第25話 取引
*
何もない底なしの暗闇の中、あたしの周りに人が現れる。
―――「自分勝手な行動は慎んでくれ! これはお前だけの任務じゃないんだぞっ!」
初めて組まされたギアの相手があたしにそう怒鳴りつける。
―――「じ、次元が違い過ぎる……」
そう言ったのは和葉さんに頼んで変更してもらった二回目のギアの相手だった。
―――「ふざけるな!! 100%、お前のせいで僕は怪我したんだ!」
三回目のギアの相手だ。
彼の名は
あたしより5つも年上だというのに、あたしを巻き込み、あたしに任務失態の責任を押し付けてきた。
―――「そのお誘いは嬉しいし、とても光栄なことだとも思います。それでも私は里緒ちゃんと一緒にやっていける自信はありません。実力面ではなく連携面で、です。里緒ちゃんとギアを組めたら楽しいでしょうね……。だとしても私はあなたとは組みません」
異能士学校主席のあたしでも唯一決闘で勝てなかった人物。
リンネ……。あなたまであたしを拒絶した。
あたしはずっとリンネに勝つためにやってきた……リンネを超えたくて。なのに……。
―――「君が助けてほしいと思ったときに、ちゃんとオレに言ってくれるか?」
まだ名前も知らない彼。
皮肉だな……彼だけがあたしにそう言ってくれた。
あたしのことを大して知りもしないはずの彼。
異能士階級がない彼。
五回目の見習いギアの相手。
そう。これは夢だ。
あたしは少しずつ意識を取り戻し始める。
微かに、そして不明瞭な視界が広がる。
道路に広がる大量の血………。
あたしを飲み込みそうな真っ暗な夜空………。
あたしは道路に横たわっているようだ。
……そうだ。思い出した―――――。
脇腹の痛みで立ち上がれなくなったあたしは最後、力を振り絞り、有りっ丈のマナを消費することで
あたしを中心にして道路や建物に波形状の損傷があるのはそのため。
どうやら、その衝撃波で変形手を持つ影を吹き飛ばすのには成功したようだ。
けどすぐにまたあたしを殺しに来るだろう。
現にあたしのことを囲むかのように二体の影がいる。……が、様子がおかしい。一切動く様子がなく、まるで銅像のよう立ち尽くしているだけだ。
「とりあえず立たなきゃ……」
体中から強烈な痛みが生じることで手足が震える。そのせいで立ち上がることは出来なさそうだ。
このままではあたしは出血多量で死んでしまう。
そう考えているとき、あたしの視界に入る方の影が突如カクンと動き出す。反対側にいる影も動き始めた気配を感じ取る。
え、なに。どういうこと? 再び動いた!?
もう一度地面に
ギアに頼る? いや……もうあたしは十分に待った。あれから随分と時間が経過しているはずだけれど、彼はあたしを助けには来ない。
つまり階級のない彼には、影に立ち向かう勇気なんてなかった。それだけのこと。
影は走って、弱っているあたし目掛けて向かってくる。
彼ら――――影たちの瞳がいつもよりも赤く光っているように見えた。
あたしはこのまま殺されるわけにはいかない。
僅かな時間で波動を道路にぶつけるしかない。マナ残量もなければ、異能の発動調整の時間も足りない。
それでも、あたしに出来ることはもうそれしかない。
「何としてもあんたらを吹き飛ばす!」
分かっている。分かっているけどさ。
ここで影を吹き飛ばしても、それは吹き飛ばしただけにすぎない。
彼らを討伐できるわけじゃない。
分かっている。そんなことはもう分かっている。
ごめんなさい。お母さん、玲奈さん、リンネ………。
「――――違う。君が今すべきことは、影を吹き飛ばすことじゃない。ただ一言、オレに助けてと―――そう言うだけで良かった」
*
オレはそう語りながら、里緒の周りに半球状の青い『檻』を展開し、囲む。
何も『檻』は正方形型、もしくは水平の壁状にしなければならないというものではない。
実際には『檻』に使用する「面」が少なければ少ないほど展開終了までの時間が短くなる。
六面の立方体である『檻』よりも面が一つしか存在しない球形の檻の方が展開速度が大きい。ただし強度が下がる。
