第13話 進藤という異能士
*
「感謝されることなんか何もない! この女の子がやらなくて、俺が倒せるはずだったんだ」
悔しそうにそう述べた彼は、進藤と名乗った駆け出し異能士だった。
彼の茶髪の髪は爽やかにカットされている。更にはイケメンな青年だった。
年齢は大体オレと同じかそれ以上。
まあ、オレはあんまりこいつが好きではないが、それはオレの意見に過ぎない。
ちなみに髪は茶髪だが、決して染めたわけではないだろう。
もともと異能者は、髪や瞳の色に異常が現れることが多く、髪が多少変色したり、瞳の色が微かに黒色以外になることがあると知られている。
この現象は異能性色素特異症候群(オッドカラーシンドローム)通称「オッドカラー」と呼ばれている。
「倒せるはずも何も、お前が倒したんだ。そういうことにしてくれ。いいな?」
「でも……」
彼はどうやら葛藤しているようだった。
オレは次のような旨の頼みごとをしていた。「彼女は起きた際、使った異能の影響で記憶を失っているだろうから、混乱させないために、この中の6人の影を倒したのは進藤、お前だということにしてくれ」と。
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
爆発が起こってから数十分経っているのだから当然のことといえる。なんなら少し遅いほどだ。
この段階でオレが異能を無許可で使用したと公表されるわけにはいかない。
その点、こいつ、進藤は何の問題もない。
法律的にはこいつはD級異能士として認められている。
異能士の階級制度はS級からD級まで存在し、S級異能士が世界に10人未満とされる特級クラス。いわゆる特級異能者のようなもの。
D級が駆け出しで、要は影の討伐資格のみ与えられた異能士のことだ。
異能士は公的には知られていない職業。警察だったとしても異能士や影人の生き残りの存在をはっきり認識している人はそう多くはないだろう。
「青の境界」の中、IWに影の生き残りが潜伏し暗躍していること。それを討伐するために異能士という職業がある事。
これらは一部の政府関係者のみが知る案件であり、世界では秘匿事項とされている。
その点、進藤が隠れ蓑になってくれるのなら本望だ。オレは今自分の存在を隠したい。
彼も6人の影を倒したという手柄を立てられる。良いことずくめだろう。
あの状況下において、たった一人で影を6人討伐するというのはかなり不自然だろうが、まあ何とかなるさ。
「紫紺石はお前が持っていけ」
「いや、でも俺は……」
紫紺石とは、影が完全に殺された際に生じる紫水晶の一種だ。紫色に輝いていて、その色合いや濃さを調べると影の強さや性質が詳しく分かるとされている。
これを売れば、お金に変換できるという仕組みで異能士は生計を立てている。
「あんたが6人の影を倒した、いいな?」
「本当にそれでいいのか。本当は9人とも、この子が倒したんだろう?」
進藤は横になっている鈴音さんを見ながらそう訊いてくる。
形だけでも、こう言いたいようだな。男の意地だろうか。
本当は喉から手が出るほど欲しい手柄だろうにな。
「さっき言ったろ。この子は目覚めたときに異能の影響で記憶障害がある。お前が倒したってことにしなければ、誰が影を討伐したのかって話になってしまう」
無論嘘だ。記憶障害なんてものがなくても、鈴音さんは誰かが6人の影を仕留めたことを認識しているかもしれない。
言うまでもないが6人はオレが倒しておいた。
パトカーや消防車、救急車のサイレンの音が徐々に近づいてくる。
まずいな。そろそろここを離れなければ、警察がこの一帯を包囲するだろう。
そうなればここからの離脱は容易ではない。
「それは……そうかもしれないが」
進藤はまだ納得がいっていないようだった。
「すまない。オレは急いでるんだ」
「待ってくれ!」
呼び止められ、オレは走り出していた足を止める。
「なんだ?」
「お前、名前はなんていうんだ?」
「さあな」
「教えてくれない……か」
「もう行っていいか?」
「待て! まだ聞きたいことがある」
「まだ何か?」
ここでオレは振り返り、進藤を見る。
「お前も異能士なのか?」
進藤は少し強めの目つきでオレを睨む。
「オレはあんたの思ってるような異能士ではない。
「異界術士……? そうか。なるほど。理解した」
「満足してくれたか?」
オレはそう問いかけた後、返答も聞かずにその場から走って離脱する。
その直後、警察や異能士関係者が工事中だった病院の中へ突入した音が聞こえてきた。
「間一髪か。かなり危なかったな……」
オレはその場を離れながらこめかみに流れる汗を拭きとり、うなじにあるチューニレイダーの反応を確かめる。
「K、ちゃんと聞こえてたか?」
『うん、聞こえてた。あなたも悪趣味なところがあるって知れた』
「いや、どこがだ?」
『だってさっき異界術士って言ってた。あなたが異界術士だったら世界は崩壊するでしょうね』
「別に崩壊はしないだろうし、悪趣味ではないと思うけどな」
オレの正体が異能士だと悟られたくなかったが、異能について知っているとなれば、異能士か鑑定士、代行者、もしくは異界術士がそれに該当するだろう。
