第12話 異能『檻』
力なく正面を見る私の前、六体の影人が煙から姿を現した。
「ふっ――――」
私は笑う。
おかしいのではない。
絶望したのです。
あと六体も、倒せるはずがない。
もう一度下を向く。
影人は好機だと考えたのでしょう。高くジャンプし上からナイフを振りかぶりながら襲い掛かってくる。どうしてかその動きがスローに感じる。
私は雷電一族。当然、自分にも一族の証である「仮想電源」が存在する。
仮想電源とは雷電一族だけが持つ体内器官の一つで、その器官で電気を生成できるという仕組み。
デンキウナギという種類の魚類が存在する。
このウナギの体内には発電細胞と呼ばれる特殊な細胞が何千個もあり、これらの細胞の発する電力が集まることにより、最大600 ボルトもの電圧が発生するという。
これと似た変異細胞が私たち一族にもある。
仮想電源から電力を吸い上げ、その電圧を利用し、発電細胞を活性化させる。また、そのプロセスを使って電気系統の異能力へと変換できる、という仕組みとなっている。
だが、この「仮想電源」も無限の電池ではない。必ず電源には限りがある。
今の私を襲う激しい頭痛やめまい、立ち眩みはすべてこの電源器官が消耗しているときのサインとして知られている。
私は、詰んだんです。
加護はもう使えないでしょうし、力も残っていません。
屈む私の視線の先には腕時計がスローで時を刻んでいた。
数分前の私は、もう少し時間があると思っていたんですが……。
どうして……。
これは仮想電源の電力が尽きる時間についての話ではありません。
そもそもこの電源器官は時間制限性ではなく容量制限性。蓄電源の内容量に依存します。
つまり、私が言う時間制限とは別のこと。
実は、私には活動限界の制限時間があるんです。
ある事情からこんなことになってしまいましたが……。
そう言えば昨日、成瀬くんに用事があるなんて嘘もついてしまいましたね。
あれは用事があるのでなく、私の活動限界が迫っていたから。
急いであの場を離れなければ、私はあの場で急に倒れ込んで眠りについていたでしょう。
さらに、この制限時間になれば私の仮想電源は突如稼働を停止して、まるで睡魔でも訪れたかのようになるのです。たとえ仮想電源の容量が尽きていなくても、です。
スローモーションではあるが、長身のナイフを振りかぶる影人が確実に近づいてくるのを感じる。
私は。私は……。
母の顔を思い出す。
彼女は笑いながらそっと私の頬に触れる。
――「
せっちゃんの顔を思い出す。私の保護者の顔を。
彼女は手を差し伸べて、私の手を掴む。
――「君はそんなことであたしから逃げてたの? だとしたら、ほんとーにくだらないよ……。あたしと一緒に来い」
彼は高架下で、不安で混乱状態だった私に優しく言ってくれた。
――「じゃあ一緒に雷電さん、探しましょうか? 探しているんでしょう? 雷電さんを」
歯を強く食いしばる。
私はこんなところで――。
青い電子と赤い反電子を融合させる雷電一族の禁忌技。
クーロン引力を支配する二つの異符号仮想電子と、クーロ斥力を支配する二つの同符号仮想電子をそれぞれたすき掛けすることで生まれる質量仮想系の虚構の電荷による電子シャワーを繰り出す。
電荷−1 であるスピン 1/2のフェルミ粒子を、重くする。
京紫の重い電撃を浴びせる――。
「――死ぬわけには、いかないの!!」
勢いよく立ち上がり、放電状態の両手を前に突き出す。激しく光った青い電気と赤い電気が混じり紫電を生み出す。
「はぁぁぁーーーーー!!」
目の前で振りかぶってきた影人とその電撃がぶつかり合う。
この間に私の体は自らの高電圧に耐えられず傷ついていく。
「……いった……」
体中の痛みに合わせて周辺に血が散らばる。私の腕からの出血。
それでも痛みを我慢しながら電気に私を防御させる。
お互いの威力は互角だったが――――。
影人は素早く後退し身を引く。
私の方は……。
腕から手にかけて纏っていた電気が徐々に消えていく。
スッと体中から力が抜け、全身が脱力状態になる。
私は体を支えるだけの力もなくなり、ゆっくりと前へ倒れ込み始める。
世界全体がスローで動いているように感じる。
少しずつ緩やかに目を閉じる。視界が暗闇に包まれていく。
まさかこんなに早く時間切れになるとは……想像もしていなかったです。
どうやら、あの高電圧を放出する紫電術式で二人の影人は倒せていたようですが、ドアの奥にまだこんなに隠れていたなんて。
私はここで彼らに何かされるんでしょうか。
私はここで死ぬんでしょうか。
私は、私は……不安、ですよ。
スローでも足音や気配で、大勢の影人がこちらに向かってくるのが分かる。
瞑られた目から大粒の涙が溢れ出る。
