第17話劣情!障害物競争開幕!

 夢を見るの。

 私ではない、私の夢。


 お屋敷の側に立つ大きな木の下。

 夕焼けですっかり風景が赤色に染め上げられていたの。


「みっーけ! ローズ様!」


「マーシャ……」


 少年の目は優しく輝いていて、周りを明るく照らしているようだけど、違うの。

 マーシャも私と同じでよく勘違いされてあんまり周りからの評判はよくない。

 

「やっぱり泣いてると思った! ほらお屋敷戻りますよ!」


「帰りたくない……」


 私は言葉を発するとよく勘違いされて、周りからすぐに嫌われてしまうの。

 曰く『氷の薔薇姫』は感情を持たずに生まれてしまっただの散々な言われよう。

 幼い頃から侯爵家の令嬢として厳しく躾られた結果なのに今ではお父様やお母様ですら私に感情が無いと本気で思っている。

 あなたたちが感情を出す事をきつく禁じてきただけなのに。


「えー? そしたら僕も帰れないじゃん。 お腹空いてきたよー」


 マーシャは子供の頃から私の家で働いてくれてる使用人。

 彼が掃除してくれた部屋はいつもピカピカ。

 櫛で私の金髪をとかしてもらうとシルクのような肌触りにしてもらえる。


「だって、戻れば私はまた感情を押し殺して勘違いされるもの……こうして泣けるのもマーシャの前だけだわ」


「『氷の薔薇姫』ね。 こんなに泣き虫な女の子にみんな何言ってんだろうねー」


「私、別にコルセットをキツく巻かれたからって怒ったりしてない。 痛かったから痛いって言っただけなのにお父様が勝手に使用人の方を罰したりするからみんなに怖がられて……だから言葉を発しないようにしても嫌われて……」


「ローズのお父さんはめっちゃ怖いもんねー。 僕も裸でバター犬にワンワンアンアンされた時は別の境地に辿り着く所だったよ」


「マーシャにもそうやっていつも迷惑かけてしまうのに、 それでもあの家に戻るとうまく感情を表現できなくなって……そんな自分が世界で一番……大嫌い」


 膝を抱えてしゃがみこんでるのに、更に腰を丸めて顔をうつむかせる。

 マーシャにもこんな泣き顔でひどい顔見られたくないから。


「ローズ様」


 それでも彼はいつも呼びかけてくれる。

 いつも……側にいてくれて。


「ローズ様の家の悩みは孤児だった僕にはきっと理解できてないと思う」


「……」


「でも僕はローズ様の事を本当の家族だと思ってる。 僕はずっとローズ様の側にいて、君を守ると決めてる」


「マーシャ……」


「僕はそのために生まれてきたから」


 私でない私の夢。

 

 少年が言ってくれた言葉が嬉しくて、結局泣きくずれて、家に中々戻れなかったの。



 私が子供の頃から見ていた夢。

 夢の私は言葉を発すると物事がどんどん悪い方向に転がってしまう。

 相手がなぜか勘違いして立てこもり事件がおこったり。

 関係ない人が毒殺されたり。 

 いつしか『氷の薔薇姫』ではなく『毒殺侯女』なんて異名が広がってもマーシャだけは側にいてくれて、私を大切にしてくれた。


 その後二人は成長して結ばれるけど、お父様の怒りを買ってしまったマーシャは……


 だから、私は言葉を発するのが、怖い。


  ーーイバラ目線ーー

 

「……」


「よう。 目は覚めたか?」


「……?」


 目が覚めると私は陸上ユニフォームのまま医務室のベッドに寝かされていた。(運動部用。保険室とは別)


 正彦に夢の話をしようとするといつも胸が痛くなって話すこともままならなくなる。

 今日はそれでも抵抗し続けてしまった結果気を失ってしまっていたようなの。


「今日はずっと浮かない顔だったからな。 疲れも出たんだろう」


 さっきまで正彦が一緒だったはずなのに、今目の前にいるのは陸上部の疾風剛しっぷう ごうコーチ。

 ベッドで眠る私に優しく声をかけてくれる。

 

「お前の幼馴染も心配していたようだが、 過呼吸の処置を知らなかったようだからな」


「……」


 コーチは私が過呼吸を起こしたと思ってるみたいだけど違うの。

 私のおそらく前世。

 夢にあった記憶の事を正彦に話そうとすると立っていられないほど胸が苦しくなってしまうの。

 おかげで病弱なんだと言われていた時期すらある。

 自業自得だけど、今回は本当に胸が苦しい。


 燐火の売り言葉をつい買ってしまったんだもの。

 だってマーシャはきっと……正彦の前世。


 前世の記憶のない正彦からしたらあの発言はただの痴女じゃないの。(注:マイクロビキニ着たりするから余計にそう思われます)

 自分だけが特別だと思ってる燐火に対抗意識なんて燃やしてバカみたい。


 正彦が私の事、汚いものを見るような目で見てくるなんて(注:正彦はむしろ興奮要素の方が強いです。 あとア◯顔したりとかイバラサイドにも問題あります)