オレの『檻』により間一髪、里緒目掛けて攻撃していた二体の影から彼女を防御することに成功する。
「あなた、どうして……!? あたしがこんなに血だらけになっても知らん振りしてたくせに……! なんで今さら……!」
「すまない」
本当は三宮家の介入があったこと。それを止めに行っていたことなど、早急に加勢できなかった理由は存在する。だがオレはそれを彼女に言うつもりはない。
大体にしてこの任務を拾ってしまったのはオレだ。オレが無理やりにでもこの依頼を断っていれば、こんなことにはなっていない。
「しかもこの青い異能……まさかあなた……! いや、そんなわけ……」
青い透明障壁を見て何か思うところがあったのだろう。
異能の世界で『檻』というのは名瀬一族特有の異能だとよく知られている。だが、実際にその異能を目にしたことのある人間は少ない。
オレは影たちに歩み寄っていく―――――。
「来ちゃダメ! お世辞にもこの影らは弱くないっ……! 階級のないあなたじゃ、倒せるはずがない……!」
彼女は血だらけ、横たわりながら、オレが展開した半球状の『檻』の中で一生懸命に言ってくれる。
「アメリカやイギリスのネイティブスピーカーは英検を持っていない。でも、英語は話せる」
「……えっ……は? 何言ってるの」
「大事なのは、表面上の肩書じゃない、と言ってるんだ」
オレは首からはずしたマフラーの端を刀のごとく掴み、その大きな一振りで二体の影を一線し、まとめて空間的に切断した。
蒼き線と共に、一帯へ空間が切れ込んだ圧力がかかる。
その圧力が、勢いをつけた風になり辺りを吹き飛ばす。
オレは白いシャツの上に黒いパーカーという恰好の私服を着用していたが、そのパーカーも、オレの斬り込みによる風力を受けてなびく。
「………っえ!? どういうこと……」
里緒は動揺を隠せない様子。
まあ無理もないだろう。階級なしの異能者がB級の影を秒で両断するのだから――。
オレは真っ二つになっている影の切断面をよく観察することで、
「そこか」
三宮の奴……
二体の影が持つ
「ふ……!」
オレは『檻』を付与させたマフラーを
刺さった際、紫色の火花が散乱する。
途端に右にいた影の体がプラチナダストとして蒸発、消失していく。
消失し終わったかと思うと、
「噓でしょ……。こんなことって……」
里緒の発言と同時に左にいた影がこちらまで走って殴りかかってくる。
左手を前に出し、左にいる影に向かって手のひらを広げる。
檻「
――――「
「
オレの『檻』――「
その速度が原因で衝撃波が発生し再びオレのパーカーがなびく。
パキッ……パキンッ。
同様にこの影も
その一連の流れを見ていただろう里緒は静かめに呟く。
「これが……階級なし? そんな馬鹿な。あなた……一体何者なの?」
「名前を教える機会を逃したからな。言い忘れていた。オレの名前は
言いながらもオレは前を向き続ける。
「な、名瀬……? 御三家の、あの?」
「ああ、そうだが」
「じゃあやっぱり、このあたしの周りにあるドーム状の、これは……異能『檻』?」
自分を球状に囲む『檻』を見ながら里緒がそう訊いてくるが、オレは彼女の方を向かない。前に集中する。
「その話の続きは後にしていいか? コイツはさっきみたいに瞬殺ってわけにはいかない」
「え? それは……どういう?」
彼女にとってはオレの言っている意味が分からないだろう。
コイツの殺気を捉えるにはそれなりの場数を踏む必要がある。
元々、オレが三宮の
先ほどオレが倒した影は二体ともB級より少し弱いくらい……言うなればC+級……だった。
そして残りの一体……コイツは特別だ。
こいつはっきり言って化け物。レベルレート的には正真正銘のS級だろう。
つまり、和葉さんは見習いギアであるオレたちに、S級の影を討伐するような依頼を受けさせたということになる。
だから言わせてもらうが、彼女は頭がおかしいし狂っている。
オレがS級異能士・杏子の弟という理由だけで勝手にオレの強さを過信し、何の問題ないとそう思っているのだろう。
「ま、事実問題はないんだがな」
