第16話 転入



  *



 オレは校内を軽く探検しつつ見て回りながら二階の職員室へと向かった。

 青の境界設立後に建てられたエリート校ないしは進学校なだけあって、校内はかなり綺麗でグラウンドや体育館もかなり広さだ。学校の中央部分が吹き抜けになっているのも非常に珍しい作りだと言える。


 オレは職員室に隣接する応接室の正面まで来たところでいったん止まり、中を確認する。

 当然、肉眼でドアを貫通し視野が広がるはずもないので、「浄眼」を使用することで中を確認する。


「女性が一人……か。怪しい物も持ってなさそうだ」


 そもそもこんなに警戒する必要もないのかもしれない。まあただの癖だ。


 オレはわざと二度ノックをして応接室に入る。

 左にあるソファに一人の女性が座っていたが、立ち上がりこちらを向く。

 立つと身長は170弱。おそらく20代ほどで若めの先生だろうと考えられる。化粧は薄いが、髪は淡い栗色に染められており後ろで束ねていた。


「これから少なくとも一年間あなたの担任になる二条にじょう和葉かずはよ。専門教科は古文を担当しているわ」


 彼女は笑いかけながらそう言いオレに握手を求めてきた。


 が――――オレはその手を取らない。


「オレはこの学校に来てまだ数分ですよ。何のつもりです?」

「っ……?」


 軽くを睨みつけると彼女は目を大きく見開く。


「……悪かったわ。あなたを少し試してみただけよ。あの杏子きょうこの弟だって聞いてたから、どれほどなのかってね。でも統也くん、思っていたよりいい男じゃない?」


 二条と名乗る先生は空間制御方式の異能を展開していた手を下げる。やはり「二条」は異能家のことだったか。


 どうやらこの女性はただの教師ではないらしい。

 つまりこの淡い栗色の髪は染めたわけではなく、オッドカラーによるものである可能性が高い。彼女の瞳も髪色と同様に淡い栗色だったことからそう推測することが出来た。

 要は、彼女はただの教師ではなく異能士ということだ。それも相当な腕前なのだろう。


「ご期待には沿えましたか?」

「ええ、十分よ。あなたの凄さは今の一瞬で分かったわ。よくアメリカからこんな所まで来てくれたわね。私はあなたを歓迎するわ」


 彼女は元のソファに腰を下ろしながらそう述べた。

 まあ、アメリカからじゃないがな。


「ちなみに今のオレに引っ掛けようとした異能はなんて種類ですか?」

「ずばり聞いてくるわね。ま、隠すことでもないし、私はあなたの異能を一方的に知っているから、教えるしか選択肢は残ってないんだけど………知りたい?」


 彼女は勿体付けるように訊いてくる。


「ええ、教えてもらえるのなら」

「私の使用する異能は空間を捻じ曲げる能力『歪曲わいきょく』と呼ばれているものよ」

「……歪曲わいきょく?」

「聞いたことないでしょう。二条家の血脈異能の一つ『ゆがみ』を派生させた異能よ」


 そういえば、異能士学校時代、決闘で全勝無敗の杏姉きょうねえさんが一度だけ負けたことがあると話していたのを思い出した。

 確かその負けた時の相手、つまり杏姉に勝った人物が使用していた異能が空間制御方式のものだと聞いた。


 もしかしたら、その人は目の前のこの教師のことかもしれない。

 かくいう「空間制御方式」とは、簡単に説明すれば空間制御や空間断裂、三次元干渉を可能とする高等異能で、この種類の異能を完璧に使いこなすのに20年はかかると言われているほど。


「統也くんの異能は『檻』?」

「ええ、そうです」

「空間の変数を切り取ることにより、攻撃と防御に転用可能。また、結界やバリアのようにある一部分だけ空間を切り取り、他のものの進入を阻むこともできる。いわば空間操作の能力。私と同じ空間制御方式の、最上級の異能」


 彼女は何か昔のことを回想するかのようにそう語った。


「わざわざ説明ありがとうございます」 

「杏子から強いと聞いているわ」

「オレが、ですか?」

「ええもちろん」

「大変な誤解ですね」

「またまた! 謙遜しなくていいのよ」


 そんな会話のあと、二条先生はこの学校がエリート学校であるが異能士の存在は当然伏せておくこと。

 またオレの任務について。その任務遂行のために必要なこと。人材。この学校で生活していく意味。ある生徒の監視。

 その他諸々もろもろを説明し終えた。


「分かりました。その霞流里緒かするりおさんという人に聞けば全て分かるんですね」

「分かるというか……里緒が教えてくれると思うわ。それと書類とかは提出しなくていいから。杏子や伏見家から話は聞いてる分、その辺は心配しなくていいわ」

「ん?」


 あーそうか、なるほど。

 すぐに理解する。


――「その学校へ行けば全てが上手くいくから俺を信用しろ」というのはこれのことか。

 伏見旬ふしみしゅん、あんたはこんなところにまで影響力を持っている人物なのか。

 その知名度と影響力は計り知れないなと改めて認識させられた。

 さすがオレの師。


「ちなみに姉さんは今どこに?」


 杏姉は正真正銘オレの姉だ。

 本名を名瀬杏子なせきょうこという。

 姉さんは名瀬家の現当主であり、旧当主の父・名瀬わたるから引き継いだ異能『おり』を継承している。また、檻「みどり」を使用する。


 ちなみにオレには妹もいるが、あいつは上手くやっているだろうか。


「……? もしかして聞かされてないの? 杏子は今、北の討伐隊に加勢しているところよ」


 不安そうな表情を作る。


「北? 北海道よりもさらに北ですか?」


 あの杏姉が加勢しているんだ。国内であるはずがない。


「シベリアよ」

「シベリア? 何故なぜロシアに」


 オレは二、三秒考えてすぐにその答えを得た。

 おそらくシベリアの戦線か。


 だとするならば、だ。

 存在しないはずの影がこのIWにいる理由が謎になっているのか。


 何故この北緯40度により閉じた世界で影が生息するのか、と。


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