高校

第14話 当主・伏見玲奈



  *



 午前1時半頃。

 辺りで街灯以外の明かりはほとんど存在しない真っ暗闇。

 路角にある小さな公園のベンチに二人腰かけていた。


「練也、次の依頼この辺りであってるよな?」


 20代前半くらいの男性である異能士がギア(*)に確認する。


(*ギア……二人一組で異能士が活動するという仕組み。討伐の際は基本的にはギアを組む。またギアを組んでいる相手自身のことを指すこともある)


「ああ、そのはずだが……」

「しばらく待つか」

「そうだな」


 相手のギアも20代前半の男性でこちらは缶コーヒーを飲んでいた。


「なあ、そういえば聞いたか?」

「……ん?」

「風の噂に聞いたんだが、名瀬杏子さん、シベリア遠征から帰ってくるらしいぞ」

「おお、やっと我が当主が北海道に戻ってきたか……しばらくは安泰だな」

「そうも言ってられないだろ。今の北日本国の異能士環境は杏子さんに依存し過ぎている。いくら最強の『あおい閃光』といっても、例えば病気とかになれば元も子もないだろ」

「まあ、青の境界ができてから杏子さんに頼りきりな面があるのは事実だな。彼女にしか解決できないことも無数にあるだろうからな」

「俺らはその彼女の下で働けるんだから……」


 彼がそこまで言ったところで、コーヒーを飲んでいた方の男性が正面を見たまま、彼の腕に強めにひじうちをする。

 彼も同じく正面を見る。


「とうとうお出ましか……。今日もちゃっちゃと終わらせて帰ろうぜ」


 影人が一人で路地裏に入っていくのを二人の異能士は目撃した。


「おい、何をぼさっとしてる。追いかけるぞ」


 良一は無口のまま頷く。

 彼らは人気が皆無と言っていい路地裏に走って来る。


 路地裏に来て早々に練也が周辺を必死に見回す。


「なあ、良一。見失ったぞ」


 彼らは標的の影人を見失っていた。


「おいおい嘘だろ。すぐそこにいたのに、どこ行きやがった」


 練也が両手にナイフを取る。彼は二刀流ナイフ使いの異能士だった。ナイフにエネルギーのような発光体が憑依する。これが彼の異能なのだろう。


 彼らは態勢を整えて背中を預け合いながら足音を消し、さらに路地裏奥へと進む。

 一歩、また一歩と慎重に前へ進んでいく。

 練也と良一の目つきは共に鋭くなっていく。


「なあ、良一。なんかおかしくないか? 俺らが今まで戦ってきた影人の中で、こんな訳分らん隠れんぼみたいなことしてきた奴がいたか?」

「いや……」

 

 そのとき。


 プシャアアアアァァァーーーーーー。


 何かが噴き出る音がした。

 良一は慌てて隣を見る。先ほどまで練也がいたはずの隣を……。

 

 そして、受け入れられない、いや受け入れるのに時間がかかるその様子を見て良一は目を大きく見開いて驚愕する。


「れ、練也……!! な、なにが……!?」


 彼は声にならないような震える声で必死に発声する。


 練也の首から上が無くなっており、首の頸動脈けいどうみゃくから血が、まるで噴水のように噴き出ていた。

 彼は恐怖と驚嘆のあまり身動きが取れなかった。

 

 数秒後、背後で「ボトッ」っと何かが路地裏道路に落下した音が鳴る。

 彼は恐る恐る後ろに振り向く。

 

 暗闇の中、背後に落ちているそれを認識した彼はみるみるうちに恐怖に怯えた表情へと変化していく。


「あ、あ。あああああああぁぁぁーーーーーー」


 彼の叫びが雄たけびのように路地裏に響く。

 良一の背後にあったもの。


 それは―――――――練也の生首だった。

 もちろん転がっている生首の練也の目にもう生気はなかった。

 血が道に大量にばら撒かれ、散乱する。

 路地裏奥の暗闇、闇という闇からゆっくりと何かが歩み寄ってくる。


「お、お前が練也をったのか!!」


 暗闇の中、不気味に赤色の瞳だけが二つ、くっきりと浮かび上がる。

 ギラりとしているその赤い瞳の視線に対抗するように、良一も睨みつける。

 その赤い眼の持ち主は服こそ着ているものの肌は黒く、影人であることは言うまでもなかった。

 

 良一は両手に力を増大させる異能を展開する。


「練也、今かたきをとってやるからな!」


 そう叫びながら影人に向かっていく―――――――――が。

 

