第24話 御三家の闇・三宮



 ドアを開けすぐに、何の抵抗もなく異能の使用者を確認できた。


 こんな堂々と陣取っているなら、隠れる必要はないな。


 倉庫内の中央にモニターが複数あり、その後方に一人、灰色のコートを着た男性がパイプ椅子に座っていた。 

 彼は素早くこちらを向く。


「おうおう、30%くらいは面白いお客が来たじゃないか」


 口元こそ口角が上がっているが、彼の目はまるで笑っていなかった。

 おそらく彼の年齢は20代前半といったところだろうか。

 暗闇ではっきりと見える訳じゃないが、モニターから溢れる光が反射しているおかげで彼の雰囲気を確認できた。

 顔は明瞭に見えないため何とも言えない。


 だが―――――。


「あんた、三宮さんぐう家の誰だ」

「ほう? 僕が三宮さんぐうの人間だと? 何故分かった?」


 彼は椅子から立ち上がりながら、こちらを向いてくる。


 やっぱりそうだったか。

 正直、確証を得ていたわけじゃなかった。

 だが、仮にもオレは御三家の名瀬なせ。同じ御三家である三宮家についてはある程度知っていた。

 かまをかけたつもりだったが、案外うまくいった。


「三体の影のうち、二体の動きが妙だった。話に聞く三宮一族特有の異能『いと』を利用した糸操術しそうじゅつ。通称―――マリオネット」


 マリオネットとは元々人形劇などでよく使われる操り人形の一つであり、特に糸で操るものを指す。

 その名の通り生物・無生物を自由自在に糸で操る。三宮一族で相伝される強力な異能。


「君……そこまで知っていながらこの場に来たのかい? 死にたくないなら僕の前から消えることをお勧めするよ。彼女のようになる前にね」


 そう言いながら、彼は何かを哀れむような目でモニターを見る。

 彼はモニターを半回転させ、オレにその画面を見せる。


 オレはゆっくりと目の前の男からモニターの画面へと視線を移す―――――。


 そのモニターには血塗れで道路に横たわる里緒が映っていた。

 どうやらあの道路周辺には監視カメラが複数仕掛けてあったらしい。その映像だろう。

 オレも全知全能じゃない。カメラがある事には気付かなかった。


 それにしても周りのコンクリート。あんなに傷だらけだったか。

 

