第10話
めずらしくルドルフに酒に誘われる。
こいつは騎士として高い誇りを持ち、剣のために酒は飲まないと決めているらしい。長期の休みなど、よほどのことが無い限りこいつが酒を飲んだのを見たことはない。
そんな奴が酒に誘うほどに俺はひどい有様なんだろうか?
ルドルフは騎士として王宮の脇にある宿舎に住んでいる。
二間続きの個室を与えられ、何があってもすぐに動けるようにそこで飲もうと言う。どこで飲んでも同じこと。俺は構わないと了承する。
奴の部屋に通されると応接セットのある1室の奥が寝室になっているらしく、基本風呂と食堂は共通なのだとか。
普段酒を飲まない奴の部屋には酒がなく、少し待たされた後、酒瓶を何本も抱えて戻ってきた。きっと、同僚や後輩辺りからくすねてきたんだろう。
「後で倍にして返してやるから大丈夫だ」とヘラヘラ笑う。
ソファーに向かい合わせに座り、グラスに酒を注ぎ一気にあおる。
度数の強いそれは喉を焼くほどの熱さで、「くぅ」と思わず声が漏れる。
「で?お前はどうするんだ?どうしたいんだ?」
ルドルフが直球で聞いてくるが、聞きたいのはこっちの方だ。
「俺にもわからない。どうしたらいいかわからないんだ。何も考えられないんだ。」
「なに言ってんの?なんでそんな腑抜けなんだ?しっかりしろよ。」
ルドルフの言いたいことはよくわかる。しかし、本当にわからない。自分が自分でないようだった。
「このままだと、アルは本気でアリーシャ嬢を奪いに来るぞ。あの目は本気だ。
お前はそれでいいのか?」
「いいのかと言われても、先にそれを願ったのは俺だ。今更何も言えんだろう?」
「お前が良いなら俺は構わんが。ただ、このままいけば間違いなく家を巻き込む騒動になるぞ。その準備はしているのか?全てが後手後手だ。まったくお前らしくない。
いい加減、自分の気持ちに気づいたらどうだ?無自覚にもほどがないか?」
「ああ、そうだな。後手後手感は否めない。それは認める。
実はこんなに早く事が進むとは思ってなかったのは確かだ。
彼女がこんなに早くアルと打ち解けるとは思わなかった。俺との時は受け身で自分から何かを言い出すことはなかったから。それだけ、二人の相性がいいということなんだろうか?」
いつもはこんなにベラベラと自分のことを話すことはないのだが、なぜだろう?
自分でも自分の気持ちが抑えられない。
「へえ、お前の時は積極的じゃなかったんだ?あの茶会の後の彼女は結構押してたよ。ま、俺もそんなに近くにいるわけじゃないから全部聞こえていたわけじゃないけど。でも、自分との事も真剣に考えてくれとか言ってたなあ。」
彼女がそこまで?なんだろう、頭がうまく回らない。どうなってるんだ?
「なあ、なんであんなことしたんだ?」
「あんなこと?」
「アルに彼女を紹介するみたいなことだよ。もし、うまくいったらどうなるかとか思わなかったのか?それこそ大騒ぎだろう?アルも彼女もお前も、みんなが被害を受けることになる。普段のお前なら絶対そんなことしないだろうに。彼女のこと一体どう思ってるわけ?」
ルドルフの言葉に真剣に考えてみようとするが、何かが邪魔をして頭が働かない。考えられない。ルドルフの問いに答えることができない。
「なあ、お前だいじょうぶか?」
ルドルフの手が肩におかれ、顔を覗き込まれる。
「心ここにあらずって感じじゃん?」
そうか、俺の心は今ここにないのか?だから何も考えられないんだな?
ならば、俺以外の奴ならわかるのかもしれない。
「なあ、ルド。俺はどうしたんだろう?どうするべきなんだろう?悪い。本当にわからないんだ。正直、本当に困ってるんだ。」
幼馴染のルドに頼みごとをしたのはたぶん、子供の頃以来な気がする。
ルドルフは驚いた顔をして「はぁー。」とため息をついた後、
「自分で気が付かなきゃダメだろう?ってか、本当に気づいてないのか?まったく。
いいか、お前はアリーシャ嬢が好きなんだよ。
家同志の政略だ、なんだかんだと言いながら、ちゃんと彼女のことを想ってたんだよ。だから、アルに急にとられそうになって焦りはじめたんじゃないのか?
まさか彼女の気持ちがアルに向くとは夢にも思ってなかったんだろう。
まったく、どれだけ自信過剰なんだか。イヤミなヤツだよ。」
こつんと腕を小突かれた。
「俺が彼女を?本当に?」
「本当かどうかは俺にわかるわけないだろ?お前が自覚しなきゃならんことだ。」
「そう、なのか?よくわからない、な。」
「アルのこと初心だとか馬鹿にしてる割に、意外とお前が一番初心で無自覚で、お子ちゃまなのかもな。面白いわ。」ケラケラと笑いだす。
「そうだな。先のことは何にも考えてなかった。アルのことも、彼女のことも、家のことも。
さっき、温室に行く前に彼女に言われた。破談にするなら俺から言ってくれって。
そんなことできるわけがないのに。」
ふふ、と鼻で笑うと
「なんでお前からは破談にできないんだ?元々アルに譲るつもりだったんだろう?
だったら、お前が泥をかぶるしかないだろう?彼女から破談を申し出たら彼女が悪者になってしまう。彼女に非は何ひとつないのに。」
俺はまた酒をあおって飲み干す。
「アルの望みが叶えばいいと、、、それしか考えてなかったのかもしれない。
彼女の気持ちは見えないふりをしていたのかも」
「お前の気持ちもだろう?」
「俺の気持ち?」
「ああ、そこが一番大事なんじゃないの?
お前は全く気がついてないみたいだけど、アリーシャ嬢の話をするときのお前はすげー嬉しそうだったよ。」
「俺が?」
「やっぱり無自覚だったんだ?婚約の話が出てる時のこととか、初めて顔合わせをした時とか、定期的に顔を合わせて茶会をするとか、あとは、、、あ!夜会に出てエスコートしたとかなんとか?俺はいつもそばにいるわけじゃないけど、俺が覚えているだけでもかなり惚気てたぞ。」
「俺が惚気?」
「だからアルバートはアリーシャ嬢に憧れたんだよ。お前たちの様子を聞きながら、妄想男になっちゃって夢見がちになったんだろうな。可哀そうに。お前の一番の被害者なんじゃね?」グラスを片手にケタケタと笑い出す。
「そんなことはないだろう?」俺にはまったく思い当たることがない。
「だから、無自覚っていうんだよ。いい加減自分の気持ちに向き合ってみたらどうだ?
たぶん、お前の一目ぼれとかじゃないの?アリーシャ嬢と婚約してから、お前変わったぞ。」
「変わったか?」
「ああ、笑うようになった。氷の令息の称号も卒業かな?と思ってたくらいだ」
「そうか・・・」
気が付くと机には酒瓶が転がっている。
ルドルフが用意した酒はかなりきついらしい。段々と思考が閉ざされていく。
浴びるほど飲み、くだを巻き、酒に誘ったルドルフを朝まで困らそうと思っていたのに、飛んだ計算違いもいいところだ。
こんなに早く酔いが回るとは。
「今日はここに泊まっていけ。明日はここから王宮に行けばいいさ。おやすみ。」
肩に毛布らしい物を掛けられた気がする。そこで俺の思考は途絶えてしまった。
おやすみ。ルドルフ。 ありがとう。
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