第21話 任務失敗の兆し




   *



 同日。18時15分が経過した頃。


 オレは一時間前、和葉かずはさんに長々と説明された内容の任務を達成するべく、とある廃墟に来ていた。

 もう使われていないであろう廃墟のガソリンスタンドの駐車場で待機する。


 今度こそ、というべきか……その場所にはきちんと任務を遂行するために霞流里緒かするりおさんが姿を見せていた。

 この任務には彼女も呼ばれており、連携して任務に取りかかるよう言われていた。


「流石に任務へは来るか……」


 同じ高校に通っているとはいえ、やはり初見だった。

 女子にしては少しだけ高めの身長に黒髪セミロング。右耳にだけ髪を引っかけている。おそらく常に右耳に髪をかけているのだろう。

 クールな目つきで目じりが細く切れ込んでいる。可愛いというよりかは、かっこいいという言葉が似あうかもしれない。

 スタイルもよく、ショートパンツから黒タイツのスラリとした足が覗かせている。


 彼女はこちらを視認すると、軽く頭を下げ会釈した。

 オレは里緒さんの方に近づいていき、無理やりにでも目を合わせて会話する。


「霞流さん、これから一緒にギアを組むことになってるが、よろしく頼む」


 彼女が小声で「は?」と言ったのが聞こえた。


「えっと……よろしく。でも多分……あなたもあたしについてこれないよ。あと里緒でいい。同級生でしょ?」


 彼女は無表情で不愛想にそう言った。

 だいぶツンツンしているタイプの女子だな。

 

「そうか。それじゃあ、里緒と呼ぶ」


 彼女は軽く頷いた。その際に右側に垂れてきた髪を再び耳にかける。


「参考までに君の異能を教えといてくれないか?」


 主席である彼女の異能に少しばかり興味を持った。

 霞流かする家ということは『ふるえ』系統の異能者だろうが。


「え……? 面白いこと言う人だね。そんなの聞いたってどうせ私が全部やるんだから意味ないけど」


 初め彼女は少し驚いた様な表情を見せたが、また初めの無表情に戻った。


「……そうか。なら聞かないでおく」


 彼女はもう一度コクンと頷いた。


「今日昼に約束してたのに来なかったのはごめん。それは悪かったと思ってる。……だけどあたしは誰ともギアを組む気はないの」

「まあ、いいよ。気にしてない。でも、これからもギアを組まないというのは異能士としての活動の限界があると思うぞ。君の考え方は大体は理解したつもりだが、それでもギアは組んだ方がいい」

「……会って初めての人に考え方を理解したみたいなこと言わないほうがいいよ。あたしのことが分かった。理解できた……。そんなわけないでしょ。こんな一瞬で一体どれだけのことが分かったっていうの? そんなに人って簡単なものじゃないでしょ」

 

 冷淡でクールな口調ながらも内心の情を熱くしているのは伝わってくる。

 君が今ストレスを抱えている理由は少なくとも分かった。

 要は雑魚ザコい奴は使えないからギアにはしたくないし、足手まとい。おそらくそう言いたい。具体的には違うことかもしれないが大体がこんなところだろう。

 態度がそれを物語っている。


「多分、里緒は信頼できるギアの相手に出会ったことがないんじゃないか? 今の仕組みでは卒業後すぐにC級異能士同士がギアを組むことは出来ない。だから里緒は強制的にD級異能士と組まされる。違うか?」


 彼女はうつむきながら下唇を噛む。恐らく図星だろう。

 里緒の異能士階級はC級。組まされるのがD級だと足手まといになることもあるだろう。


「じゃあ何。あなたならあたしが信頼できるギアになってくれるの? あなたならあたしに任務を押し付けない?」

「残念だが、それは無理だろうな。オレは今『階級なし』だ。信頼されたくてもできないだろう」


 実は特級異能者です、と言ってもここでは通じない。


「は? 何それ、冗談のつもり? 階級なしってことは、あなた、まだ異能士ですらないんじゃない?」


 まあ、そういうことだな。彼女の言っていることは正しい。

 三月の旧秋田県でオレが進藤に影の討伐数を譲ったのは、これが根底にある原因だった。

 異能士としての資格がなければ影の討伐すらもまともに許可が下りることはない。


「逆にどうしてあなたみたいな役立たずを和葉かずはさんが推薦したのかも全く分からない。正直揶揄からかっているようにしか感じない。これからの任務だってどうせあたしが全部やることになる。影2体くらいあたしが一人で片付けてみせる」


 今夜の任務は2体の影の討伐依頼だ。オレにとっては人生初依頼となる。


「頼んだ。正直めんどくさかったから、里緒がやってくれるならむしろ助かる」

「……そう」


 彼女は呆れたように一言いい残し、背を向けて反対側に歩いていく。


「あ、そうだ」


 彼女はそう言いながら何か言い忘れていたとでも言う様にこちらの方に向き直る。


「これから異能士として、あなたと二度と会うことはないだろうけど、名前くらい聞いておく」


 異能士として、と付けたのは学校で生徒として会うことはあるからだろう。

 同じ学校に通っているのだから無理もない。


「オレの名前か?」

「他に何があるの?」

「そうか、オレの名前は―――」


 プルルルルルルー。


 オレが嫌いな「名瀬」という御三家の名前を言おうとしたその瞬間、自分のスマホの着信音が鳴る。


 スマホの表示を見ると二条和葉となっていたので目の前で様子を伺っている里緒にその画面を見せる。

 彼女は静かに頷く。


「スピーカーにしてくれる?」

「了解、ちょっと待て。……よし、できた」


 オレは自分のスマホの通話音源をスピーカに変更し、音量を少し上げる。


『もしもし? 二条よー』

「はい、オレと里緒、両名います」

『はーい、わかったわ。二人とも揃ったのね。良かった良かった。そろそろ目標ターゲットが通過する予定。準備を整えておいて。位置はポイントB付近。プランCで決行することをお勧めするわ』

