第16話探索 〜ゴリマッチョ現る〜

 さて、イク男との喧嘩を経ての放課後だ。

 

 週次での生徒会の会計業務が重なってしまってすぐに動けなかったが、この時間のイバラはおそらく陸上部の練習だ。


 陸上部のトラックへ向かおうと校舎内をうろついていたら年中かは知らないけどタンクトップをきたバカが声をかけてくる。


「さっきは……悪かった。 顔腫れちゃったな」


「お前って意外と気にしぃだな。 気にすんな。 一度受けた恨みは来世まで経っても忘れない方だから」


「……いつか正彦くんに刺されるのが俺の寿命かもな」


 関節技の多かった俺と比べて、イク男の打撃によって俺の顔は結構パンパンに腫れている。

 

 まぁ、こいつなりに俺たちの関係を心配してくれたんだろうから特には気にしてない。

 執念深いのは自覚しているが俺は好きなやつにはトコトン甘い。

 少しくらい優しくしてやるか。


「とりあえず、 お前は帰れよ」


「正彦くん。 焦ってると思うが、その台詞は俺でも悲しくなるんだけど」


 間違えた。

 そう、イバラの事を触れ回りたくないから帰したいのが全面に出過ぎた。

 人付き合いって難しい。


「イク男、全部は言わんが俺はイバラの発言は何かの間違いだと思ってる。 信じたいんだ。 イバラのこと」


「それならまず何する気なんだ?」


 イク男の疑問に当然のように俺は返す。


「興信所か探偵に依頼してイバラの直近の行動を把握するつもりだ。 とりあえず最低でもGPSとかは仕込みたいな」


「1mmも信じてない人がする行動じゃん。 バレたらそれこそ生涯の友達関係にヒビ入るからやめな……」


「じゃあどうすんだよ?」


「間違いだと思うなら、普通に会話して疑問に思った事を聞きなよ。 俺もイバラちゃんがってのはなんかの勘違いだと思うんだよね」


 極端な行動をしようとする俺を諌めるイク男。

 こういう時のバランス感覚はかなりありそうなので素直に受け入れる。

 イバラのもとに向かおうと歩きはじめようとした時だった。


「おぉーい。 角田くーん」


 男受けの良さそうな、ふわふわとした声が舞い込んでくる。


「げっ」


「『げっ』って。 あからさまに避けないでよう」


 副会長だ。

 妖狐リンカ事件の時に揉めたのに、あの後も普通に会話を振ってくる図太さには畏怖の念すら覚える。

 

 幼馴染と生涯を共にしたいという極端すぎる考え方と、楽しければいいって副会長の思考はもしかたら近いものがあるのかもしれんし。


「イク男に用ですか?」


「角田くんの名前呼んでるのにぃ?」


 クスクスと目を細める。

 内心でひそかに何かを企んでるし、それを楽しんでそうな笑い方だ。


「角田くん。 イク男くんと喧嘩したのぉ? 二人とも顔腫らしてるしぃ」


 俺の方が腫れているとはいえ、お互い同じタイミングでケガしてたらそりゃバレバレか。

 この件も深くつっこんできて欲しくないんだがな。


「……まぁ。 そうですね」


「角田くんも男の子なんだねぇ。 ふふっなんかカワイイ」


 VRのギャルに突然執着された時はめちゃくちゃ興奮したのに、どうにも俺は副会長が苦手だ。

 それに今はイバラのところに行きたいから早く会話も切りたい。


「茨ちゃんでも取り合ったのかなぁ?」


 そう言ってバッグから絆創膏を取り出すと俺の顔に貼り付けてくる。

 さすがに手当してくるのを無碍にもできない。

 したくもない副会長との会話をしなければならない。


「だから、 イバラは幼馴染でそういうんじゃないですよ。 イク男は違うみたいだけど」


「おい。 俺だって振られてからは友達なんだってば」


「ふぅん。 イク男くんも茨ちゃんが好きだったんだぁ?」


 かかったな。

 すまんイク男。

 副会長が気になりそうな話題を故意に振ってしまったよ。


 でも突然殴りかかってきた野蛮人スタイルのお前も悪いし、少しくらいいいよな?