 相手の影人が瞬きする間に、ニヤリと気味悪く笑う。

 その影人の表情を見たとき、良一は全身の身の毛がよだつのを感じる。さらに体の隅々にまで不快な悪寒が走る。


「影人が………笑った……だと……!?」


 そんな風に笑ったかと認識した直後、一瞬のうちに目の前から影人が消える。


「???……どこ行きやがった!!」

 

 影人がどこへ行ったのか……と良一は思った。


 だが、その思考を最後に彼の意識は消失した。


 結果的に床に二つの生首が転がり、辺りは血しぶきの雨を降らせた。

 

  

  *(玲奈)



 とある平日。早朝。

 私はオッドカラー(*)である自分の金髪を後ろで結ぶ。(*……オッドカラーシンドローム、異能性色素特異症候群)


「こんばんは。今日はどういったご用件で?」


 私はその客間に誘われた目の前の訪問人に親切に対応することを心掛けながら接する。


「伏見家当主・伏見玲奈ふしみれなさん、少し話があって伺いました。迷惑でなければ少しお時間をいただけますか?」

「ええ、構いませんよ」


 私は社交辞令の笑顔を向ける。


「申し訳ないですね。歌手の仕事が忙しいでしょうに」


 嫌味のつもりだろうか。歌手である前に私は異能士なのだけれど。


 前方にあるソファに座った客人である若い男性は異能士協会の端くれだろう。

 それでも、まだより明らかに年上の様子。


「いえ、お気になさらず。それよりも話……と言いますと?」


 私は彼の目を見つめながら訊く。

 いや、もしかしたらこの人は幹部の人間かもしれない。彼の眼光を見てそう思い直していた。

 どちらにせよ、異能御三家として有名である私たち「伏見」に話があると言ってきているのだ。


「まずは先日起こった連中のレベルレート判定ミスについて。そしてもう一つ。我々としてはこっちが本題なんですが、この間起こったについて不審な点などを互いにすり合わせて話を統合したいなと思いまして。御三家の中でも裁判的な役割を担うここの家系にお願いするのが一番かと」


 彼は少し楽しそうな表情でそう言う。

 連中とは影人のことだろう。


「第一に一つ言っておきたいんですが、レベルレート判定ミスの件、それは私たちにとってはほとんど関係ないのでは?」

「……まあそんな冷たいことは言わずにお願いしますよ」


 影人のレベルレートとは単純に言えば影人の強さを示す指標の一つだ。

 この影人たちのレベルレートの同等が目安の異能士階級となる。


「お願いしますも何も、やられたのは東の異能士ですよね? 私たちは西の管轄です。東管轄の名瀬家に尋ねるならまだしも、私たちにお願いされてもどうしようもありません。そんなことはあなた方異能士協会だって百も承知でしょう?」

「それはそうなんですがね。まぁまぁそう言うわずに説明だけでもお聞きください」

「はぁ……」


 私は仕方なく耳を傾ける。


「数日前未明、男性二人のA級異能士……長嶋練也、佐竹良一が無残な死体となって路地裏で発見されました。A級異能士とは異能士の中でも相当のベテランであり、影人への対処なども一流な者が多い。そんな彼らが殺されたということは、理論上相手はA級以上の影人ということになる。つまり、彼ら二人の異能士は本来討伐許可が下りないほどの格上だった影人を相手にした可能性が高い、とされています」


「だけど、こういう事件の類は別に稀なわけでもなく、異能士として活動していればよくあること。異能士になったからにはそういったことも覚悟しながら生活しているでしょう」

「いえ、問題はそんなことではないんです」

「はい?」


 私は疑問符を浮かべる


「異能士専門の鑑識の結果では、影人とその亡くなったA級異能士の戦闘は終了したらしいのです。現場の周囲に残留しているマナの残影が少量だったことから、異能を長時間使用することもなく決着がついたとの結論が出されています。もし、長時間異能を使用していたり、強力な異能を発動したりするとマナの残影濃度が高く検出されるはずですからね」

「戦闘が瞬間的に終了したということは、比較するまでもなく圧倒的に影人が強かったということ……?」

「ええ、仰る通りです。そこで、御三家の名瀬、伏見、三宮のすべてに連絡することで結界の張れる異能士に各要請してもらっています。そこにある資料の領域を塞いでいただきたいとね。また伏見家管轄の異能士には外出の際に気を付けるよう勧告を出しておいてください」 


(*結界……他界との一線を引く古式異能の類で領域を区分け可能)


