第15話喪失感を楽しめたら、それはもう立派な性癖です

「正彦くん。 帰ってこれたな」


 根源的劣情概念である『BSS』の大海に意識をもっていかれ、危うく現世に戻れない所をイク男の呼びかけで目を覚ます。


 保険室では話続ける気分じゃなかったので屋上までやってきた。


「で? 俺とイバラちゃんが付き合ってるって話?」


 屋上の柵に手をかけながらイク男が確信に迫る質問をしてくる。


「イバラはお前と仲がいいし、二人で遊んでるみたいだしな。 さすがに気づいたよ」


「でも確信に思ったのは? あの子がそう言ってたの?」


「それは……(言いたくないんだけど、吐きそうになるし)」


 最初イク男を見た時、邪悪の化身寝とり男に見えたけど今は違う。

 イク男は女性に優しい紳士だ。

 少しばかりそれが行きすぎて浮気とか心配なぐらいだが、俺が口をだす問題じゃない。


「さっき俺にならイバラちゃんを託せるって言ってたけど、あれ本心?」


「イク男?」


「答えろよ。 返答によっちゃ俺、 正彦くんの事殴るかもしれない」


 「なんで俺が?」とも思ったが、目を細めてにらむように質問してくるイク男を見て本気なのが伝わる。


「イバラちゃんの気持ちを何年も踏みにじってきた自覚はあるよな? イバラちゃんがいざ他人の物になったらそうやって取り乱してさ、 それで本当に心の底から俺に託せるの?」


「……」


 幼馴染の関係を生涯続けようとずっと思ってきた。

 でも、それはイク男の言う通り、イバラの気持ちを踏みにじり続けてきた事には違いない。


「それに託してどうするんだ? 俺がイバラちゃんに正彦くんとは会うなって言ったら君の言う生涯仲良しってやつも結局終わりなんじゃないのか?」


「……」


 考えてなかったわけじゃないけど、いざ現実を突きつけられると言葉がでない。

 

 イク男はいつもみたいに口元に笑みを浮かべてない。

 返答次第では殴るといったのは本気だろう。

 本気で俺に怒っていて、口から出た言葉なんだと思うから。


「で? 黙ってないで答えろよ。 俺に託せるの?」


「……わからない」


 バキッ!


 イク男のぶっとい剛腕から放たれたストレートパンチが俺の顔面にヒット。

 俺は枯葉のように吹っ飛ぶ。


「正彦くんがそんなだからイバラちゃんだって何年も何年も!」

 

「うるさいな! お前に託したいけど、できない感情だってあるんだ!」


 ふっとんだ先で感情的に叫んでしまう。

 とっくに納得した感情だと思ってた。


『幼馴染に彼氏ができても絶対に相手を認める』


 それができなければ生涯幼馴染でいることの方が幻想だ。

 なのに、俺は幼馴染に劣情を抱いたりで思想と行動に一貫性がない。

 イク男の怒りはもっともだ。

 それでも感情の根っこの部分を叫ぶ俺はとにかく情けない。


「お前とキスしたって聞いたら頭ん中めちゃくちゃだし、 その先もあったなんて言われたらエ◯すぎて頭ん中真っ白だと思ったら、イバラのそういうシーン想像して、それこそずっと前からそういうの思ってたし! なんかもう! なんかもうなんだよ!」


 なんかもう! だった。

 色々と言葉を考えてから発さないと俺は支離滅裂だ。(普段からです)


「そんな風に思ってたなら言えば良かったじゃんか!」


「うるさい! なんなんだよさっきから! お前にだって言いたくないことぐらいある!」

 

 そのあともみくちゃになった。

 俺が組みついてイク男を転ばせた後に屋上の柵を使って空中殺法ルチャリブレを極めたり。

 イク男にぶん殴られてふっとんだり。

 

 ホント、なんかもう! だった。


 ーーなんかもう!を経てーー


 授業中の屋上だったから俺とイク男しかいない。

 もみあいになってお互いに体力を出し尽くしてしまって寝そべっている。(制服をクリーニングに出すの決定。 イク男のもよければついでに出す)