 里緒の周辺の路地や建物などがやけに傷を付けていることに気付く。

 再び目の前の男に視線を戻す。


「お気遣い感謝する。だが、オレがあんたの正体を暴いている時点で、オレを無事で帰すはずがない」


 ここまで言うと、彼の目つきが変わった――――。

 より鋭く、そして気味悪いものへと。


「調子に乗るなよガキ。1%くらいは生かしておいてやろうかと思っていたけどな、考えが変わった。君もここで100%殺す」


 御三家の三宮ともあろう異能士が、高校生のオレを殺そうとするなんて冗談じゃない。

 あんたらはIW境界内の影を殲滅しなくちゃならないんだよ。こんな程度の低いことのために高等異能である『糸』まで使って。


 里緒の家系・霞流家かするけは、伏見ふしみ家の分家であり、本家の補佐を担当する。将来的には、里緒も現在の伏見当主である伏見玲奈れなの右腕になることだろう。

 もしその右腕の芽である里緒を予め潰しておければ、この先伏見家の失墜につながる可能性がある。

 そして、そうなって得をするのは、三つ巴の御三家のうち………三宮家と名瀬家だけだ。

 里緒を襲った大方の理由はそんなところだろう。

 異能を使う価値すらない、下劣な権力争い。


「くだらないな、三宮家は。こんなことでしか有益権力を獲得できないんだろ」


 彼に言い放つ。


「……なんだって? 君、さっきから言ってくれるじゃないか。そんなに早く里緒のいるところに行きたいのかい?」


 彼はもう一度、モニターの中の里緒を見る。

 横たわり、うずくまる里緒に二体の影が複数の蹴りを入れる。

 右から。左から。右から。左から。交互に左右から影が蹴りを入れていく。

 その蹴りを受けるたびに里緒の身体が力なく揺れる。


 本来、影の基本的行動原理は、人間という種の殺戮そのもの。

 モニターに映っているように、横たわる人に蹴りを入れるなんて行動はしない。

 つまり目の前の三宮が『糸』で操作しているんだろう。


「里緒のいるところ? どういう意味だ」

「100%そのままの意味だよ。君もあの世に行かせてあげる」


 彼は両手を強く握る。

 その際にプチンと何かが切れる音がする。

 どうやら里緒のところにいる影に繋いでいた『糸』を切ったらしい。

 里緒を好き放題蹴っていたモニター内の影が唐突に動きを止める。


「オレを殺すってことか。面白い話だが……あんたにオレは殺せない」

「君……いや……おまえは一体何を言っている? 僕が三宮一族の人間であると知っていながら、僕に勝てるとでも? 君には5%もの勝率すらないさ」

「それは―――戦えば分かる」


 その瞬間、オレの周りに見えるか見えないかギリギリの細さの白い糸のような物が何重にも体を取り巻きそうになる。


 なにっ……。


 オレはその糸が体に巻き付く前に、瞬時にマフラーを首から外す。

 結果的にマフラーの端を掴んでいる状態で、オレの体の周りに無数の白い糸が巻き付く。

 感触からしてワイヤーに近い物だろう。異能『糸』によるワイヤーといったところか。

 オレの両腕ごと巻き込まれたため、体をうまく動かせなくなった。


「それは白蜘糸はくちしといって、三宮の中でもトップレベルの硬さをもつ僕の『糸』。それに巻き付かれたら最後……君は99%、その『糸』からは逃げられない。僕は始めからこの罠を入口に仕掛けていたのさ」


 愉快な表情で満足そうに、そう語る。

 自分の勝ちを確信したのだろう。


 オレは握っているマフラーに『檻』を付与する。

 その青白く発光するマフラーを操作し、オレの体に何重にも巻き付く白い糸を空間ごと斬り取る。マフラーを刀のように動かして―――――。


「っ……!? なに……僕の『糸』が切れた!?」


 慌てふためいた様子で少し後ずさりする。


「何もそんなに驚くことじゃない。異能には相性というものがある。……こんな言葉を知ってるか。『おり』には『ころも』を、『衣』には『いと』を、『糸』には『檻』を」


 この言葉はかつて日本最強の異能者三人……伏見ふしみしゅん名瀬なせわたる、三宮桜子が皆で残したとされるもの。異能の相性を示している。


「僕の『糸』に対抗できるということは、おまえ……まさか!? 名瀬一族の人間か……!!」


 言ってる最中さなか、オレは素早く彼の目の前まで来ると、マフラーを敏速に振り下ろす。

 男は指先から白いマナで構成される『糸』を何本か眼前に展開させ、それを盾とする。

 その『糸』は『檻』を付与したマフラーでも切断できなかった。


 実は奴の『糸』自体が物理的に柔いわけではない。オレが空間断裂で空間ごと『糸』を切り裂いたため簡単に切断できたという理屈。

 異能『糸』を構成するのは光の現象そのものらしい。つまり、光子関係か。詳しいことはオレにも分からないが、奴の体から直接展開されている『糸』は空間ごと切り裂けない場合がある。


 オレは一旦後ろに下がり、構え直す。


「1000%、これだけ純度が高い『檻』を発動できるのなら、君は名瀬本家の直系だと見受けられる。『あおい閃光』に弟がいたなんて話は聞いたことがないけどね」

「それはそうだろうな。隠していたんだから」

「隠す……? 何のために」

「こっちにも事情ってものがある」


 オレは杏姉譲りである「瞬速」という異界術で奴に接近し、もう一度マフラーで切りかかる。


「おまえっ……!」


 三宮が語気を荒げながらそう言い放つ。

 その瞬間オレのマフラーの先端に切りつけられ、男の胸部に大きな切り傷が出来る。赤い鮮血が飛び散った。


 彼がオレの速さについてこれるはずもない。なぜなら、「速さ」だけなら、オレは実の姉・碧い閃光にも勝る。

 

蒼玉そうぎょく!」


 オレは急いで、体をのけぞらせた男を『檻』で囲もうとする。

 奴の周りに、正方形の青い障壁が現れる。


 このままなら檻に入れられる――――。

 そう思ったその瞬間。



 ――――ドスッ。



 あたりに大量の煙が発生する。


「なんだこれ……ゲホッ、ゲホッ、んっ」


 オレは煙を多少吸ってしまったため軽く咳込む。

 そのとき倉庫の床に何かが転がる音がする。


 これは……煙玉?



「ん? しまった」


 オレは急いで三宮の男がいた位置をマフラーで切りつける。

 煙が横一線に切りつけられることで視界を取り戻す。

 辺りを確認するが、もうそこには誰も立っていなかった。

 倉庫の中央にモニターと椅子があるだけだ。

 左手を軽く握り、『檻』の展開を解除する。発動した方の手で拳を握ると『檻』の解除ができる。


 三宮家は確か、異能『糸』を使用することで奇抜な連絡ツールを持つとされていた。

 何をしたのか具体的には分からなかったが、あの男が逃げるために誰かを呼びだしたのは確かだろう。

 左を見ると壁に三角形状の穴が開いていた。ここから脱出したか。



 高々オレ一人を相手にするだけで逃げだすとは随分情けないんだな、三宮家の人間は。


 全体的に周りの煙が晴れ始めた頃、オレは心の中であの男にそう毒づいていた。

 


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