第25話 待ち合わせ

 


  *



 ゴールデンウィーク2日目。


 今日、オレと里緒は昨日討伐した二体の影の紫紺石を鑑定するため、和葉さんに指定された鑑定所に行く必要がある。

 その際、里緒と2人で一緒に向かえ、と言われている。

 和葉さんがそうしろと言うので、オレたち2人はそれに従い、駅で待ち合わせしているというわけだが、正直なところその指示の意図は理解出来なかった。

 別々に行っても問題はないはずだが。


 オレは約束した札駅さつえきのオブジェで彼女が来るのを待つ。

 現在時刻は午後2時27分。

 昨日も午後2時半だった。

 全く同じ時間に全く同じ場所で待ち合わせたが、結局そのとき彼女は来なかった。

 だが、今回はそんなことはないだろう。


 その彼女─────霞流里緒りおはゆっくり歩きながらこちらへ向かってくる。

 紺のマフラー、黒のテーラードジャケット、デニムパンツというオレの黒系統である私服とは対照的に、黒いキャップ、白いカットソー、クリーム色のタイトパンツという、全体的に明るい色のコーデを組んでいた。


 目の前に来た彼女はオレを見るなり開口一番に。


「ごめん、待った?」

「ああ、30分くらい待ったな」

「え、嘘……」


 彼女は白いケースのスマートフォンの電源を付け、慌てて時間を確認する。


「ん……? 全然時間通りだけど?」

「昨日はそのくらい待った」


 昨日は30分待って結果里緒は来なかったからな。


「ああ、そういう事か。結構待っててくれたのね」

「まあな」

「もしかしてまだ根に持ってる? ごめんって。でも、あのときは誰ともギアを組みたくないって本気で思ってたからさ」

「今は組みたい人がいるのか?」

「茶化さないでって」


 彼女はキャップのつばを下げて少しだけ顔を隠す。

 心なしか彼女の顔が赤くなっていた気がした。


「冗談だ。ほら行くぞ、オレのギア」

「え……あ、うん」


 オレと里緒は並んで札駅内から外へ出る。

 春にしては強めの日差しを受けながらオレたちは共に一歩を踏み出した。



  *



 札駅から出てしばらく歩いていると、彼女がオレに声をかけてくる。


「あのさ、名瀬」

「ん……?」


 オレは里緒のいる方を見るが、彼女はなぜか気後れしたようにもじもじしていた。


「あたしとギアを組んでくれて……そ、その……あ、ありがとね」


 照れながらもそう言ってくる。

 今度は心なしではなく、明らかに顔を赤くしていた。


「いや、こちらこそ階級なしのオレとギアになってくれてありがとうな」

「……あの、そのことなんだけど……それって本当のことなの?」

「階級なしが本当かどうかってことを言いたいのか?」

「うん……率直に言うと信じられないかな。あれだけ強くて、あれだけ対応力、行動力があるのに……。それにきっとあなた、名瀬家の『あおい閃光』の次期権だよね? なのに異能士階級がまだないなんて……そんなことがあり得るの?」


 当然の疑問だな。

 やはりこのことについて言及してきたか。

 だが仕方ないんだ。オレだって異能士になりたくて、師・しゅんさんに稽古を付けてもらっていたわけじゃない。



 オレはもっと別の目的のために。



 いや―――――――――。



 今のオレはアドバンサーではない。

 異能『檻』を扱う御三家の一人、異能士・名瀬統也でなくてはならない。


 

「あり得るも何も、オレは実際階級を持っていないからな。昨日だって、見習いギアとして特殊許可が下りなきゃを討伐することすら許されなかった」


 公の場では影を「奴ら」か「あいつら」と呼ばなければいけない掟がある。

 影がIWに入り込んでいると一般人にバレたらまずいからだ。


「まだ信じられない。あなたほど強い人見たことないよ。格が違うって感じがした」


 いぶかしんでいるような表情でオレを見てくる。


「それは買いかぶりすぎだ。偶然そう見えたんだろう」

「偶然そう見えるわけないでしょ」


 呆れたように語る。


「そうか? オレより強い異能士は沢山いるぞ」

「それはそうかもしれないけどさ……」

「それに和葉さんから聞いたが、里緒には異能士学校の決闘で唯一勝てない人がいたそうだな」


 ビリビリ破ける少女だとか。


「え、うん。和葉さんそれ話したんだ」

「ああ、里緒が成績優秀で飛び級したことや主席だったことも聞いた」

「成績なんて点数を稼いだだけだよ。主席はそれの結果。大したことじゃない。あたしはそんなことよりもっと強くなりたい。名瀬……あなたみたいにね。ただそれだけ」


 どこか遠くを見つめるような、それでいて野心を持ったような目で彼女は語る。


「そのライバルに勝つためにか?」

「それもあるかな。まあ目先の目標はそうなるね。……だって、そのあたしのライバル……その人は先月に異能士学校に入って来て、急に次席を取って、当たり前のようにあたしに勝ったんだよ。あたしはその後すぐに学校を卒業してるから、再戦はしてないんだけど」


 先月? 