「はぁ……はぁ……なんだよ正彦くん。 技のデパートかよ……天空落としなんて現実で初めてみたぜ……」


「はぁ……俺の夢は海外の女子プロレスラーディーバ達とエキシビションで男女混合デスマッチする事なんだ……だから練習してた……はぁ……」


 俺がリングに入場する際のパフォーマンスも決めてあるし入場曲も決めてある。

 悪役ヒールに徹してリ◯ナの限りを尽くし、最後は結託したディーバ達にボッコボコにされた後、棺桶に入れられて俺はその生を終える。


 練習してると大体硝子が混ざってきて関節を決めてくるので俺はそのたわわとも闘わなければならない。


「はぁ……やっぱ正彦くんって女の子にラリアットからのストンピング決めれんじゃん……はぁ」


「はっ……リングの……上でならな……はっ」


 往年のプロレスラーのように振る舞うが俺は一介の高校生。

 リングに上がる事はないので、ラリアットは普通に事案だ。

 

 お互い呼吸も乱れて会話するのも億劫だが、大事な事なので伝えなきゃならない。


「イク男……イバラの事泣かせるなよ」


「……正彦くんが今泣いてんじゃん」


「うるさい! ちゃんと聞け!」


 俺の一番大事な存在を託すんだ。

 感情の整理がつかなくて涙がこぼれる事だってあるだろう。


「まだ頭では納得しきれてないんだ……でも……お前になら……」


「あーごめん正彦くん。 俺とイバラちゃん付き合ってなんかないよ」


「は?」


 口が塞がらなくて素っ頓狂な声をあげる。


「え?……は?」


「いや、 たしかに意地の悪いニュアンスで話したけど『付き合ってる』なんて直接的な表現してないだろ?」


「言ってたぞ! 『俺とイバラちゃんが付き合ってるって話?』って」


「でも文末に『付き合ってないよ』ってつければ辻褄は合うだろ?」


「合う……かぁ?」


 納得しかけてやっぱりできない。

 イク男は俺とケンカしてまで何が言いたかったんだ?

 というか流石に頭にくるんだが。


「イク男。 やっていいことと悪いことってあると思うんだけど」


「いや! マジでごめんって! 何回言っても正彦くん話し聞いてくれないからつい! そもそも俺イバラちゃんには振られてるし!」


「何ぃ! やっぱりイバラの事好きなんじゃねぇか!」


「正彦くんさっきはイバラちゃんのコト俺に託しても良さそうな空気出てたじゃん! 違う違う! 今はホントに友達なんだって!」


「何ぃ!? やっぱり寝取る気で友達になったんだな!」


「友達の概念どうなってんだよ! そもそも寝取るも何も正彦くんの彼女じゃない……あーっ! 一回俺の話聞けって! もうケンカしたくないだろ!?」


 そう言われると間違いない。

 大好きなイク男を殴るのも、大好きなイク男に殴られるのももう御免だ。


「わかった……話を聞こう」


「まず、俺はイバラちゃんに一目惚れして……」


「てめえ! イバラをよこしまな目で見るんじゃねぇ!」


「一番見てんのは正彦くんだろ!」


 またケンカになった。

 でも、イク男ともっと仲良くなった。


 ーーもう一回ケンカを経てーー


「つまり……最初はイバラに一目惚れして告白して玉砕したけど、イバラの高潔な精神に触れて寝取り男から会心したってわけか?」


「ダイジェスト的にそんな話があったようにしてるけど、まず俺は寝取り男じゃない。 何が『つまり』だよ。 俺の話聞いてたか?」


 聞いていたが理解はできない。

 イク男は語る。

 

『俺は君たちの関係の行く末を側で見てたいんだ』、と。


「そんな事言ってイバラの調教は既に完了していて、『正彦はまだ子供だから……言わないで』とかいう優越感に浸りたいプレイの一環で俺との幼馴染関係続けさせてるとかじゃないだろうな?」


「しつけーな! どんだけ幼馴染を邪な目で見てんだよ!」


 調教が完了していないとしたら、二人で嘘ついてるって可能性は低いだろう。

 イク男がぎゃあぎゃあ騒いできたが、俺の関心はもう別のとこへ向いてしまっている。


「意を決してケンカまでしたのに、俺の話はダイジェストですら語らない気かよ!?」


 まぁ怒ってた理由もなんとなく察したし、言わんとしてる事もわかったような気がする。

 だが、今はそんな事より、だ。


「いいか? イク男。 まるで状況のつかめていないお前に全てを説明するわけにもいかんが、 これだけは言える。 イバラの身に大変な事が起きている」


「正直あの会話の流れで状況つかめないのは正彦くん位だと思うぜ」


 イク男が相手でないなら、さすがにこんな話を広めるわけにはいかない。

 イバラはイク男ではないやつとその先へ大人の階段進んだという事だ。


「いや、だから……まぁ知らんぷりして欲しいならするけどさ」


 イク男が何か呟いているが、俺の関心は常にイバラ幼馴染へ向いているーー

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