第ニ章 波紋編
第20話 霞流里緒
*
それからゴールデンウィークが始まった。
名瀬家本家が北海道の東地方にあるので、札幌との距離がある。そこから通学するのは不可能に近い。よって自分はマンションの一室を借りている。
要は一人暮らしという形態だ。
なんという自由、なんという喜び。ああ……一人暮らしって最高! と最初は思っていたが、段々と食事や掃除が面倒になってくる。
今日オレはとある女子と会う約束をしており、その人との初対面となる。
その人物もオレと同じ成秀高校に通っているらしいが学校で会ったことは一度もないと思われる。
ゴールデンウィーク初日の午後2時頃。
待ち合わせ場所は札幌駅のオブジェの前と約束してあったため、その場所でしばらく待つことにした。
*
約束は2時半のはずだったが、その時間を20分過ぎた2時50分になっても、目的の人物が現れる様子はなかった。
流石に遅すぎる、と素直にそう感じた。最初の10分くらいは待っていようと考えていたが、20分も経てばもはや問題だろう。
いくらなんでも20分待って来ないのはおかしいので、オレは
数秒して二条さんが電話に出る。
『もしもし統也くん? どうかしたの?』
「あ、二条さん? 少し聞きたいことがあったので連絡しました」
『
「……え?」
『みんなからは和葉さんと呼ばれているから、統也くんもそう呼んで構わないと言っているのよ』
「あー、なるほど?」
学校では先生と呼ぶだろうが、個人的な付き合いでは和葉さんと呼ぶことにしよう。
『で……? 何か話があるんでしょ?』
和葉さんは今急いでいるのか、話をさり気なく元に戻し本題に入る。
「ええ、そうです。あの……今日会う予定だった
『あー、あの子ね。うん……そういえば会うのは今日だったわね』
「はい。でも、まだ彼女が来てないんですけど」
『うん……』
いや、うんって言われてもな。オレにはどうしよもないんだが?
「オレ日程間違えましたか?」
『いえ? 間違えてないわよ』
しれっとした声で、私は何も悪くないとでも言うかのような口調でそう言う。
「ですよね……。でも
『――多分違うわ』
和葉さんはオレの言葉を遮り、はっきりとそう述べる。
『用事なんてないと思うわ。普通に来なかったのよ。要はすっぽかしたってこと』
彼女はまるで初めから来ないことが分かりきっていたかのような言い草をする。
『やっぱり来なかったか……』
その後和葉さんは独り言のように小声でそんなことを言う。
「
『いやまさか……来る可能性もあったわよ。……本当よ? じゃないと統也くんにだけ約束させる訳ないでしょ』
「はい……」
実はオレと霞流里緒は「見習いギア」を組むことになっている。担当異能士は二条和葉に設定する予定だ。
担当異能士とは見習いギアの先生のようなもの。指導や責任、引率を委任されていると言っていい。言うなれば徒弟そのものというわけだ。
ギアとは異能士として活動し影を討伐するために組まされる2人1組のツーマンセルのこと。
1人で影を討伐することの難易度や異能の多様性の観点から、このギアという仕組みが取り入れられるようになった。
まず、前提として影を単独で複数討伐しようとするのは蛮勇という言葉の通りだろう。不可能に近いと言ってもいい。
オレが1人で6体の影を倒したことや、鈴音が3体討伐したということは、一般的に見れば偉業で、とんでもない事だとされている。
真実ではないが、影を6体も討伐した進藤は伝説のような男になってしまう、ということでもある。
まあ、それは冗談だが。
こういう視点からも鈴音さんの強さが規格外だったということがよく分かるだろう。
『統也くん、今日彼女がなんで来なかったのかって思ってるわよね』
「まあ、そりゃ。思わないと言ったら嘘になりますね」
『そうよね。実はこれで5回目なのよ』
あからさまに呆れたような、何かを諦めたような口調で話す。
「はい……? 5回目? 何がです?」
『ギアを組み直すのが、よ』
「ギアを? だけどギアを組むのはそんなに簡単なことではないですよね? ましてやホイホイ相手を変えるなんてこと出来ないはずですが」
『もちろんよ。たくさんの手続きが必要なの』
「そりゃそうでしょう」
参考までに言っておくが、ギアはその組んだ相手とセットアップや一式のツーマンセル単位の攻防などを一生をかけて訓練する。そんなにスマホケースみたいにホイホイ変更するものじゃない。
『でも。それでも5回目なのよ。里緒は異能士学校で常に首席、決闘でもとある人以外には負けたことがない。飛び級して即卒業、その後すぐにC級異能士に昇格。はっきり言って天才肌なのよ。彼女の異能に対する考え方が凄く偏っていることを除けば、この辺りの地域ではかなり優秀な異能士として活動出来るわ』
「一人には勝てない? というと?」
何故かその部分が気になった。
『里緒は異能士学内ではトップなのよ? 当然、実戦形式で異能を使用しながら戦闘する模擬訓練の決闘でも、他の誰かに負けることはない。トップの実力があるのだから当然のこと。でもそれは、ただ一人を除いての話よ。里緒は最近転入した次席である「彼女」に一度も勝利したことがないらしい』
「へぇ、その人は強いんですか?」
『ん? 統也くんも夏から通う異能士学校で出会うことになるわ。そのビリビリ少女こそが、里緒にとっての最大の宿敵よ』
ビリビリ少女というのが引っかかるが、ビリビリ破けるのか。
そんなふざけてたことを考えているときだった。
『え、何……? 今通話中なんだけど? 見れば分かるでしょ』
どうやら、オレにではなく電話の向こう側にいる人と和葉さんが会話しているようだ。
『え? 緊急招集? 無理よ、そんなの。今、優秀な異能士はほとんど北に遠征してるのよ。まだ一人も帰還していないわ。そろそろ帰ってくるとは報告されてるけど……え? 札幌駅の近く? 尚更無理よ。そんなこと……』
オレは状況こそ知らないが、あまり愉快な雰囲気じゃないな。
『だから、無理だって言ってるでしょ! 何回言えばわかるの!? 名瀬家か伏見家にそのまま伝言を伝えて。もう夕方よ。早くしないと夜になっちゃうでしょ!』
和葉さんがかなり慌てている様子が分かる。
「あのー? 和葉さん……?」
話しかけづらい雰囲気だったが、このままいつまでも通話しているわけにもいかないだろう。和葉さんの邪魔もしたくはない。
と、思ったのだが。オレがここで声をかけた時、明らかに和葉さんの死んでいた雰囲気が生き返るのが通話越しでも伝わってくる。
『あ……そうか! その仕事、やっぱり私に任せてくれない? いいから、いいから!』
嫌な予感がした。
急にその仕事を引き受けると言い出し始めた。
「あの……?」
恐る恐る話しかける。
『統也くん。今日の夜、18時頃って暇? 暇よね? ねえ、暇よね? 暇じゃないなら開けて』
いや、もう強制だろ。暇を押し付けているのは、もう暇とは言わないだろ。
何も言わないでいると。
『オッケー。じゃあ決定ね。今日17時頃に改めて指示を出す電話するからからよろしく』
———————プツン。
おい。あの人、通話切りやがったぞ。あれだけ最後暴走しといて。
このあとオレはとんでもない任務を任されることになる―――――。
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