 そう言いながら彼は勧告令の詳細が記してある書類をテーブルの上に置く。

 私はその書類に目を通しながら口を開く。


「その例の影人は、もしかしてS級以上だったりするんですか?」


 私は単純な好奇心で聞いてみることにした。


「さあ、自分には分かりかねます、が……。可能性はあるでしょうね」

「なるほど……分かりました」


 レベルレートの判定ミス……ね。


 やっと理解した。ここまでこの話が来た理由が見えてくる。相手がS級の影人なら他家の被害だったとしても看過できない。

 なぜなら、いまのところS級影人を倒せる可能性があるのはS級異能士くらいしか存在しない。

 そしてそのS級異能士も日本には四人しかいない。


「分かっていただけたなら、それでいいんです。本題はここからなわけですが――」


 彼はテーブルの上の書類を見ていた視線を上げ、私の方を見る。


についてでしたよね? 以前に起きた廃病院で昼間に影人が出現したという、あの」

「ええ、不自然な点などたくさんの問題点がありましたから」


 確かに私から見ても不自然なことは多かった。まず、前提として影人は昼間に活動することはない。のはずなのだけれども、奴らはしっかり真昼に戦闘力を発揮していたという。

 この情報は鑑識の調査から言質はとれている。


 さらにはそこにいた9体すべての影人はB級からA級。すなわちB級からA級の異能士が総出でギア(*)を組んで初めて討伐できるレベルレート。

 それを駆け出しでありC級に昇格したばかりの進藤という異能士一人が6体も倒したというのはにわかには信じがたい。


(*ギア……二人一組で異能士が活動するという仕組み。討伐の際は基本的にはギアを組む。またギアを組んだ相手のことを指すこともある)


「あれは札幌中央異能士学校に所属する上級クラスにいる進藤樹しんどういつき、男性、17歳、C級異能士……彼が影人6体を倒したという報告書が来ていますが?」


 私は手元の資料を見ながら目の前の男性にそう伝える。

 もちろん本当に進藤なる男子生徒が討伐したなどとは微塵も考えていなかった。


「ご冗談を。そんな愚かな話を信じるわけありませんよ。一人で6体を討伐……? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。異能士を、そして影人を舐めすぎですよ。かつて青の境界が設立される前、影人に一体どれだけの人間が殺戮されたと思っているんですかね。そのせいで人類はOWを放棄して、IWに逃げ込んだというのに」


 半分不満のような彼の意見を聞きながら、私も考えをまとめる。


「……そうですか。それで、私にどんな決断を求めているんですか? 確かに私の家系では司法を主とする傾向があります。異能士界隈の中でかなりの決定権を持っています。ですがA、B級クラスの六つの紫紺石の所有権は進藤いつき君にあるので、私たち伏見家に出来ることは限られています」


「ほう? 伏見家で当主を務めるあなたがそこまで言うなら、そうなんでしょう。ですが―――」

「ですが……?」


 彼は目つきを変え、鋭い眼光を持ってして私を睨みつけ、もう一度口を開く。


「……伏見玲奈れなさん、あなた本当は6体の影人どもを討伐した人物に心当たりがあるのではありませんか……?」


 なるほど。そう言うことなのね。

 目の前にいる異能士協会の彼は、私たち御三家を疑っているのだ。


 事実として御三家に属する人物は誰を取っても高レベルな異能を使用できる実力者ぞろいと言える。

 私に、父・伏見旬から受け継いだ異能「ころも」があるように、名瀬・三宮にも継承されている強力な異能が存在する。

 それだけの実力があれば6体の影をすべて討伐し得ると考えているらしい。


 一応思い当たる人はいる。

 あの現場で、あんな風に影を一掃できる破壊力と封印力の二つを兼ね備えた異能の持ち主。


 私の頭の中では「あおい閃光」と名高い人物が想起される。

 世界最高ランクであるS級異能士に指定されており、日本では四人いるS級異能士のうちの一人として知られている。

 北海道の三州をそれぞれ司る「御三家」のうち名瀬家・現在当主。

 

 ――――――名瀬杏子なせきょうこ以外の人物は思い当たらない。

 

 あんなことが単独で可能なのは私の知る限り彼女くらいなものだ。

 もし杏子さんが大館市事件を解決した本人なら、ここで心当たりとして彼女の名前を出すのは彼女にとっては不利益。

 彼女のためにと思い、私は白けることにした。


「さあ、心当たりはないですね」

「……そうですか。私はてっきりあなたがた御三家の人間がやったと思ってたんですけどね……。もし違うとしたら、それはそれでとんでもないことですよ。6体の影人を単独で討伐できるほどの圧倒的な力を持つ最強の異能士がこの世に誕生した瞬間です。まあ、そんな人がいれば、の話ですけどね」


 彼は少し不気味な笑みを浮かべながらそう皮肉を言った。

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