第10話 「奴ら」【2】


「はぁはぁ………すーっはーっ」


 胸に手を当てて大きく深呼吸する。そのおかげか少しずつ冷静さを取り戻していく。取り戻すしかない。


 目の前のこの現実を無視するなんて私にはできない。

 それでも私は落ち着きを取り戻すのが早い方だろう。

 鼓動が徐々に通常の速度で動き出す。

 

 眼前にいる倒れた人たちに対し、大丈夫ですか、なんて言葉をかけることは出来ないし、その必要もない。

 私の視界の大半には鮮明で真っ赤な色により埋め尽くされていた。


 これは、血だ。


 目の前には数人の死体と共に血があちらこちらに散乱していた。

 私は両手を合わせて目をつぶり、黙祷を捧げる。

 全員の様子を見るが例外なく傷は深く、誰一人として息はしていないでしょう。


「改築病院の中でこのようなことが起こるなんて、なんとも皮肉です」


 私は申し訳ない気持ちになりながら、それらを避け奥へと進む。

 左側に階段があるので、おそらく二階三階へと直結しているのでしょう。

 前へ進むと、白いスライド式の扉のある部屋に続く廊下へと繋がっていた。


 私はその扉の奥で少なからず何者かの気配を察知した。

 こんな惨い死体の奥にある部屋なのだから、その中に居るのはまともな人たちではないでしょう。


 腕に装着している腕時計で時間を確認する。

 そして私が扉の取手に手をかけたその時――――――――。



 真後ろから高速に、そして直進的にこちら向かってナイフを突き立てて来る存在が出現する。


「あっ……速い!!」


 けれど私はその気配を感じつつも動じず、それを避けようとしない。

 避けようとしない、というより避ける必要がない。

 とはカッコつけたことを言っていますが、実際には避けられない速度であり、到底この攻撃をかわせたりはしません。

 後ろの存在が、とんでもない高速度で私と接触しようとする。



 ナイフの先が私の背中の数センチ手前。



 このままでは背中から刺されてしまう――――――普通ならそう考えるでしょうね。



 その時、突如背中付近で激しい電撃が走る。その色は紫。



 バチッ――――――!



 黒いナイフと私の背中付近で強力な電撃の反作用を受け、後ろにいた存在は私から大きく距離をとる。私の方はビクともしません。

 私の周りを一周するように瞬間的に電光が煌めく。

 奴が攻撃を仕掛けてきた直後である今でも、私の背後では電気がバチバチと紫の火花を上げていた。


 私は振り返り、奴の方をむく。そこには1人のが立っていた。手には黒いサバイバルナイフが握られている。先程、私を攻撃しようとしてきた物でしょう。


 彼の外形だけは20代近くの人間そのもの。

 両目の瞳が血のごとく赤く、全身の肌が黒く染まっていることを除けば――――ですが。


「この広場の外にあった複数の死体はあなたがったんですか?」

「………」


 そんな返事をしない奴を見ていると、後ろの閉まったままのドアから貫通して少し長めの刃のナイフが私の背中を貫通しそうになる。


「ドアごと貫通して刺す気ですか……なるほど、考えましたね」


 もちろん無駄な行為です。同様に背中でバチンと紫の電撃が走り、電流が私の体を守る。


「これは―――私の身体中の皮膚から一定距離以内に存在するもの全てを、私の意思に関係なく電流により強制的に弾き出すことが可能な技です。その名も雷電乖離スパーク


 この効果距離は操作可能で、最低2センチ最高20センチまでの有効範囲を持つ。

 私が奴の攻撃を避ける必要がなかった理由がこれ。


「あなた達の物理攻撃は私には聞きませんよ」

「………」


 奴らは喋ることが出来ないのか、それとも黙っているだけなのかは知らないけれど、一言も喋ることはなかった。

 そもそも私が話している言葉を理解できるかすら不確かなことです。


「私がどうやってあなた達の攻撃を防げたのか不思議ですか? 簡単ですよ。私に物理的な攻撃を当てたいならば、私の周りの電磁場を取り除くか、もしくは私の内包マナを除去するか、そのどちらでも私の防御は突破できますよ」


