
そんな怒る事か? 恥ずかしかったのは分かるが、そんなに激怒されても……。
すると何故か、里緒がオレの方に手を伸ばしてくる。
この状況でオレに手を伸ばしてくる理由なんて一つしかない。
やばいなこれ。叩かれるか?
確かに勝手に手を握ったのは悪かったが、一般人のいる野外で結界の秘密を説明するわけにもいかないしな。
仕方ない。
甘んじて受けようか。
女の子には迂闊に触れるもんじゃないな。
オレはゆっくりと目を閉じ、自分の頬が叩かれるのを待つ。
――――――が、いつまでたってもオレの頬に衝撃が伝わってこない。
様子がおかしいと感じ取ったオレが目を開けると同時のことだった。
―――――――キュッ。
里緒がオレの黒いジャケットの袖の先端を摘まんでいた。
「里緒?」
しかし数秒後、彼女は意味の分からないことを言う。
「もう一度
ああ。もう一度ね、もう一度。
ん…………もう一度……?
は、なんだそれ。可愛すぎないか。
一般的にオレは他の高校生よりも冷静な方だろう。
だが今のオレの脳内は、昨日S級の影と対峙したときよりも混乱していた。
「えっと……」
上目遣いでそんなことを言われて、何も感じない男子などいないだろう。
ほぼ反射的に彼女の左手をそっと優しく掴み、手を繋ぐ。
待て……オレは一体何をしてるんだ――――――?
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