才能が必要となる異能力とは大きく異なり、力の増強やスピードの取得など、主に肉体強化が可能とされている異界術。これを使用し影と戦闘する部隊である境界部隊の隊員たちが異界術士とされている人たちだ。
彼らのほとんどは異能という才能に恵まれず、それでも影と戦いたいという願いを持った者たち。
『誰が異能の才能に恵まれてないって?』
「耳が痛い話だな」
『そういうこと。それが悪趣味な理由ね。……それより、鈴音さんは大丈夫だったの?』
「ああ、ギリギリだったことは認めるが、命に別状はないだろう。彼女自身、死を覚悟してたみたいだがな」
オレは振り返って、煙の立ち込める現場の方を見る。
『そう、でも助かってよかった』
本当に助かって良かったと思っているのか怪しくなるほど冷静な口調で彼女は言う。
「ああ。初めは優勢だったが、どうやら奥の六体の存在に気付いていないようだったからな。奥の奴らが現れてからは劣勢になってしまったわけだが……。それにしても……」
『何か気になるの?』
「一つだけな。彼女の実力と魔……じゃなかった、マナ保有量なら確実に残りの六体もやれたはずだ」
『……そうなの?』
驚いているというより、確認をするように訊いてくる。
「多分な。少なくともあんなに手が切り傷で覆われるまで異能を酷使しなければ勝てないほど鈴音さんは弱くない。鈴音さんはある時から急にふらつき始めた。おそらくめまいか立ち眩みの類だろう」
『急に? それは変だね。持病とか?』
「さあ、ただ一つ言えるのは、そもそも戦闘開始から彼女は相当の余裕があったはずだ」
『話を聞く限りそうは思えないけど』
「だろうな。実際には二体、三体を討伐しようとした時から焦り始めていた様子だった。マナがどうこうというより、時間を気にして焦っているように見えたな」
『時間? 用事があったとかじゃない?』
彼女は冗談でそんなことを述べるが、この一言によりオレは昨日の夜の鈴音さんの様子を思い出す。
彼女は何やら用事に追われ、急いでいる様子だった。
用事があるから早く帰らなければいけないと、時計を何度も見ていたシーンを想起する。
あれが用事ではなく別の理由で急いでいたのだとしたら……。
いや。
オレは思考を止める。
今ここでロジックを捏ねても真実が出るわけではない。
「……それより彼女はどうして雷電、つまり自分と同じ苗字の人を探していたのか、それを聞く機会がなかった。それだけは心残りだ」
彼女が小坂だと偽名を使ったことに関しては、オレは何も言うつもりはない。
オレも雷電一族ならば、そうするだろうし、現にオレは有名すぎる御三家「名瀬」の家名を隠すために、成瀬という偽名まで使っていた。お相子様だろう。
『確かに気になるところではあるね。けれど、電気系魔素の持ち主は一人しか検知されなかった。どっちみち、凛さんを含めたとしても雷電はこの世に二人しかいないことになるんじゃない?』
「なら、彼女の探していた雷電ってやつは一体何者なんだ?」
『それは……少なくとも今となっては、鈴音さんのみぞ知るってところだね。正直私には見当もつかないかな』
さらにオレは鈴音さんのことであることが気になった。
「今、凛はディアナのところにいるはずだ。ちょっと凛に聞きたいことがある。あとで仲立ち人を利用してもいいから聞いといてくれないか?」
オレは鈴音さんが、よく分からない電気状のバリアを展開していたこと。そのような技があるなら、それはどんなものなのかを凛に聞いてほしいと頼んでおいた。
この世で電気系の異能を扱える、もう一人の人間に聞くのが手っ取り早い。
特に意味もないが、オレはマフラーを巻き直すことにした。
『そろそろ時間になるけど』
時間とはチューニレイダーの制限時間のことだろう。
「彼女とは近いうちに会えそうだな」
彼女というのは鈴音さんのことを指している。
『なんでそんな言い方なの? 少し引くけど』
「いや、引くなよ。別に引くような言い方してないだろ?」
『知らない。少しは自分で考えたら?』
彼女はぶっきらぼうにそう言う。
何だよ全く。
Kと話す回数が増えてから急速に仲が縮まっていくのを感じる。これはいいことなのか。悪いことなのか。
オレが鈴音さんを異能者であると疑った最初のきっかけは彼女の瞳が若干赤みがかっていたことだった。
この「赤い瞳」というのは雷電一族特有の特徴だった。
だがそれにしては……。
先ほどオレが屈んで鈴音さんの瞳を片目だけ近くで覗いたとき、彼女の瞳の赤色は随分と薄かった。すなわち鈴音さんの瞳は黒色が強かった。
気のせいで通すには無理があるほどに。
まさか……。いや……まさかな。
オレはとんでもないことを思いつくが、その思考をいったん止める。
だが、この時のオレは気づかなかった。
これからオレたちに一体どんな運命が待っているのか。
鈴音は一体誰を探していたのか。
その重要性に、オレは気づけなかった。
オレはチューニレイダーの電源を落とし、青く染まる青の境界を背に一歩を踏み出していた。
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