 簡単でしょ、とでも言うように首を右に傾げる。


「まあーそんなことは出来ないんですけどね!」


 私は彼らを馬鹿にするようにわざとらしく笑う。

 その表情を戻した瞬間、地面を強く踏み込む。私はその踏み込みで前にいる男性型の奴に一瞬で近づき、右手に溜めた紫に発光する電流で攻撃を仕掛けた。

 彼は私の速度について来られず抵抗も出来なかったため私の手が彼の心臓近くを貫通する。


「あまり手応えがない?」


 それでも彼の体から大量の出血があり、吹き出るように胸部から血が溢れ出る。

 私は彼の体から右手を引き抜くとともに、後退し距離を置く。

 一瞬にして床が血だらけになったかと思われましたが、床に散らばる血が光る煙のように散っていく。蒸発していく。

 そんな様子が目の前で実際、現象として起こる。


「これが、いわゆるプラチナダスト……」


 そんな頃、後ろのドアが開き奥から2人の「同族」が出現した。さっきドアごと私を刺そうとしてきた奴もこいつ等のどちらかだろう。


「これで合計3人」


 「同族」とは「人型であり両目の瞳が赤く、全身の肌が真っ黒い者たち」のことです。 


 そう。彼らは人間ではない。人間の形をした化け物。

 かつての人々は、人類の六割を蹂躙し絶滅させた彼らを「奴ら」と呼び畏怖した。


 本来「青の境界」の外側にしか存在しないはずの「奴ら」は現在、こう呼ばれている――――。

  


  *


 

「────『影人かげびと』もしくは単に『かげ』と」

『奴らは青の境界の外にしか存在しないとされる。いえ、正しくはされていた、と言うべきかもしれない』

「ああ、そうだな。現状、IWに生息しているわけだから」

『そのためにあなたたち、異能士がいるんでしょ。境界内の影人を適時討伐するために』


「それはそうだ。だがその影の戦闘力と生命力は桁外れで、人間とは比べ物にならないほどの差がある。単純に力もそうだが、速度や運動能力といった動き自体も強力すぎることが知られている。知識やコミュニケーション能力については未知数とされており、未だに解明されていない。この状況でオレたちに出来ることは限られているんだがな」


『心臓の近くにあるコアを破壊しなければ死んでくれないのも厄介な点の一つ』

「そのコアを壊せば影人の体中から光る煙のようなもの、通称プラチナダストと呼ばれているものが蒸発しながら、まるでそこには何も存在しなかったかのように跡形もなく消えていく。紫紺石しこんせきという魔石を残して」


 オレは目の前のシーンを観察しながらKと共に影人について会話していた。

 眼前にある改築病院の中の様子を特殊な眼「浄眼じょうがん」を使って透視する。

 今、進行形で鈴音さんが影人達と戦闘を繰り広げていることもしっかりと見えている。


 あれが影か。


 オレは現実で初めて見るその影の容姿に少なからず違和感を覚えた。

 あれほど化け物、化け物と言われていたから、どんな怪物かと思ったが何のことはない。実際は人型で、肌の色と瞳の色以外で人間と区別できる部分はほとんどない。


「表面上相手の影は三体。一体は胸部に大きな損傷があるが、コアが破壊されていないから意味がないな」

『ね、統也。彼女、影人を三体も倒せるの?』


 彼女、とは言うまでもなく鈴音さんのことだろう。


 見た感じ、多少の知性もあるのか。

 奴らの攻撃タイミングが合致していることなどからは集団的な統率などが想定できる。だが言うほど知性的じゃないな。犬程度、って感じか。


「正直難しいだろうとは思う。鈴音さんが普通の異能者なら、な」

『でもそう答えるってことは、やっぱり彼女なられると思ってるの?』

「ああ、まあな。だって彼女は普通の異能者じゃない」


 現在鈴音が繰り広げる戦闘内容を見て、オレは確信することができた。


 まるで雷神が成せる加護のような技。しかもあの紫の電撃は彼女の意思に関係なく奴らの攻撃を弾いている。つまり意識的には相手の攻撃に反応できなくとも防御可能な様子。とんでもなく強力な異能技にかなりの練度。


 体全体に少し力が入る。

 Kは正しかった。

 はっきりとは見えなくとも、鈴音さんの背後で確実に電撃のようなものが素早く走っているのが見える。

 この世で電気の異能を扱える血脈を持った人間は、とある一族の者だけだ。



 ここまで見れば、もうオレも疑ったりしない。

 鈴音はオレに嘘をついていた。

 数十分前のKとのやり取りを思い出す。

 


『その人は統也に嘘をついてるかもしれない。彼女はなんて名乗ったの?』

「小坂鈴音だと聞いている」

『やっぱりね。その人は小坂なんかじゃない』

「なに――?」

『その人は全く小坂なんかじゃない。その人の本名は───――─雷電鈴音』



 Kにしては珍しいような張り詰めた声がオレの耳にしっかりと刻み込まれた。


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