お母さん、結局私は「彼」には会えませんでした。
死にたく、ないな……。
ゆっくりとだが確実に私の体は前へ倒れていく。
「死にたく……ないよ」
「もう大丈夫――――――君は死なない」
何か声が聞こえた気がして、頑張って片目を開ける。
すると私の体は床には落ちておらず、誰かの背中によって支えられていた。
ほとんど身体の感覚がない。触覚が麻痺しているようです。
その男子におんぶされる形になっていることに気付く。
「あたた……かい」
なのに、背中の暖かさだけは直に感じとれる。
「よく頑張ったな。あとはオレに任せろ」
「だ……」
だれ? と聞きたかったが声にならない。
その人は支えながら私を床にそっと横たわらせる。
「っ……!」
あっ! 後ろ! と言いたいが声にならない。
二人の影人が後ろから切りかかって来ていて、今にもその彼を襲いそうな状態だった。
「………い!」
危ない! と言いたいが、やはり言葉にならない。
「ん? もう喋らないほうがいい」
彼はクールながらも優しい口調でそう言うと素早く振り返り、一瞬で目の前から消える。
あれ? 彼はどこに……。
すると、私に迫ってくる影人の間を
左から右に一瞬でスライドし、影人二人を同時に心臓部分ごと真っ二つにする。
それは文字通り、刹那の時の間に。
まるで一線したその部分だけ空間が抉り取られたように見えた。
え? 今、何が――――? 速すぎる!?
二人の影人を倒した証として、紫紺色の宝石に似た石ころがその場に二つ転がり落ちるのと同時に、もう一度彼が私の前に戻って来る。影人から私を守ってくれるように。
「まずは二体。思ったより大したことないな」
彼の右手には青く発光する布のような物が見られました。軽くしなったので剣や刀の類ではないはずです。視界が悪くクリアに見えないけれど、布のような長い物を持っていたのは確か。
あ、また……。
残りの四体の影人も容赦なく彼に襲い掛かる。ほぼ同時に。
「さて、残りはお前らだが……」
すると彼は、青い光波が揺れる左手の手のひらを前に出す。
瞬間―――四体の影人をまとめて囲むように四方と上下からガラスに似た青い壁が突如として空間上に出現する。合計六つの正方形状の壁が四方と上下を支え、影人らを抑え込む。
それらの壁の隙間が埋まることでキューブ状になり、彼ら四人ともども封じ、完全に閉じ込める。
その様子を言い表すなら、そう。
それは「
青色透明の檻のような立方体に閉じ込められた影人たちは、その場で暴れながらその壁を壊そうと内側からナイフを強く突き立て始めた。
「何をしてる? そんなんで壊れるわけがないだろ」
彼は左手を強く握り潰す。
「空間収束式――『
それが合図であったかのように、青い立方体が収縮化され、急速に小型になっていく。緊縮していき、内部の体積が小さくなっていく。
中の影人は互いに押し潰し合って弾けるような音と共に、そのまま中にいた影人たちは「無」へ返る。
吸い込まれていくままに凝縮した檻に潰され、すべてがプラチナダストへと変わる。
奴らを倒したことが証明されるようにその場に四つの紫紺色の宝石が転がった。
あっけなかった……。
本当に一瞬のことだった。
終わったんだ……全部。
彼が倒してくれた。
私は……生き延びたんだ。
そして彼は、だれ……なの?
視界が悪く、彼がどんな顔をしているかが確認できない。
さらに私の意識は朦朧としてくる。
本格的に意識の維持が難しくなってくる。
影人六人を始末して私を助けてくれた彼はいったい誰なの?
それだけでも知っておきたい……。
するとそのとき、彼ともう一人の男の人が現れる。
彼ら二人の男性たちが会話しているが、内容までは頭に入ってこない。
「……してたら……だ……」
とびとびで音声が聞こえてくる。
「でも……それ………」
「……で……」
「……分かった」
「オレ………て……助かっ…
進藤? その人が私を助けてくれたの?
私は、意識が完全に消えてしまう前に心の中で声にならない声で呟いた。
進藤さん。私を救ってくれて、ありがとう。
私の片目は、意識と共に静かに瞑られた。
―――――――――――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
面白そう、続きが気になる、という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいかぎりです。
作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします。
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