先程からオレにとてつもない殺気を向けていたS級の影が、オレの見つめる先から、真っ直ぐ爆速で攻撃してくる。
物凄い速度により空気が切られるような音が鳴る中、オレはマフラーを使い、奴の変形手の剣を流す。マフラーと奴の剣の表面にあるマナが衝突したため、白く発光する。
その攻撃を受け流した後、オレは素早く奴から距離を取る。
「コイツ、
オレは奴のいる座標に合わせて、『檻』を迅速に展開してみるが―――――。
「そんなに上手くいかないよな」
あっけなく『檻』の囲いがある場所から距離を取られた。
その檻を解除している最中に奴がもう一度攻撃を仕掛けて来る。
オレはそれをかわし、カウンターとしてマフラーを縦に振り下ろすが、奴もその攻撃を剣で受け止める。
オレが後退し距離を取ろうとすると、奴が腹部目掛けて強烈な前蹴りを入れてくる。
慌てて正面に『檻』を展開し、それを防ぐ。
『檻』と奴の前蹴りが衝突することで爆風が生じる。
「コイツ……バケモノ級に強いな」
この影が規格外に強いということは
だがここまでとは思っていなかった。
他の影とはまるで
しかもなんだ? 何か大きな違和感がある。
そんなことを考えているオレに向かって、奴は再び攻撃を仕掛けて来る。
オレが先程視認していた奴の位置から一瞬でオレの目の前までくる。
なっ……速いな。
正面に『檻』を素早く展開する―――。
『檻』の壁と影の攻撃が衝突した瞬間、互いのマナが発光する。奴は変形手の、オレは『檻』の青いマナが接触し火花が煌めく。
そのどさくさに紛れてオレは奴の左側に瞬間移動しマフラーをスライドさせ、横一線に斬りかかる。
「はぁぁぁっ――――!」
奴は屈み体勢を低くすることでその一撃を避けた。
ほぼ不意打ちだったのに駄目か。
オレと奴、共に後退し互いに距離を取るが、コンマ数秒後、奴との間合いを詰め、左斜め上からマフラーで一斬りする。
「はっ!」
奴はその攻撃を右手の剣で受けた―――――途端にオレはポジションを変えつつマフラーを右、上、右斜め下、左斜め上、と短時間で複数の攻撃を入れていく。
里緒からすれば、たった一つの攻撃動作さえも視認できないだろう。
オレの攻撃の一つ一つはそれほどまでに速かった―――――――が。
「お前、本物の化け物だな」
オレの攻撃に合わせ、変形手の剣でマフラーを次々といなしていく。
複数の衝撃と、沢山の火花が飛び散る。
「なんて速度……。速すぎて何も見えない……。一体どうなってるの?」
質問してきたというよりかは、独り言のようなものだろう。
そんな動揺と困惑の入り混じった里緒の声が聞こえてくる。
ちょうどそのタイミングで、奴がオレに左フックを入れてくる。
オレは攻撃していたマフラーをその防御に使う。
奴の左フックの威力を完全に殺すことは出来ず、互いに反動と力の反作用で地面を引きずりながら後ろへ下がる。
「名瀬っ、大丈夫……?」
勢いよく吹き飛んだオレを心配してくれたようだ。
振り返り、里緒に頷きかける。
……そんなことよりも、このような戦闘を繰り返しているのでは決着がつかない。オレも奴も決定打に欠ける。
殺していいのなら話は早いが、オレの勘が告げる。生かしておいて情報を取るべきだ、と。
奴のいる正面に向き直る。
そこでオレは身構えたまま、影に一つやってみたかったことを試してみることにした。
効果があるかは分からない。だが……。
Kから影の情報を貰った際か、はたまた2017年二月の影人的災害―――
詳しくは覚えていないが、オレは一つ以前から考えていたことがあった。
それは……影は本当に、喋れないのか。感情がないのか。ということだった。
人類と同じ形、姿をしているのにも関わらず、発声が出来ないというのは客観的に考えて筋が通らない。
人間の形をしているのであれば、人間と同じ機能が使えるはずだ。
そもそも影人は――――いや。
「なぁ影……オレと取引しないか?」
オレは数メートル先にいる影のギラリと赤く光る眼光を見つめながら、そう言い放った。
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