「男の子の理想って感じだもんねぇ」


「それを言うなら入玲先輩も相当理想だと思うぜ? 童貞に優しいギャルって感じで」


「それって褒められてるぅ?」


「もちろん」


 副会長がイク男に向き直ってると、チラリとイク男が目配せしてくる。


『ここは俺に任せろ』


 親友の思いに感謝して俺はイバラの元へ向かう。

 だからその後のイク男と副会長の会話なんざ聞こえなかった。


「じゃあイク男くんには優しくできないなぁ。 この前も慣れてたみたいだしぃ」


 聞こえなかった。(男の尊厳を守るため)


  ーー校庭、陸上部練習トラックにてーー


 夕暮れ時の陸上部トラックで美少女が走ってる。

 風に揺れる金髪がは神々しいのに、白いユニフォームが汗で身体にピッタリと張り付いてエ◯い。

 

 劣情の視線で見てしまうからこそ、今の俺にはキツい。

 イバラの純潔を俺の知らない誰かが……なんて考えるからだ。


 フィニッシュラインを抜けて走り終えるとイバラの汗が額から流れ落ちる。

 その姿も美しく、まさしく全校男子生徒の憧れ『高嶺の荊姫』って感じだ。


 俺の視線に気づいたのかイバラが俺に小走り気味に近づいてくる。


「……!……」


「ああ悪い。 驚かせたか? 見た目ほど痛くはないから心配すんな」


 俺の腫れ上がった顔を見てイバラが心配そうに眉をひそめてる。


「…………」


「イク男とだけど、 仲直りしてるから心配しなくて大丈夫だって」


「…………」


「イバラは関係ないよ(アリアリだけど、俺が勝手に取り乱しただけだしな)」


「…………」


「あぁ、 絆創膏は副会長が貼ってくれた。 そんなにひどいかな俺の顔?」


「…………」


「いや、用はないけど、イバラの顔を見にきただけ」


「…………」


「うん……」


 あれ?

 何しゃべればいいんだろう?

 イク男の言う通り勘違いなのか聞けばいいんだろうか。


 でもなんか聞いちゃって確定するのも怖いんだけど。

 ていうかイバラと会話すんのめっちゃ怖くなってきちゃったんだけど。


 だってまたあのパワーワード出されたら、俺の生涯はここで終える可能性が高いんだけど。


 逡巡してるとイバラは走り出して部室に行ったかと思うと、やはり小走り気味に俺に近づいてくる。


「…………」


「化膿止めの塗り薬? 大丈夫だって大袈裟だな(イク男のパンチが強力すぎて正彦の顔は今二倍くらいになってます)」


 部室から持ってきてくれたのか、俺の顔に塗り薬を塗ってくれようとするイバラ。


「……」


「絆創膏あるし、大丈夫だって〔注:多分塗ってもらった方がいいです。 めっちゃ腫れてます)」


「……」


「いや、副会長は勝手に貼ってきただけだって(正彦は性根が腐ってるので幼馴染以外の善意を受け入れません)」


「…………」


「は? イバラが『汚い』ってなんだよ? お前より綺麗な奴俺は見たこと……」


「……」


「…………」


 なぜだ?

 イバラバイブルに記された美辞麗句をいつも通り並びたてればいいだけなのに言葉が出てこない。

 

 会話も続かずに黙り込む俺。

 ずっと見ていたかった美しい幼馴染と視線が合わず、落ち着かなそうに俺は足元を見て話してしまう。


 視線を落としていたら突然、イバラが胸を押さえながら膝を落として倒れ込む。


「……はぁ……ぁ……ぅ」


「ど! どうしたイバラ!? まさか女神の嫉妬の効果がこんな時に!?(?)」


 美しさに嫉妬した女神が突然イタズラにイバラの胸部を圧迫しているのではないかと思考しかけたが、違う。

 これはいわゆるーー


「ハデス(冥界の王)の仕業か!」


「ふ……ぅぅ……」


 目を閉じたり泣きそうになったりしながら、苦しそうに息を吐き出している。

 処置の仕方がわからない俺はイバラの手を握ってやろうとするが振り解かれる。

 あわあわと慌てていると突然ジャージ姿ゴリマッチョが現れる。


「どけ!」


「うお!」


 ゴリマッチョは俺をタックルで突き飛ばすとイバラの背中をさする。(イク男はギリギリ痩せマッチョの部類、ゴリマッチョはゴリマッチョ)


高嶺たかね。 落ち着け。 ゆっくりと息を吐くんだ」


「おい! 汚ねぇ手でイバラに触るな!」


「……どう見ても、陸上部のコーチっぽい俺にそんな暴言を吐けるとは大したタマだが、 過呼吸を起こしてるんだ。 静かにしろ」


「なんだって!? 神罰じゃないのか!?」


「よくわからんが、それを受けるとしたらお前のほうだ。 いい加減静かにしろ」


 ゴリマッチョがイバラの背中をさすってなだめていると次第にイバラの呼吸が整ってくる。


「ゴリ? 一体イバラはどうしたんだ?」


「桜◯でも、出会って5秒の相手にそんな呼び方はしないぞ。 ともかく俺は高嶺たかねを医務室へ連れて行く。 過呼吸は精神的なものが多い。 きっかけになったお前はついてくるな」


 そう言ってイバラを抱きかかえるとゴリマッチョは医務室へ向かっていった。

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