「……何があったかは聞かんが(高嶺たかねしゃべんないから聞いてもわからんし)奴を思い出して泣くほど辛いなら少し距離を置いた方がいいんじゃないのか?」


「……」


 正彦を思い出すと涙が止まらない。

 ベッドの寝具を涙で汚してしまう。(イバラの涙は闇値で数億)

 正彦に会えないと思うと心が苦しくて。

 正彦に会っても誤解されたままだと思うと胸が張り裂けそう。


「今は休め高嶺たかね。 俺は少しばかり用を思い出した。 少し出てくる」


 コーチが医務室からいなくなっても私の涙はずっと止まらないの。


  ーー正彦目線ーー


 イバラが女神の嫉妬を受けて胸が痛くなるのは久しぶりすぎて混乱しちまった。


 おかげでゴリにいいところを取られちまった。

 さすがに心配だから家に帰るわけにもいかん。

 でも、会ったとして俺は結局イバラと何を話すんだろう。


 情けない事にそんな事考えていたら、足がすくんでいまだに校庭に立ち尽くしてる。


 イバラが心配で会いたい気持ちと会う事が恐怖の気持ち両方だ(注:などと言いつつ興奮してます)

 

「おい! 幼馴染! 貴様高嶺たかねに何をした!?」


 そんな俺の前に現れたのは筋骨隆々を通り越してゴリラの化身に成り果てた存在。

 ゴリが現れた。


「俺はゴリの幼馴染じゃない。 それに俺はイバラに何もしていない」


「何もない事などあるか! あんな様子の高嶺たかね初めて見たぞ! そんなパンパンに顔を腫らしていやらしい奴め!」


「人の顔を股間みたいに言うな……ゴリこそイバラとどういう関係だ? 陸上部のコーチとか言っていたが」


 ずいぶんと剣幕に近寄ってくるゴリラだ。

 ゴリラと人間の遺伝子の違いは1%、よく見るとワイルド系イケメンと言えるかもしれん。

 イバラと親密な様子も感じる。


「そうだ! 高嶺たかねは俺にとって大切な存在だ!(陸上部のエースとして)」


「!!!」


 確定だ。

 こいつだ。

 こいつがイバラを……。

 間違いない。


 そういえばイバラは俺と一緒にプロレスをよく見ていた。

 あの時の外人レスラーの筋肉に食い入るような目はそういう事だったのか。(単純に正彦が好きなモノを好きになろうと必死だっただけ)


「ゴリ。 お前がイバラをその先へ連れて行った張本人ってわけか」


「その先? 当たり前だ! 何度でも連れて行く!(インターハイへ) それが俺の義務だ!(コーチとして)」


「!!!! ぎ、義務だとぉ!?」


 こいつ、俺を大したタマなんて言っていたがとんでもない。

 このご時世にコンプライアンスのかけらもない発言だ。

 ハッキリいって俺なんかとは次元が違う。


 イバラをその先へ何度でも連れて行くのが義務だなんて羨ましすぎて、血反吐を吐きそうだ。

 前世でどれだけの徳を積めばそんな羨ましい義務、神から与えられるんだ?(注:前述の通り前世から付き合いがあるのは正彦です)


「俺の事より高嶺たかねの事だ! 重ねて問う! 幼馴染おさななじみ貴様何をした!?」


「俺はお前よりイバラに何もしていない、 言いがかりはよせ!」


「俺より何もしていないだと!? 俺は高嶺たかねの才能に惚れ込み育ててきただけだ!(陸上選手として) その結果彼女のフォームは完璧になった!」


「!!!! か、完璧なフォームに育てただとぉ!?」


 そ、それって一体どんなフォームでするんだ?

 イバラには人間はおろか、ゴリラをも興奮させる劣情の才能があるというのか!?


「ゴリ! 一体イバラをどうしようってんだ!?」


「何度でも! 何度でも彼女を今よりも高み(インターハイ)に連れていくつもりだ!」


「!!!!……!!!」


 もう、言葉も出なかった。

 イバラへの調教は完全に完了してしまっている。

 とても俺なんかに手の負える相手じゃない。


 圧倒的な敗北感と劣情に打ちひしがれている時だった。


「くふふ。 何やら盛り上がっとるようじゃの」


「あっお、お前は!?」

「あ、あなたは!?」


 ロリっ子なのにババア口調。

 ミニスカ巫女服にモフモフのケモノ耳。


「「ロ理事長ろりじちょー!」」


「正彦ですらその呼び方おかしいと思っとるのに、疾風しっぷうコーチまで呼ぶのはおかしいじゃろ」


 突然俺たちの前に現れたこの高校の理事長。

 その名も……

 その名も?


「そういやロ理事長の名前ってなんなんだ? ババアって呼ぶのはさすがに悪いから、理事長呼びしてたんだが」


「そうさな、 そろそろ名乗ろうと思っておった、 わっちは……」

「ロ理事長! この男と俺で劣情!障害物競争での勝負のご許可を!」


「ほう……劣情!障害物競争とな?」


 名乗るのを遮られた割に、その勝負名を聞いてロ理事長の顔が綻ぶ。


「よかろう! 正彦と疾風コーチよ! 存分に競い合うが良い! 勝者へのトロフィーは高嶺たかね嬢とする!」


 なんか突然始まった。

 だが、俺とは圧倒的に次元の違うこの男に俺は勝つ事が……できるのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る