 要はその人は数週間で次席……つまり異能士学校内二位にまで上り詰めたのか。

 一体どんな異能士なのか、非常に興味が湧く。


「関係ないんだけど、その人と名瀬の目元が少し似てる気がするんだよね。初めは兄妹きょうだいなのかと思ったけどが違うし、話を聞けばあなたが名瀬家の人だって言うからさ。その子の苗字は名瀬じゃないし勘違いだって分かったけどね」

「目の色?」


 恐らくオッドカラー(*)で目の色が違うという意味だろう。

 (*……オッドカラーシンドローム 異能性色素特異症候群)


「そう……その子の瞳、良くも悪くも珍しい色だからさ」


 悪くも、ってなんだ。 

 

「というか、ずっと聞きたかったんだけど、そのマフラーって戦うために身に着けてるの? 物凄く暑そうなんだけど……」


 首に巻く紺色無地のマフラーに視線を送ってくる


「いや、むしろ逆だ。寒いからつけてる」


 オレは手でマフラーに触れながら答える。


「え? 寒い?? あたしの聞き間違い?」

「いや、聞き間違えてない。本当に寒い………というか体の各部が冷えるんだ。まあ仕方ないさ。オレの異能副作用サイドエフェクトだからな。里緒はないのか? 異能副作用サイドエフェクト

「あたし? うーん、異能医師にてもらったけど今のところはないって言われた」

「そうか。羨ましいな。異能副作用なんてない方がいい」


 異能界隈ではSide Effect(SE)と呼ばれており、直訳は副作用。正式名称では異能副作用ともいわれている。

 また、有している異能が強力であれば強力であるほど、SEは大きくなることが知られている。


「まぁだよね。伏見の人ってSE・嗅覚異常のせいで異能者から刺激臭がするんでしょ?」

「らしいな。マナの匂いが刺激臭だとか」

「名瀬の人は温度感覚異常だっけ? あ、だから冷え性でマフラーか。なるほどね」


 ここまで聞けば理解されやすいが、SEは決して良い作用を持っていないのが一般的。

 白夜びゃくや家に至っては、視覚を失う可能性すらあると言われている。

 もちろん雷電家にもその異常は存在するらしいが、凛は頑なにそれを語ろうとはしなかった。

 



 それにしても。悪目立ちする瞳の色……か。

 

 オレはこのとき、幼馴染・雷電らいでんりんが持つ「深紅しんくの瞳」と、そして雷電一族の秘技「鬼化おにか」を思い出していた。

 四年前から三年前まで迫害され続けてきた雷電一族が「鬼狩り事変」で虐殺された最大の理由はこの二つによるものだった。


 影人と同色である「赤い瞳」に加え、圧倒的速度と力をもたらす「鬼化」。

 この二つを持つ雷電一族は、かつて混乱状態だった世界にとっては影人そのものに見えた。

 そして影人の正体は雷電一族に違いないと。そう世界に知れわたった。


 もちろんそれが真実なはずがない。

 それでも。沢山の物を失い、大切な者を失い、擦り切れて歪んでしまった世界中の人々の精神は、誰かにぶつけることでしか解消されなかったのだろう。

 その昔、独裁政治家アドルフ・ヒトラーが行ったユダヤ人迫害の根本的なメカニズムと等しい。


 オレはあのとき何もできなかった。

 ただ、凛が泣きじゃくるその姿を見つめることしかできなかった。

 もしあの場に居たのがオレではなくしゅんさんだったなら、雷電家の人々は命を落とさずに済んだかもしれない。

 現に、旬さんが来てくれたお陰で凛だけは助かった。



 オレはあのときから何も変わっていない。

 無力なままだ。

 そうでなければ、オレは………。



「仕方ないでしょ……。統也は何も悪くないわよ」


 空虚な目をしながらそう語る凛の声が、オレの頭の中で不快に響いた。


  

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