「分かりました」


 里緒が答える。


『あ、里緒もそこにいるの?』


 分かりました、という里緒の声を聞いてそう聞いてくる。


「はい、居ます。なんかあたしに用でもありました?」

『いやーなんもないよ。ただ頑張んなさいよって』

「……えっと、はい。頑張ります」

 

 これがただの激励ではないことをオレは数分後に知ることになる。

 


  *


 

「予定通りポイントBに影が来たが、数が多い。手違いか?」


 オレと里緒は廃墟のガソリンスタンドの屋根の上に登り、屈みながら少し遠く……100メートルほど先の地点について会話していた。


 そこには影らしき黒い肌の人型の化け物が3体歩いていた。

 依頼では2体の討伐となっていたはずだが、どういうことだろうか。


 今回は特例でかなりレベルが高くなると和葉さんからあらかじめ伝えられていた。だがそれは二人で影を2体仕留めなければならないから。

 にも関わらずポイントBに現れた影の数は二体を超える3体。これは相当な非常事態だ。


「相手の影人のレベルレートがD級だって和葉さんが言ってた。だから大丈夫じゃない? 弱い奴が何人増えようと、何体増えようと変わらないでしょ」


 里緒にとってD級の影など本当に敵ではないだろう。威勢や態度を観察する限り、虚勢を張っているようにも見えない。


「ああ、かもしれないな」


 ここまで言っていたが、オレは特殊な眼「浄眼」を使用して影を見てみることにした。そうすることでオレはに気付く。


 オレのこの浄眼は御三家の中でも特異的に発現する稀有な才能で、ある種の宿命のようなものらしい。

 だが正直性能的には練度が低い。オレでも発動の際には瞳が青くなるが、歴代の「浄眼持ち」異能者はそのほとんどが常に青い瞳を維持していたという。

 つまりまだ上手く扱えていないのだ。



 しかし影をこの浄眼で見るだけで、影のレベルくらいは分かった。


 だからこそ、オレは気付いてしまった――――――。


 和葉さんは頭がおかしい、ということに。



 なんとなく嫌な予感はしていた。


 通常、見習いギアには担当異能士が同伴するもの。

 例えば、戦闘経験が浅いオレたちがもし危険な状況になったとしても担当異能士である和葉さんが救済を入れることで、なるべく安全に任務を行える。


「なあ里緒、ひとつ落ち着いて聞いてほしいんだが、この討伐依頼はやっぱりやめておかないか?」

「え、何言ってるの? なんで今更……というか、あいつらを倒すのはあたしでしょ? あなたがどこの家系の異能士か知らないけど、『階級なし』で任務に来るのは相当イカレてるよ。少なくとも、まともな家系ではない。だからあなたはそこで見ててくれればいい。討伐報告書にはきちんとあなたも戦ったことにしといてあげるから」

「いや、そういう問題じゃない……というか、戦うのがオレじゃないからこそめた方がいいと言ってるんだ」

「はい……?」


 余計意味が分からないとでもいうように彼女はオレの方を見て首を傾げる。


「この依頼は辞めておいた方がいい」


 オレはゆっくりと告げる。

 彼女は自分ひとりで戦うと言って聞かない。だからこそ戦うのはオレではなく、彼女になってしまうだろう。


 そうこうしてるうちに3体の影がポイント地点につく。

 彼女は3体の影がいる方に向き直り、今にも攻撃しに行きそうな体勢を取る。


「待て。考え直せないか?」

「だから、なんであたしがあなたの指示に従わなくちゃいけないの?」


 彼女はオレの方を向くこともなくぶっきらぼうにそう言い、屈んだ状態から立ち上がる。


「それじゃあ、そこで待ってて」


 そう言う彼女の腕をオレは掴み、止める。

 すると彼女はウザそうに振り返る。


「なに?」

「君が助けてほしいと思ったときに、ちゃんとオレに言ってくれるか?」


 オレは静かにそう言いながら、里緒の目を真っ直ぐ見つめる。


「ごめん、あなたが何を言ってるのか分からない」


 そう言いながら彼女は腕を掴んでいたオレの手を払いのける。

 里緒は自分が一人で片づけてくるという勢いで、影3体に突っ込んでく――――。



「はぁ……仕方ないか」


 オレは討伐に向かう里緒を見ながら大きなため息を吐く。

 初めの方は何もしないことにした。


 里緒を観察していると、まず屋根から落下していく彼女の両手より空気の揺れを感じる。


「あれは――波、か」


 里緒は波状の空気を発生させ、その波動で出来上がった塊を両手で一つずつ押さえた状態をキープしながら、影の死角側まで走っていく。


「建物の背後、影の死角をロケーションとして獲得した、か。結構賢いな。戦術は悪くない」


 その直後、彼女は目にもとまらぬ速さで2体の影の後頭部付近に思い切り波動の塊をぶつける。

 不意打ちという形だった。

 

 二体の影両方とも、うなじ付近から胸部まで、里緒の波動打ちが貫通して破損する。床に大量の血が散乱すると同時、プラチナダストになり空気状に蒸発する。

 


 に気付いたオレは、マフラーの下に隠してあったうなじにあるチューニレイダーを起動させる。

 

 まずいな。もし里緒が負けそうになれば、オレがすぐさま手助けするつもりだったが。

 もしかしたらそれは出来ないかもしれない。


 運よく生き残ってくれよ里緒。


 そう願いながら、オレは里緒の戦闘している方角とはと走り始める。


「K、聞こえるか。少し頼みがある……」

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